60話 『罪過の血戦』
山本は知っていた。
ヒトが人の心を捨てた先に有る領域を。
『神域能力』
その条件は、人の心を捨てること。
そして、大前提として『人を自らの手で殺めた人間であること』
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「『嵐山 桜』。俺はお前を軽蔑する」
桜の背には、赤黒い肉で象られた『輪光』のようなものが発現している。
その『輪光』は欠け、ぽたぽたと血を垂らす異様な形相をしていた。
桜は、折られた刀の柄を握り締め、振る。
すると、刀は血が巡ったように脈動し、『紅い刃の刀身』が現れた。
嵐山 桜が、『恐怖心』と『罪悪感』を捨てた果てに堕ちた──
『神域』
「『夜桜三日月刀神』……」
その力の本懐は、『血液の無限生成』と『血液の変質化』
桜が地を蹴り、遅れて大地がひび割れる。
その音が山本に届く時には、既に桜の刃があった。
ギィ/ン──!
山本は刀を鞘に納めたまま、桜の血の刃を受け止め、弾き返す。
「…………」
山本の刀の鞘には、まるで鋸で無理やり削り取ったような跡が残る。
(血の刃の上に、さらに血液を高速で流動させウォーターカッターのようにしているのか……)
桜は衝撃を受け止めさらに踏み込み、山本へと刃を振るう。
刃と鞘がカチ合い、鋭い金属音が絶え間なく響く。
山本は桜の攻撃を弾き、腹部へと鞘を叩き込む。
桜はそれを無理な体勢からのバックステップで躱すと、刀身の先端を山本に向ける。
「っ!」
次の瞬間、刃が山本の頬を掠めた。
山本の頬が抉れ、血が噴き出す。
(刀身も自在に……)
山本が刃に気を取られた一瞬の隙に、桜は山本に拳をねじ込んだ。
「…………」
(これでも効かない──!)
山本は桜の拳の直撃を受け切り、鞘で桜の顎先をカチ上げた。
「ぅ゙っ……」
桜の顎が吹き飛び、鮮血が吹き散る。
しかし、次の瞬間には、桜は再生し始めていた。
山本は桜の意識の一瞬の揺らぎを突き、素手で腹部を貫通する。
「がぁ゙っ……」
山本は腕を引き抜くと、さらに前蹴りを放ち、桜をなぎ倒した。
桜の散らした血が、山本の目に入る。
山本は目を閉じる事なくそれを受け止め、目から赤黒い血が溢れた。
「っ……!」
その刹那、桜から散った血が無数の鋭い棘となり、山本へと向けられる。
山本は向けられた棘の数々を粉砕し一蹴するも、その全てを捌き切る事は出来ず、裂かれた皮膚から数滴の血が滴った。
桜は、山本に蹴り飛ばされ意識朦朧としながらも、絶好の好機に気付いていた。
(内部からぶっ壊す……!)
山本を掠めた微量の血が増幅され、山本の体内へと流し込まれる。
「っ──!」
山本が変化に勘づいたその瞬間に、桜は一気に踏み込み、刃を突き立てる。
(『針月』……!)
山本は傷口の箇所を的確に見極め、血管が浮かぶほどに力を込める。
すると、傷口から赤黒い血が噴出した。
「っ……!?」
山本は向けられた刃を素手で掴み、ねじ伏せる。
桜は地面に叩きつけられるも、受け身を取り、刃を再構築した。
(侵食する血を弾いた……!? どんな肉体だよ……!)
桜は、自分でも気付かぬうちに、薄い笑みを浮かべていた。
桜は周囲の木々に行方を眩ませると、血の槍を山本へと投げつける。
山本はそれをたたき落とし、桜の俊敏な動きを捉え続ける。
桜は突然跳躍すると、空に夥しい量の血の槍を作り出し、山本へとなだれ込ませる。
(目眩まし……何をするつもりだ……)
山本はその全てを避けることすらせずに粉砕していく。
次の瞬間、山本の首に何かが巻き付いた。
(肉の縄……腸……!)
山本は腸を引っ張り、桜を引き出そうとする。
しかし、引っ張った瞬間にへし折れたのは、遠くに生える木だった。
(ここまで自分の身を削るか……!?)
その時には、桜は山本の背後に回り込み、血の刃を振り抜いていた。
しかし、山本は刃が届くよりもなお速い速度で後ろ回し蹴りを放ち、桜を振り払った。
「っ……!」
桜は直ぐに受け身をとり、構え直す。
桜は、『神域』へと踏み込んだ事で、山本との力の差を明確に理解し始めていた。
コイツは本物の『怪物』だ。
ありとあらゆる手を尽くしてなお、圧倒的な力で上から踏み潰される。
だからこそ、全てを出し切ってみたい。
『強者』『弱者』などという枠組みを超越した、本物の怪物に。
桜は、もはや自身に滾る高揚感を、否定しきれなくなっていた。
その様子を、山本はわずかに眉間に皺を寄せながら見据えている。
山本は浅くため息をつくと、一歩を踏み出した。
それは、桜も同じだった。
「はぁ……はぁ……」
凄まじい規模にまで発展した二人の戦闘を、甘夏は必死に追っていた。
甘夏の目からも分かっていた。桜が『別の次元』へと踏み入れたことを。
「っ……!」
二人の攻防は、もはや甘夏には全く追えなかった。
あまりにも次元の違う世界の争い。
二人の武器が火花を散らし、桜の赤い刃が砕け散る。
桜は直ぐに刀を造り直し、臆する事なく向かい続ける。
(こんなの……もう……!)
「ぅ゙ぐっ……!!」
桜が斬りかかるも、振るった鞘に弾かれる。
しかし、直ぐに構え直し、闘志を剥き出しにする。
目が爛々と冴えている桜に、山本は冷え切った殺意を向け、威圧した。
「頭冷やせ……!!」
それは、まるで訴えかけるように、絞り出した声だった。
しかし、桜は少し眉をひそめるのみで、柄を握りしめている力に変化は無かった。
(『神域』に堕ちた弊害か……憐れな……だが、人の心を捨ててまで生きようと藻掻く奴に、本気で応えないのも『野暮』なんだろうか……ならば、せめて……)
「……俺がお前を、『人間』として終わらせてやる」
山本は居合の構えを取り、刀の柄に手をかけた。
それを見て、桜も刀を鞘に納め、居合の構えを返す。
(『命日桜・十六夜』──)
桜は、鞘に納めた刀を、握り直せなかった。
桜は、自らが一度捨てたものを、山本から感じ取ってしまった。
心の奥底、痛々しいほどに根ざした『恐怖心』と『罪悪感』。
姿を現していく真っ黒な刀身が、まるで山本の心情を表しているように感じる。
──死ぬ。
高揚していた桜の意識が、一気に現実へと叩き戻される。
冷たく見据えた目の奥の、生々しい感情がなだれ込んでくる。
──恐い。
──人の命を奪うのが、恐い。
──嵐山 桜は……もしかしたら本当に……
──いや、それでも、斬らなければならない。
──この子を『人間』として終わらせられるのは、俺しか居ないから。
漆黒の刃が、桜の喉元へと触れる。
「止めなさい!!!」
甘夏の絞り出すような叫びに、山本は刃を止めた。
甘夏は震える涙声で、山本へと訴えかける。
「貴方に『刀を抜かせた』時点で、桜が『強い』ということの証明になってるでしょっ……!?」
甘夏の叫びに、場は静まり返った。
そして、山本が口を開く。
「…………そうだな……悪かった」
山本は刃を下げると、桜へと視線を移す。
喉元から流れる血が、ツーっと垂れていく。
「お前も力に飲まれた。俺も条件を忘れかけた。……それで今日はお相子だ」
山本は静かに刀を納める。
その目には、桜を睨むとともに、後悔が滲んでいた。
「……嵐山 桜……道は多くは残されてねぇんだからな」
「……………………」
桜は、未だに浅い呼吸から抜け出せていなかった。
喉元から、血が流れ続けている。
(再生……出来ない……)
「桜、貴女は先に戻ってなさい。私は山本に話がある」
甘夏が、真っ青な表情の桜へと言い放つ。
桜は、反省するように俯くと、苦い顔をして屋敷へと帰っていった。
桜の背中を見ながら、山本は目を逸らし、また浅くため息をついた。
そして、甘夏へと視線を移す。
「……話って何だ……? 甘夏さん」
「……桜ちゃんには、もう手を出さない……?」
真剣な表情で問う甘夏に、山本は冷淡に返した。
「……納得はしちゃいない。だが、あいつが人を殺した後、人を助け、本気で償おうとしてるのは聞いた。『視れば』分かった。……でも、人殺しは根っこが変わんねぇ。……『俺が一番よく知ってる』」
「っ……」
重苦しい雰囲気に、甘夏は口を噤む。
しかし、覚悟を決めたように山本を見つめると、はっきりと聞いた。
「『鎮静会を潰す』って……本気なの……?」




