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ある日、オルガは夫婦で招待されたパーティーに参加する事になった。
オルガは着たいドレスのデザインなどない。お洒落に興味がないので、ドレスもヘアセットもアクセサリーも靴もほぼ使用人任せだ。派手すぎなければ、オルガは何も言わず受け入れる。
そして使用人達は今日もオルガを完璧な淑女に仕上げてくれた。
しっかりと着飾ったオルガを、ベルティーナがまた写真に撮っていた。いつもすごい連写するのだが、彼女は一体何枚オルガの写真を持っているのだろう。
撮った写真はリベリオの書斎などに飾って定期的に入れ換えているようだ。
正装したリベリオと馬車に乗り込み、会場へ向かう。
二人きりになったところで、オルガは正面に座るリベリオに言った。
「リベリオ様、とても似合っています。素敵です」
いつもの見慣れた騎士団の制服も似合っている。凛々しい彼が身につければ更に男らしさに磨きがかかり、彼のためにデザインされたのではないかというほどだ。騎士団の制服が一番似合うのはリベリオだ。
けれど、正装も似合っている。制服とはまた違った雰囲気になり、男らしくもあり、色気も感じられる。髪型もきっちりと整えられ、いつもとは違う印象を与えた。
「あ、う……そ、そうか……? ありがとう……」
褒められて、リベリオは落ち着かない様子で視線をうろうろさせる。それからオルガへと目を向け、躊躇いがちに口を開いた。
「君も、似合ってる……。その…………綺麗だ……」
リベリオは照れ臭そうに小さな声で言った。女性を褒める事に慣れていないのだろう。とても恥ずかしそうだ。でも、言ってくれた。
可愛い。別にオルガは恥ずかしがる彼を見たくて褒めたわけではない。本心からそう思ったから伝えただけだ。
オルガはおもむろに立ち上がった。
「オルガ……?」
走行中の馬車の中で立ち上がるオルガに、リベリオはどうしたのかと驚いている。オルガはそんな彼の膝に座った。
「っ……オルガ……!?」
リベリオは顔を赤くしてわたわたしている。
「ど、ど、ど、どうした、急に……!?」
「こうしたかったから、しました」
彼の膝の上に居座り、オルガは素直に簡潔に言う。
「リベリオ様が嫌なら、おります」
「あっ、や、いや……嫌ではない、から……オルガがそうしたいのなら、構わない……」
「じゃあ、こうしています」
「あ、ああ……」
オルガを膝に乗せるリベリオの体は緊張に強張っていた。けれど迷惑そうな雰囲気は感じられない。
なのでオルガは会場につくまでリベリオの膝に座っていた。馬車の中はほんのりと甘酸っぱい空気が漂っていた。
リベリオにエスコートされ、会場内へ入る。
オルガは事前にパーティーの主催者だけでなく招待客全員のプロフィールを調べられるだけ調べた。顔と名前、近況に家庭状況、趣味嗜好を全て覚えてきた。
その情報を使い、挨拶回りをしていった。
口下手なリベリオに代わり、オルガが笑顔を振り撒き話題を盛り上げ、友好的な人間関係を作る。
オルガは決して社交的な人間ではない。けれど、「愛想の良い妻」を演じる事はできる。
オルガは殆ど表情が変わらない。それは前世で殺し屋をしていた時、何が起きても冷静に人を殺せるように自分の感情を極限まで抑えていたら、気づけば常に無表情になっていたせいだ。
オルガとして生まれ落ちた時はちゃんと感情に合わせて表情が動いていたが、前世の記憶を思い出してからほぼ表情が変わらなくなった。
だが、演技でわざと表情を変える事はできる。笑顔も作れるし、怒った表情を浮かべる事も、涙を流す事だってできる。
前世で無表情になってしまったから、演じる技術を身に付けたのだ。ターゲットによっては、周囲に溶け込み警戒されずに近づく必要があったから。
殺す為に表情がなくなり、けれど殺す為に表情が必要だったのだ。
ダニロとジャンナに見せた笑顔も作り物だ。
そして今も、リベリオの妻としてこういう場では笑顔が必要だと思い、惜しみなく笑顔を披露した。
こういう形で彼を支える事も大事だとオルガは考え、リベリオと共にパーティー会場を回った。
一通り挨拶を終え、オルガとリベリオはバルコニーに出た。二人きりになれば、オルガの表情はいつもの無表情に戻る。
夜風に当たりながら、リベリオはオルガに礼を言う。
「ありがとう、オルガ……。俺があまり話さなくていいように、積極的に話してくれたんだな。相手の事も、色々と調べてくれていたのか……?」
「はい。招待客全員の簡単なプロフィールを調べて覚えました」
「そんな事までしてくれてたのか……。無理をさせてしまったんじゃないか……?」
「大丈夫です。慣れていますので」
前世でターゲットや関わる人物全ての情報を集められるだけ集め覚え込んでいた。
それが染み込んでいるので、リベリオの為でもあるが、オルガ自身、自分に関わる相手について調べなければ気が済まないのだ。
「本当にありがとう。俺はこういう場が苦手だから、とても助かった……」
リベリオの役に立てたのなら、殺し屋時代にこの行動パターンが染み付いていてよかったと思えた。前世での習慣がなければできなかった事だ。
「リベリオ様にそう言ってもらえて、私も嬉しいです」
その時、会場内から音楽が聞こえてきた。どうやらダンスがはじまったようだ。
「…………踊っていこうか、オルガ?」
誘うべきか悩んでいる様子で、リベリオは言ってきた。お互いに、ダンスを純粋に楽しめるタイプではないから迷ったのだろう。
「リベリオ様と踊ってみたいとは思います。でも私、ダンスはもちろん習ってはいたのですが、今まで一度も人前で踊った事がないので上手くできるかどうかわからないです」
「えっ……一度もないのか?」
リベリオはビックリした顔でオルガを見る。
「はい。結婚前のパーティーではずっと空気と化していたので」
誰からもダンスに誘われなかったし、当然自分から誘うような事もなかった。
「そうなのか……。…………なら、俺が君と踊る最初の男になるのか……?」
「はい」
ダンスの先生と練習で踊った父親を数に入れなければそうなる。
「そ、そうか……」
リベリオはなんとなく嬉しそうだ。
「俺も君と踊りたい……。でも俺も殆ど踊った事がないし、得意なわけでもないから上手にリードもできないだろう……。緊張もしているし……」
「では、やっぱりやめておきましょうか?」
「いや、君がよければ一緒に踊ってほしい」
はにかみ、オルガを見つめながらリベリオは言う。
「こうして、君との思い出を沢山作っていきたい。楽しい事も、上手くいかなかった事でも、オルガとの思い出は俺にとって大切なものになるはずだ。上手くいかなくて恥ずかしい思いをしたとしても、俺にとってはかけがえのない時間になる」
オルガはまっすぐに彼を見つめ返す。
それはオルガにとってもそうだろう。彼と過ごす時間は、どんなものでも絶対に取り逃したくない大事なものだ。
「だから、俺と踊ってもらえるか、オルガ?」
「はい」
差し出された手に、オルガは迷う事なく手を重ねた。
きっとこれからも、沢山の時間を彼と過ごし、何にも代えられない沢山の思い出を作っていく事になるのだろう。
そう考えるとオルガの胸は幸福で満たされた。
リベリオに手を引かれ、オルガは足を踏み出した。
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