51話 『命の見方と腐り方』
非常にグロテスクで過激な表現が含まれます。
十分注意して閲覧下さい。
「桜ちゃんには、『国のために』、た〜くさん、子供を産んでほしいんだ」
茶髪の女は、静かに睨む桜を見下げる。
沈黙する桜の表情は、影で見えない。
「……意味が分からない」
桜は檻の中で、はっきりと呟いた。
茶髪の女は、ニヤニヤとした笑みを張り付かせながら、話し出す。
「人々が『能力』を持った世界ではね、『人口』の数が、国の『軍事力』に直結するようになったんだよ」
「………………」
「だんまりかぁ。無理もないけど、結構つまんないよ? ……まぁそんなこんなで、軍事利用できる子供が沢山いたら、嬉しいなぁっていう話なんだけど、これで意味分かったよね」
桜は感情の籠もっていない声で告げる。
「一人で産める人数には、限度がある。それで足しになるとは思えない」
それを聞いた茶髪の女は、ポリポリと頭を掻いて笑った。
「痛いところ突くね〜。まぁ簡単に言うとさ、桜ちゃんは『前例』になってくれればいいんだ。ようやく周囲から『GOサイン』が出て、ちょうどよく桜ちゃんが出てきてくれたから、大チャンスってわけ。オッケー?」
「………………」
「……それにさ、桜ちゃんみたいな娘が『色んな』ことされてるところって、エンタメとしても需要あるからさ。諸々の費用も稼げて一石二鳥ってワケ」
「………………」
黙り続ける桜に、茶髪の女は「はぁ……」とため息をついた。
早くなる貧乏揺すりの音が、やけに部屋に響く。
「もっと泣いたり、『助けて〜』って懇願してくれると思ってたのに、反応つまんなすぎ。冷めるわ〜」
茶髪の女は、背後に立つ肥った男へと、目を向ける。
「コイツつまんないからさ、『荘司』、ちょっと『味見』していいよ」
「遅い……わざわざ来てやったのに……」
肥ったスーツの男──『荘司』は、品定めするように桜へとにじり寄り、檻の外から舐め回すような視線を向ける。
「!」
その時、部屋の中で静かに佇んでいたメガネの男が、あるものを見つけた。
ファザーが、携帯で誰かに連絡を取っている。
「コソコソと、往生際が悪いですよ」
「ッ……!! がっ……!」
次の瞬間、ファザーが携帯を持つ手を、『光の槍』が貫通していた。
メガネの男は、茶髪の女へと話しかける。
「……このおじいちゃん、どうします?」
「……コイツの能力は有用だから、気絶くらいで済まして」
「分かりました」
「……!」
ファザーは、正義感の強い男だった。
(この横暴を、見過ごすような人間ではない……! かくなるうえは……!!)
ファザーが手を伸ばしたのは、『桜を拘束している縄の端』。
ファザーの『能力』である『操縄』は、触れている縄状の物を操ることができる。
(彼女を逃がし……!)
しかし、伸ばしていたはずの腕は、いつしか宙を舞っていた。
(な…………)
捩じ切れ落ちた自身の腕と、溢れる血が、ファザーの意識を深い闇へと引きずり込んだ。
─────────────────────
『何故、命の価値は平等なのに、虫を殺しても罪にならず、人を殺したら罪になると思う……?』
その問いは、どこまでも冷たくて、そして、言い表しようのない、恐怖と似て異なる感覚を、俺たちに与えた。
「鋼から、答えてくれ」
「ッ……」
鋼は、僅かに震えながら、ゆっくりと続けた。
「『法律』でそう決められているから……です。虫を殺して、罪になるという法は、現代には無い」
「……なるほどね。『命の価値は外付け』……っていう答えでいいのかな?」
「……はい」
皆既は、静かに机をなぞると、二つの指先を合わせて、グッと締めていく。
まるで、アリを拉げ潰すかのように。
そして、銃の引き金を引くようにも見えた。
「……悠真は」
「……………………」
深く深呼吸をする。
どこまでも身近で、どこまでも遠い、その答え。
俺の、答え。
「……『生きるために奪った命の数』……です」
「……………………」
「人は、生きるために沢山の命を奪います。……だから、生きるために殺した生き物の『命の価値』を、背負っているからだと思います」
「……なるほどね」
皆既は、静かに目を閉じた。
「……よく、分かったよ」
(少しニュアンスはズレるかもしれないが……あえて文豪『遠藤周作』の言葉を借りるなら、彼は『善魔』だ。純粋故に質の悪い思想犯擬きと言って差し支えないだろう……)
皆既はゆっくりと目を開くと、ほのかに優しい眼差しを二人に向けた。
「……協力、感謝するよ。とりあえず、君たちは自分の家に帰ってくれ。……それと、この件についての他言は禁止させてもらう」
落ち着いて告げる皆既に、悠真は鋭く目線を合わせた。
その異様な雰囲気に、皆既にすら、ごく一瞬悪寒が走る。
「……桜は、どうなるんですか」
「……君たちの思いと、事実は考慮する。……だが、それ以上は何も言えない」
「……なら……」
その次に続く言葉に、場の全員が唖然とした。
『桜の処刑は、俺にやらせて下さい』
「…………はぁ…………!? 悠真、お前……自分で何を言ってるのか、分かってんのか……!?」
今まで見せなかった、焦るような早口で、皆既は悠真へと詰め寄る。
それでも、悠真は皆既から一瞬たりとも目を逸らさなかった。
「最初に約束してるんです。生きて償う代わりに『俺の手で殺す』って」
「自分で助けた子を、自分の手で……? 正気の沙汰じゃない……」
「……約束なんです。罪に問われようと、構わない」
鋼は、悠真を信じられないものを見ているような表情で、注視していた。
いくらなんでも、ありえない。
……でも、悠真なら、やりかねない。
やりかねないからこそ、僕が止めないといけない……
でも、そうか。
桜さんと、悠真の、根本的な『何か』の正体は、これだったんだ。
『絶対的な死の誓いの上に成り立つ、関係』
そんなものに、手を出せる勇気なんて……!
気づけば、悠真の胸ぐらを掴み上げていた。
「お前……死にたいのか……!?」
悠真は、はっとしたように目を逸らすと、小さく呟いた。
「……そんなわけ、無いだろ」
「嘘つくなよ……!!!」
怒鳴ったあとで、身体にどうしようもない罪悪感が走り抜けた。
咄嗟に手を離し、後ずさってしまった。
「……ごめん」
悠真は、僕が謝る前に、謝った。
そこで、何かの琴線が、切れたような気がする。
「この……!!」
その瞬間、皆既のスマホから通知音が鳴った。
場の空気にそぐわないその音に、一瞬時が止まったようにすら感じた。
皆既は、連絡の内容を見て、呆然とする。
「ぇ……はぁ゙ぁ゙っ……!?!?」
確かな怒りが混ざった驚きの声に、豪千、甘夏もスマホを覗き込む。
そして、同じように目を見開いた。
皆既は服を整え、車の鍵を取る。
「悠真たちはここで待ってろ。甘夏、豪千、すぐ車出すぞ」
怨嗟すら見られるほどの真剣な目に、悠真はただならぬ何かを感じた。
「桜に、何かあったん……」
「詮索はするな。首を突っ込もうとするな」
「できません」
「っ……」
皆既は、これまででもはや、悠真がどういう人間か、わかっていた。
「もしかすると、『上層部』の連中との争いに巻き込まれるかもしれない。桜にたどり着く前に、確実に殺される」
悠真の目は、どこまでも深く、光が無かった。
「……俺たちは死地を越えています」
もはや、説得なんて聞きやしないと、直感的に読み取った。
(この子たちは千秋楽山での戦いを越えている。それに、『あの人』の師事を受けていて、『層合気』が使えるなら……)
「……分かった」
だが、皆既は一つだけ、気がかりだった。
鋼が、付いてくるのかどうか。
もちろん、付いてこないのが最適解だ。
自ら命を捨てに行くようなものでしかない。
『足手まとい』は、少ないほうがいい。
それでも……
鋼も、悠真程じゃないが、似ている。
目の色が似ている。
「……来るのか、鋼君」
鋼君は、怯えているようにも映った。
怒っているようにも、悔しがっているようにも見える。
それでも、その目にだけは、確かな決意があった。
「……はい。行かせて下さい」
……大人として、間違った選択だ。
でも、振り払えそうにない。
「二人とも、助けてやれる余裕は無いからな」
「……はい」
─────────────────────
ファザーは、片腕を吹き飛ばされ、意識を失った。
「ちょっと……『番花』。やり過ぎじゃない? 使い物にならなくなったらどうすんの」
メガネの男──『番花』は、手でメガネの向きを整えながら、ため息をついた。
「確かに、少しやり過ぎちゃいましたね。反省です」
檻の外から、三人の大人が、少女をまるで玩具のように眺める。
いや、檻の中という立場的には、『奴隷』の方が正しいだろうか。
荘司が、倒れるファザーのポケットを漁る。
そして、檻の鍵を取り出した。
それは、少女を守る『壁』が、打ち壊されるのと同義だった。
「ギィィ……」という錆びれた音を立て、鉄の扉が開く。
その奥で、茶髪の女がにやりと笑った。
荘司は、檻の中に入るなり、桜を見下ろして、鼻で笑った。
そして、荒い手つきで顎を掴むと、一気に持ち上げ、薄汚い笑みを見せつけた。
「っ……」
「面は悪くないが……乳が小さいな」
ゴミを見るような目で、茶髪の女も嗤う。
「ははっ……女の子にそういう事言うなよ。可哀想だろ?」
「フン。……まぁ、判断は『使い心地』を確認してからだ」
荘司はおもむろに、自身のベルトに手をかける。
桜は理解した。
こいつらは『国のため』なんて大層な大義を語っておきながら、結局は自身の歪んだ欲望を満たしたいだけの連中だ。
「はっ……!」
桜は、部屋に響くような、乾いた笑い声を上げた。
その様子に、上層部の三人の表情が曇る。
私が、純情で清廉な小娘だとでも思ってるみたいだ。
お前らは、こんなふうにしておけば、いずれ私が泣き出して、苦悶の表情を浮かべながら懇願するとでも思ってるんだろう?
私は、よく知ってる。
じゃあ、お前らが一番『萎える』台詞を言ってやるよ。
桜は額に血管を浮かべながら、口角を吊り上げて見せた。
「良いよ、突っ込んでみ? 上でも下でも喰い千切ってやる……!」
「っ……!」
桜の圧倒的な威圧感に、荘司は一歩引いて、檻の外へと出た。
次の瞬間、茶髪の女の甲高い笑い声が響いた。
「ハハハハハハ……!! いいね……! お姉さんなぁ、桜ちゃんみたいな強い子へし折るのが、一番好きなんだわ……!」
「…………やってみれば……!?」
そう答える桜の声は、僅かに震えていた。
「!」
次の瞬間、茶髪の女と番花は、直ぐに施設の外へと飛び出した。
「おい、どうした……」
荘司がきょろきょろと見回す。
その空間全体が、歪んだ。
「『破戒の天使』」
桜の目の前の施設全体が、一瞬にして消し飛び、塵と化す。
砂ぼこりが舞い、周囲が全く見えなくなる。
(これは……あの『豪千』の能力……!?)
「どわっ……!?」
桜が呆気に取られていると、誰かに抱えられ、砂ぼこりの中から脱出させられる。
桜が見上げると、そこには知った顔がいた。
「あ……モデルガンの……!」
「皆既、一応千夜の兄ちゃんね」
「え、千夜の……? てか、どういう状況なの!?」
「簡単に言うと、アイツらがやる事が気に食わないので辞職覚悟で特攻しに来た。だから今は一旦味方だから」
皆既はナイフを取り出し、桜の縄を切った。
「……それでも……直ぐに信用出来るわけ……!」
「信用し切れないのは互いに同じだよ……」
次の瞬間、砂ぼこりの中から、『半透明の棘』が生え、桜と皆既に向けられる。
「っ……!」
二人は咄嗟にそれを避け、構え直す。
その視線の先には荘司がいた。
「全く……急にやりやがって……何なんだ……」
それを見て、桜は唖然とした。
(あの攻撃が直撃して、無傷……)
皆既は、無傷の荘司を見て、小さく呟いた。
「『バリア』……か……」
土煙が晴れると、茶髪の女と、番花も姿を現す。
「おいおい……何のつもりだ? これは立派な反逆行為だぞ?」
豪千は、拳を握りしめながら、睨み返した。
「クビ上等だ。お前らに付いていくつもりは無ぇ……!!」
その肩には、ファザーがしっかりと背負われていた。
悠真は、静かに桜へと歩み寄る。
桜もそれに気付いて、嬉しそうにふっと息をはいた。
悠真の腕には、桜の愛刀が抱えられていた。
「桜」
「……ありがとう」
桜は刀を受け取ると、強く握りしめ、優雅に引き抜いていく。
そして、零度よりもなお冷たい目で、上層部三人を見据えた。
「……反撃開始」
場の全員の目に、煮え滾る殺意が宿る。




