第一話 ラッキーは七階にある
僕は、陰乃 宗太郎。名前にも陰がある先天的な陰キャ。外に出るときはフードにマスクにサングラス! 訂正しよう、サングラスは盛った。そんな見た目のせいか、何度も職質を受けている。だから警察官の知り合いは多いほうだと思う。自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
まあ、そんな僕だが今日から晴れて高校生。十か月前の接着剤事件以降、必死に猛勉強し、名門である「翠京学園」に入学を果たした。髪の長さは肩にかかるくらい。なぜ名門を目指したか? それは……偏差値が高い学校イコール基本的に校則は自由、というセオリーがあるからだ。
この高校での僕の目標は、人と普通に話せるようになること。できれば友達が欲しい。中学三年間で、クラスメイトとまともに話した記憶がない。だから、せめて「おはよう」くらいは言いたい。
「宗太郎、おめでとう。お母さん嬉しい、こんなに頑張ってくれて」
僕の母である陰乃 莉愛。年齢は教えてくれていない。通りかかる人に見られているから多分美人なのだろう。名前と見た目から、よく姉と間違えられるが正真正銘の親子だ。
ちなみに僕は「イケメン」とか「かっこいい」なんて一度も言われたことがない。ましてや、肯定的なことを親以外に言われたことがない。心底おやおや、と感じる。
「ま、まあ。将来的に有利だと思ったから」
嘘だ。いや、嘘ではないんだが一番の理由は校則自由であることだ。
「じゃ、じゃあ。クラス行ってくるから」
だめだ、行きたくない。昨日の夜からそんな感情のせいでろくに眠れていない。入学式の時に寝たらどうする? 初日で僕は「眠り魔」になってしまう。そんなことになったら小中トラウマ再来じゃないか。手を握ったら白くなったままなおらない。心臓も持久走を走り終えた後くらい動いている。
「七組……か。結構人多いんだな……怖い怖い」
この学校はふざけている。もしくは陰キャをバカにしている。一組から六組までは本校舎一階なのに、七組だけ本校舎七階だ。ラッキーセブンだからいいのかと思っているのかもしれないがそんなことはない。これじゃ隔離じゃないか。
「はぁ、はぁ。疲れた、もう無理」
階段だけで一週間分の運動ができそうだ。でもこの学校にはエレベーターがある。
現在の時間は八時。入学式まであと一時間。無事朝の緊張落ち着かせタイムは手に入れることができたわけだ。誰もいないとは思うが、手汗がじわじわと出ているのがわかる。 誰もいない廊下を一人で歩くと、「一年七組」のプレートが見えた。
僕はドアの前に立つと、プール上がりの後のように震えが止まらなかった。
ガラガラガラ。
「よ、よかった。まだだれもいないみたいだ」
僕はそそくさと前に張り出されている座席を一見し、荷物を下ろした。まあ当たり席か。視線の先、左斜め前の席。そこに僕と同じカバンがあった。あたふたしてるとカーテンが揺れている気がした。
「ここネズミとかでるのかな……正直、苦手なんだけど…」
苦手なら見るな、という話だが、未確認生物がいたらと思うと震えが止まらない。確認して確認生物にしたい気持ちがある。僕は恐る恐るカーテンに近づいた。
ズズズズズ。
「ばあっ!!!」
「うわあっ!!」
寝ているわけでもないのに金縛りに近しい状態になっている。しかも学校で。
「あわわ、大丈夫? ごめんね、やりすぎちゃった。私は江森 夏凛。これからどう
もよろしくね! 私、よく変って言われるから、最初に話さないと馴染めないんだよね!」
どうするこの状況、かなりまずいぞ。普通の会話をするチャンスではある。だが、中学の頃母を除いた女子と一回も会話をしていない僕に会話が成立するのか? いやしない。ここは無視か? いやでもそれは感じ悪いか。でも現実であわわとかいう女子だぞ。多分入試の時より今のほうが背筋が凍りそうだ。
「あ、え、えと。よろ、よろしくお願いします」
入試の面接を意識して、おでこあたりを見ていると、自然と視線が目、鼻、口と移動している。直接的に見ることができるわけもなく、ちらちら、という感じだ。赤みがかった黒髪ショートに綺麗な顔立ち。僕はふいにも視線を逸らしてしまった。
「なんで敬語? 同級生だよ?」
そういわれると何故だか僕にもわからない。人とのかかわりを絶った男の末路、とでも言っておくべきだろうか。
「な、なんとなく…です」
「なにそれ~! 君って面白いんだね! お名前なんて言うの?」
僕は唾を喉に詰まらせながらも応える。
「かげ、陰乃……です。じゃ、じゃあこれで……」
ここにいたら息が持たないと感じた僕は、離れようと振り向いた。踵を上げると、僕の腕に何かが触れた。柔らかい何か。
「待って! もうちょっと、もうちょっとお話しよ! ね?」
江森さんの手が僕の腕をつかんでいた。一瞬、いや今もこの状況が理解できない。息ができない。こくり、とうなずくと、江森さんの頬は少しだけ桃色になった。
「ちょっと言うの恥ずかしいんだけどさ、良いよね、その髪型! 私、髪長い子好き!」
僕は立ったまま目を泳がせることくらいしかできなかった。教室には二人しかいないはずなのに全校生徒に見られているように感じる。震えが止まらない。
それに「好き」と言ってくれた髪は好きで伸ばしたわけじゃない。全国でもそういない「イヤホン一体型男子」だからだ。




