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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
五章 「散った桜の罪と罰」
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60話 『罪過の血戦』


 山本《さんもと》は知っていた。


 ヒトが人の心を捨てた先に有る領域を。


 『神域能力』

 その条件は、人の心を捨てること。

 そして、大前提として『人を自らの手で殺めた人間であること』


─────────────────────


「『嵐山 桜』。俺はお前を軽蔑する」



 桜の背には、赤黒い肉で象《かたど》られた『輪光』のようなものが発現している。

 その『輪光』は欠け、ぽたぽたと血を垂らす異様な形相をしていた。



 桜は、折られた刀の柄を握り締め、振る。

 すると、刀は血が巡ったように脈動し、『紅い刃の刀身』が現れた。


 嵐山 桜が、『恐怖心』と『罪悪感』を捨てた果てに堕ちた──


 『神域』



「『夜桜三日月刀神』……」



 その力の本懐は、『血液の無限生成』と『血液の変質化』



 桜が地を蹴り、遅れて大地がひび割れる。

 その音が山本に届く時には、既に桜の刃があった。


 ギィ/ン──!


 山本は刀を鞘に納めたまま、桜の血の刃を受け止め、弾き返す。


「…………」


 山本の刀の鞘には、まるで鋸《のこぎり》で無理やり削り取ったような跡が残る。


(血の刃の上に、さらに血液を高速で流動させウォーターカッターのようにしているのか……)


 桜は衝撃を受け止めさらに踏み込み、山本へと刃を振るう。

 刃と鞘がカチ合い、鋭い金属音が絶え間なく響く。


 山本は桜の攻撃を弾き、腹部へと鞘を叩き込む。

 桜はそれを無理な体勢からのバックステップで躱すと、刀身の先端を山本に向ける。


「っ!」


 次の瞬間、刃が山本の頬を掠めた。

 山本の頬が抉れ、血が噴き出す。


(刀身も自在に……)


 山本が刃に気を取られた一瞬の隙に、桜は山本に拳をねじ込んだ。


「…………」


(これでも効かない──!)


 山本は桜の拳の直撃を受け切り、鞘で桜の顎先をカチ上げた。


「ぅ゙っ……」


 桜の顎が吹き飛び、鮮血が吹き散る。


 しかし、次の瞬間には、桜は再生し始めていた。

 山本は桜の意識の一瞬の揺らぎを突き、素手で腹部を貫通する。


「がぁ゙っ……」


 山本は腕を引き抜くと、さらに前蹴りを放ち、桜をなぎ倒した。


 桜の散らした血が、山本の目に入る。

 山本は目を閉じる事なくそれを受け止め、目から赤黒い血が溢れた。



「っ……!」


 その刹那、桜から散った血が無数の鋭い棘となり、山本へと向けられる。

 山本は向けられた棘の数々を粉砕し一蹴するも、その全てを捌き切る事は出来ず、裂かれた皮膚から数滴の血が滴った。



 桜は、山本に蹴り飛ばされ意識朦朧としながらも、絶好の好機に気付いていた。


(内部《うちがわ》からぶっ壊す……!)


 山本を掠めた微量の血が増幅され、山本の体内へと流し込まれる。


「っ──!」


 山本が変化に勘づいたその瞬間に、桜は一気に踏み込み、刃を突き立てる。


(『針月《はりのつき》』……!)



 山本は傷口の箇所を的確に見極め、血管が浮かぶほどに力を込める。

 すると、傷口から赤黒い血が噴出した。


「っ……!?」


 山本は向けられた刃を素手で掴み、ねじ伏せる。

 桜は地面に叩きつけられるも、受け身を取り、刃を再構築した。


(侵食する血を弾いた……!? どんな肉体だよ……!)



 桜は、自分でも気付かぬうちに、薄い笑みを浮かべていた。



 桜は周囲の木々に行方を眩ませると、血の槍を山本へと投げつける。

 山本はそれをたたき落とし、桜の俊敏な動きを捉え続ける。


 桜は突然跳躍すると、空に夥《おびただ》しい量の血の槍を作り出し、山本へとなだれ込ませる。


(目眩まし……何をするつもりだ……)


 山本はその全てを避けることすらせずに粉砕していく。



 次の瞬間、山本の首に何かが巻き付いた。


(肉の縄……腸《はらわた》……!)


 山本は腸を引っ張り、桜を引き出そうとする。

 しかし、引っ張った瞬間にへし折れたのは、遠くに生える木だった。


(ここまで自分の身を削るか……!?)


 その時には、桜は山本の背後に回り込み、血の刃を振り抜いていた。

 しかし、山本は刃が届くよりもなお速い速度で後ろ回し蹴りを放ち、桜を振り払った。


「っ……!」



 桜は直ぐに受け身をとり、構え直す。



 桜は、『神域』へと踏み込んだ事で、山本との力の差を明確に理解し始めていた。



 コイツは本物の『怪物』だ。


 ありとあらゆる手を尽くしてなお、圧倒的な力で上から踏み潰される。


 だからこそ、全てを出し切ってみたい。

 『強者』『弱者』などという枠組みを超越した、本物の怪物に。



 桜は、もはや自身に滾る高揚感を、否定しきれなくなっていた。

 その様子を、山本はわずかに眉間に皺を寄せながら見据えている。


 山本は浅くため息をつくと、一歩を踏み出した。

 それは、桜も同じだった。



「はぁ……はぁ……」


 凄まじい規模にまで発展した二人の戦闘を、甘夏は必死に追っていた。


 甘夏の目からも分かっていた。桜が『別の次元』へと踏み入れたことを。


「っ……!」


 二人の攻防は、もはや甘夏には全く追えなかった。

 あまりにも次元の違う世界の争い。


 二人の武器が火花を散らし、桜の赤い刃が砕け散る。

 桜は直ぐに刀を造り直し、臆する事なく向かい続ける。


(こんなの……もう……!)



「ぅ゙ぐっ……!!」


 桜が斬りかかるも、振るった鞘に弾かれる。

 しかし、直ぐに構え直し、闘志を剥き出しにする。


 目が爛々(らんらん)と冴えている桜に、山本は冷え切った殺意を向け、威圧した。


「頭冷やせ……!!」


 それは、まるで訴えかけるように、絞り出した声だった。

 しかし、桜は少し眉をひそめるのみで、柄を握りしめている力に変化は無かった。


(『神域』に堕ちた弊害《へいがい》か……憐れな……だが、人の心を捨ててまで生きようと藻掻《もが》く奴に、本気で応えないのも『野暮』なんだろうか……ならば、せめて……)


「……俺がお前を、『人間』として終わらせてやる」


 山本は居合の構えを取り、刀の柄に手をかけた。

 それを見て、桜も刀を鞘に納め、居合の構えを返す。


(『命日桜《オビト・ザクラ》・十六夜《いざよい》』──)



 桜は、鞘に納めた刀を、握り直せなかった。


 桜は、自らが一度捨てたものを、山本から感じ取ってしまった。


 心の奥底、痛々しいほどに根ざした『恐怖心』と『罪悪感』。


 姿を現していく真っ黒な刀身が、まるで山本の心情を表しているように感じる。



 ──死ぬ。


 高揚していた桜の意識が、一気に現実へと叩き戻される。

 冷たく見据えた目の奥の、生々しい感情がなだれ込んでくる。



 ──恐い。


 ──人の命を奪うのが、恐い。



 ──嵐山 桜は……もしかしたら本当に……



 ──いや、それでも、斬らなければならない。




 ──この子を『人間』として終わらせられるのは、俺しか居ないから。




 漆黒の刃が、桜の喉元へと触れる。



「止めなさい!!!」


 甘夏の絞り出すような叫びに、山本は刃を止めた。

 甘夏は震える涙声で、山本へと訴えかける。


「貴方に『刀を抜かせた』時点で、桜が『強い』ということの証明になってるでしょっ……!?」



 甘夏の叫びに、場は静まり返った。

 そして、山本が口を開く。


「…………そうだな……悪かった」


 山本は刃を下げると、桜へと視線を移す。

 喉元から流れる血が、ツーっと垂れていく。


「お前も力に飲まれた。俺も条件《ルール》を忘れかけた。……それで今日はお相子《あいこ》だ」


 山本は静かに刀を納める。

 その目には、桜を睨むとともに、後悔が滲んでいた。


「……嵐山 桜……道は多くは残されてねぇんだからな」


「……………………」


 桜は、未だに浅い呼吸から抜け出せていなかった。

 喉元から、血が流れ続けている。


(再生……出来ない……)



「桜、貴女は先に戻ってなさい。私は山本に話がある」


 甘夏が、真っ青な表情の桜へと言い放つ。

 桜は、反省するように俯くと、苦い顔をして屋敷へと帰っていった。


 桜の背中を見ながら、山本は目を逸らし、また浅くため息をついた。

 そして、甘夏へと視線を移す。


「……話って何だ……? 甘夏さん」


「……桜ちゃんには、もう手を出さない……?」


 真剣な表情で問う甘夏に、山本は冷淡に返した。


「……納得はしちゃいない。だが、あいつが人を殺した後、人を助け、本気で償おうとしてるのは聞いた。『視れば』分かった。……でも、人殺しは根っこが変わんねぇ。……『俺が一番よく知ってる』」


「っ……」


 重苦しい雰囲気に、甘夏は口を噤《つぐ》む。

 しかし、覚悟を決めたように山本を見つめると、はっきりと聞いた。


「『鎮静会を潰す』って……本気なの……?」

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― 新着の感想 ―
凄まじい二人の戦闘でした!!くぅっ!なんだこれ!肉体の削り合い!血しぶき!内臓!最高です! 『神域』に堕ちる、なのですね。 人を殺めた上で、人の心を失くすことによって辿り着く境地……。なんだか、悠真…
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