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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
五章 「散った桜の罪と罰」
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51話 『命の見方と腐り方』

非常にグロテスクで過激な表現が含まれます。

十分注意して閲覧下さい。


「桜ちゃんには、『国のために』、た〜くさん、子供を産んでほしいんだ」


 茶髪の女は、静かに睨む桜を見下げる。

 沈黙する桜の表情は、影で見えない。


「……意味が分からない」


 桜は檻の中で、はっきりと呟いた。

 茶髪の女は、ニヤニヤとした笑みを張り付かせながら、話し出す。


「人々が『能力』を持った世界ではね、『人口』の数が、国の『軍事力』に直結するようになったんだよ」


「………………」


「だんまりかぁ。無理もないけど、結構つまんないよ? ……まぁそんなこんなで、軍事利用できる子供が沢山いたら、嬉しいなぁっていう話なんだけど、これで意味分かったよね」


 桜は感情の籠もっていない声で告げる。


「一人で産める人数には、限度がある。それで足しになるとは思えない」


 それを聞いた茶髪の女は、ポリポリと頭を掻いて笑った。


「痛いところ突くね〜。まぁ簡単に言うとさ、桜ちゃんは『前例』になってくれればいいんだ。ようやく周囲から『GOサイン』が出て、ちょうどよく桜ちゃんが出てきてくれたから、大チャンスってわけ。オッケー?」


「………………」


「……それにさ、桜ちゃんみたいな娘が『色んな』ことされてるところって、エンタメとしても需要あるからさ。諸々の費用も稼げて一石二鳥ってワケ」


「………………」


 黙り続ける桜に、茶髪の女は「はぁ……」とため息をついた。

 早くなる貧乏揺すりの音が、やけに部屋に響く。


「もっと泣いたり、『助けて〜』って懇願してくれると思ってたのに、反応つまんなすぎ。冷めるわ〜」


 茶髪の女は、背後に立つふとった男へと、目を向ける。


「コイツつまんないからさ、『荘司』、ちょっと『味見』していいよ」


「遅い……わざわざ来てやったのに……」


 ふとったスーツの男──『荘司』は、品定めするように桜へとにじり寄り、檻の外から舐め回すような視線を向ける。



「!」


 その時、部屋の中で静かに佇んでいたメガネの男が、あるものを見つけた。

 ファザーが、携帯で誰かに連絡を取っている。


「コソコソと、往生際が悪いですよ」


「ッ……!! がっ……!」


 次の瞬間、ファザーが携帯を持つ手を、『光の槍』が貫通していた。

 メガネの男は、茶髪の女へと話しかける。


「……このおじいちゃん、どうします?」


「……コイツの能力は有用だから、気絶くらいで済まして」


「分かりました」


「……!」



 ファザーは、正義感の強い男だった。


(この横暴を、見過ごすような人間ではない……! かくなるうえは……!!)


 ファザーが手を伸ばしたのは、『桜を拘束している縄の端』。

 ファザーの『能力』である『操縄』は、触れている縄状の物を操ることができる。


(彼女を逃がし……!)



 しかし、伸ばしていたはずの腕は、いつしか宙を舞っていた。


(な…………)


 捩じ切れ落ちた自身の腕と、溢れる血が、ファザーの意識を深い闇へと引きずり込んだ。


─────────────────────


何故なぜ、命の価値は平等なのに、虫を殺しても罪にならず、人を殺したら罪になると思う……?』


 その問いは、どこまでも冷たくて、そして、言い表しようのない、恐怖と似て異なる感覚を、俺たちに与えた。


「鋼から、答えてくれ」


「ッ……」


 鋼は、僅かに震えながら、ゆっくりと続けた。


「『法律』でそう決められているから……です。虫を殺して、罪になるという法は、現代には無い」


「……なるほどね。『命の価値は外付け』……っていう答えでいいのかな?」


「……はい」


 皆既は、静かに机をなぞると、二つの指先を合わせて、グッと締めていく。


 まるで、アリをひしゃげ潰すかのように。

 そして、銃の引き金を引くようにも見えた。



「……悠真は」


「……………………」


 深く深呼吸をする。

 どこまでも身近で、どこまでも遠い、その答え。


 俺の、答え。



「……『生きるために奪った命の数』……です」


「……………………」


「人は、生きるために沢山の命を奪います。……だから、生きるために殺した生き物の『命の価値』を、背負っているからだと思います」


「……なるほどね」


 皆既は、静かに目を閉じた。


「……よく、分かったよ」


(少しニュアンスはズレるかもしれないが……あえて文豪『遠藤周作』の言葉を借りるなら、彼は『善魔』だ。純粋故に質の悪い思想犯(もど)きと言って差し支えないだろう……)


 皆既はゆっくりと目を開くと、ほのかに優しい眼差しを二人に向けた。


「……協力、感謝するよ。とりあえず、君たちは自分の家に帰ってくれ。……それと、この件についての他言は禁止させてもらう」



 落ち着いて告げる皆既に、悠真は鋭く目線を合わせた。

 その異様な雰囲気に、皆既にすら、ごく一瞬悪寒が走る。


「……桜は、どうなるんですか」


「……君たちの思いと、事実は考慮する。……だが、それ以上は何も言えない」


「……なら……」



 その次に続く言葉に、場の全員が唖然とした。



『桜の処刑は、俺にやらせて下さい』



「…………はぁ…………!? 悠真、お前……自分で何を言ってるのか、分かってんのか……!?」


 今まで見せなかった、焦るような早口で、皆既は悠真へと詰め寄る。

 それでも、悠真は皆既から一瞬たりとも目を逸らさなかった。


「最初に約束してるんです。生きて償う代わりに『俺の手で殺す』って」


「自分で助けた子を、自分の手で……? 正気の沙汰じゃない……」


「……約束なんです。罪に問われようと、構わない」



 鋼は、悠真を信じられないものを見ているような表情で、注視していた。



 いくらなんでも、ありえない。

 ……でも、悠真なら、やりかねない。

 やりかねないからこそ、僕が止めないといけない……


 でも、そうか。

 桜さんと、悠真の、根本的な『何か』の正体は、これだったんだ。


 『絶対的な死の誓いの上に成り立つ、関係』


 そんなものに、手を出せる勇気なんて……!



 気づけば、悠真の胸ぐらを掴み上げていた。


「お前……死にたいのか……!?」


 悠真は、はっとしたように目を逸らすと、小さく呟いた。


「……そんなわけ、無いだろ」


「嘘つくなよ……!!!」


 怒鳴ったあとで、身体にどうしようもない罪悪感が走り抜けた。

 咄嗟に手を離し、後ずさってしまった。



「……ごめん」


 悠真は、僕が謝る前に、謝った。

 そこで、何かの琴線が、切れたような気がする。


「この……!!」



 その瞬間、皆既のスマホから通知音が鳴った。

 場の空気にそぐわないその音に、一瞬時が止まったようにすら感じた。



 皆既は、連絡の内容を見て、呆然とする。


「ぇ……はぁ゙ぁ゙っ……!?!?」


 確かな怒りが混ざった驚きの声に、豪千、甘夏もスマホを覗き込む。

 そして、同じように目を見開いた。


 皆既は服を整え、車の鍵を取る。


「悠真たちはここで待ってろ。甘夏、豪千、すぐ車出すぞ」


 怨嗟すら見られるほどの真剣な目に、悠真はただならぬ何かを感じた。


「桜に、何かあったん……」


「詮索はするな。首を突っ込もうとするな」


「できません」


「っ……」



 皆既は、これまででもはや、悠真がどういう人間か、わかっていた。


「もしかすると、『上層部』の連中との争いに巻き込まれるかもしれない。桜にたどり着く前に、確実に殺される」


 悠真の目は、どこまでも深く、光が無かった。


「……俺たちは死地を越えています」


 もはや、説得なんて聞きやしないと、直感的に読み取った。


(この子たちは千秋楽山での戦いを越えている。それに、『あの人』の師事を受けていて、『層合気』が使えるなら……)


「……分かった」



 だが、皆既は一つだけ、気がかりだった。

 鋼が、付いてくるのかどうか。


 もちろん、付いてこないのが最適解だ。

 自ら命を捨てに行くようなものでしかない。

 『足手まとい』は、少ないほうがいい。


 それでも……


 鋼も、悠真程じゃないが、似ている。

 目の色が似ている。


「……来るのか、鋼君」



 鋼君は、怯えているようにも映った。

 怒っているようにも、悔しがっているようにも見える。

 それでも、その目にだけは、確かな決意があった。


「……はい。行かせて下さい」



 ……大人として、間違った選択だ。

 でも、振り払えそうにない。


「二人とも、助けてやれる余裕は無いからな」


「……はい」


─────────────────────


 ファザーは、片腕を吹き飛ばされ、意識を失った。



「ちょっと……『番花』。やり過ぎじゃない? 使い物にならなくなったらどうすんの」


 メガネの男──『番花』は、手でメガネの向きを整えながら、ため息をついた。


「確かに、少しやり過ぎちゃいましたね。反省です」



 檻の外から、三人の大人が、少女をまるで玩具のように眺める。

 いや、檻の中という立場的には、『奴隷』の方が正しいだろうか。


 荘司が、倒れるファザーのポケットを漁る。

 そして、檻の鍵を取り出した。


 それは、少女を守る『壁』が、打ち壊されるのと同義だった。

 「ギィィ……」という錆びれた音を立て、鉄の扉が開く。


 その奥で、茶髪の女がにやりと笑った。


 荘司は、檻の中に入るなり、桜を見下ろして、鼻で笑った。

 そして、荒い手つきで顎を掴むと、一気に持ち上げ、薄汚い笑みを見せつけた。


「っ……」


ツラは悪くないが……乳が小さいな」


 ゴミを見るような目で、茶髪の女も嗤う。


「ははっ……女の子にそういう事言うなよ。可哀想だろ?」


「フン。……まぁ、判断は『使い心地』を確認してからだ」


 荘司はおもむろに、自身のベルトに手をかける。



 桜は理解した。

 こいつらは『国のため』なんて大層な大義を語っておきながら、結局は自身の歪んだ欲望を満たしたいだけの連中だ。


「はっ……!」



 桜は、部屋に響くような、乾いた笑い声を上げた。

 その様子に、上層部の三人の表情が曇る。



 私が、純情で清廉な小娘だとでも思ってるみたいだ。

 お前らは、こんなふうにしておけば、いずれ私が泣き出して、苦悶の表情を浮かべながら懇願するとでも思ってるんだろう?


 私は、よく知ってる。

 じゃあ、お前らが一番『萎える』台詞セリフを言ってやるよ。



 桜は額に血管を浮かべながら、口角を吊り上げて見せた。


「良いよ、突っ込んでみ? 上でも下でも喰い千切ってやる……!」


「っ……!」


 桜の圧倒的な威圧感に、荘司は一歩引いて、檻の外へと出た。

 次の瞬間、茶髪の女の甲高い笑い声が響いた。


「ハハハハハハ……!! いいね……! お姉さんなぁ、桜ちゃんみたいな強い子へし折るのが、一番好きなんだわ……!」


「…………やってみれば……!?」


 そう答える桜の声は、僅かに震えていた。



「!」


 次の瞬間、茶髪の女と番花は、直ぐに施設の外へと飛び出した。


「おい、どうした……」


 荘司がきょろきょろと見回す。

 その空間全体が、歪んだ。



「『破戒の天使(イブリース)』」


 桜の目の前の施設全体が、一瞬にして消し飛び、塵と化す。

 砂ぼこりが舞い、周囲が全く見えなくなる。


(これは……あの『豪千(ムキムキのおっさん)』の能力……!?)

「どわっ……!?」



 桜が呆気に取られていると、誰かに抱えられ、砂ぼこりの中から脱出させられる。

 桜が見上げると、そこには知った顔がいた。


「あ……モデルガンの……!」


「皆既、一応千夜の兄ちゃんね」


「え、千夜の……? てか、どういう状況なの!?」


「簡単に言うと、アイツらがやる事が気に食わないので辞職覚悟で特攻しに来た。だから今は一旦味方だから」


 皆既はナイフを取り出し、桜の縄を切った。


「……それでも……直ぐに信用出来るわけ……!」


「信用し切れないのは互いに同じだよ……」



 次の瞬間、砂ぼこりの中から、『半透明の棘』が生え、桜と皆既に向けられる。


「っ……!」


 二人は咄嗟にそれを避け、構え直す。

 その視線の先には荘司がいた。


「全く……急にやりやがって……何なんだ……」


 それを見て、桜は唖然とした。


(あの攻撃が直撃して、無傷……)


 皆既は、無傷の荘司を見て、小さく呟いた。


「『バリア』……か……」



 土煙が晴れると、茶髪の女と、番花も姿を現す。


「おいおい……何のつもりだ? これは立派な反逆行為だぞ?」


 豪千は、拳を握りしめながら、睨み返した。


「クビ上等だ。お前らに付いていくつもりは無ぇ……!!」


 その肩には、ファザーがしっかりと背負われていた。



 悠真は、静かに桜へと歩み寄る。

 桜もそれに気付いて、嬉しそうにふっと息をはいた。


 悠真の腕には、桜の愛刀が抱えられていた。


「桜」


「……ありがとう」


 桜は刀を受け取ると、強く握りしめ、優雅に引き抜いていく。

 そして、零度よりもなお冷たい目で、上層部三人を見据えた。


「……反撃開始」


 場の全員の目に、煮え滾る殺意が宿る。

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