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ロマンチスト・ソウル  作者: タイラ
一章 「紅い桜が散った村」
4/16

4話 「戯」


─────


この村の人たちみんな、この子が殺したんだ。


─────


 目を合わせた時に、『残響』が感じ取った、彼女には身に余るほどの怨嗟えんさ号哭ごうこく

 ただ、目の前にいる彼女は、その心の内を、全く感じさせなかった。


「ぜひ上がっていってください。お茶と……確かおまんじゅうがありますから」


 振り向きながら可憐に笑う彼女に抱いたのは、恐怖と、疑問。


 確かに彼女が人を殺しているのは間違いない。

 だが、俺に殺意が向けられているわけではない。

 あるのは、純粋な嬉しさと、感動にも似た何か。 


 そして、心の奥深くまで根ざした「諦観」


 一体何が、彼女をそうさせるに至らせたのだろうか。

 どうすれば、桜を救えるだろうか。



「どうしたんですか? ぼーっとして。」


 桜は不思議そうに、はにかむ。


「いや……大丈夫」


 気づけば、『残響』が拾っていた、桜から響いていたであろう、あの号哭にも似た『波』は、聞こえなくなっている。


「体調悪いんですか?」


 心配そうにこちらを見てくるその目は、とても人を殺しているものとは思えなかった。


「いや! 全然。ごめん、ちょっと考え事してて」


「そうですか? 無理はしないでくださいね。とりあえず、うちに上がってください」


「……そうですね、ずっと外で話しててもアレだし」


 桜のあとを、ロードバイクを引きながら歩いていく。

 桜の長く、綺麗に後ろで結われた黒髪が風に吹かれてなびいている。


「自転車は、ここら辺に駐めちゃっていいですから」


 桜は家と家の隙間……とも言うべき、微妙なスペースを指差す。


「……ありがとう」


 ロードバイクを、狭い家と家の間に置かせてもらう。

 桜は、そんな何気ないところまで、懐かしむような、哀しむような目で見ている。


 少し躊躇ためらってしまったのをごまかすように、早足で桜の元まで歩く。

 敷地に薄く敷かれた砂利の、ザクザクという音が鳴る。


─────


 桜が家の引き戸をゆっくりと開ける。


「どうぞ」


 柔らかな素振りで、中に入るように促してくる。


「お邪魔します」 


 家に入る時に軽く頭を下げ、家の中に入る。

 中はまさに古民家といった作りで、木の温かみを感じる。

 それと同時に、天井の大きな木目が、じっとこちらを観察しているような気がした。


 靴を脱ぎ、家に上がる。


「手洗ってくださいね、洗面台はあそこ」


 玉暖簾たまのれんの先にあるであろう洗面台を指さす。


「ありがとう」


 玉暖簾をじゃらじゃらと鳴らし中に入り、洗面台で手を洗う。


 石鹸はとても小さかった。

 タオルで手を拭き、洗面所から出る。


 待っていた桜が、代わるように洗面所に入り、手を洗う。


 桜が小声で「石鹸……替えておけば良かった」と言ったのが聞こえた。



「お待たせ」


 桜は戻ってきた後、奥の居間へと歩いていき、俺もその後をついていく。

 二人の歩みに合わせ、木造の床がギシギシと鳴っている。


 居間の前に着くと、圧倒的な存在感を放つ、天井近くの壁にかけられた一本の日本刀に目が行く。


「そこ、座っててください。私はおまんじゅう取ってくるので」


「あ……ありがとうございます」


 ゆっくりと、ちゃぶ台の前に正座する。

 小旅行用の大きなリュックを下ろし、こっちも何か出せるものはないかと探す。


「ありましたよ! おまんじゅう」


 お盆の上にお皿を2つのせ、おまんじゅうを持ってくる。

 自作なのだろうか、かなり大きい。


「こっちも、じゃ◯りこあったんですけど、食べます?」


 縦に長い容器を取り出し見せた瞬間、桜の顔がパッと明るくなる。


「お!? じゃ◯りこ!?」


 そんなに驚かれるとは思ってなかったので、ちょっとびっくりする。

 彼女の『波』が今までで一番和らいでいる。


「じゃ◯りこ好きなの?」


「うん。ちっちゃい頃に何回かだけ食べたことあってさ。すごく美味しかった。懐かしいなぁ……」


 上を見ながら何かを思い出しているようだ。

 ふと、『波』に哀しさが混じった。


「食べましょうか、小腹空いてきました」


「……そうですね!」


 桜は、机の上のじゃ◯りこを見ながら、ちょっとだけ笑った。

 それにつられて、俺も少しだけ頬がゆるんだ。


─────


 サクサクと言う心地よい音が部屋に響く。

 桜は久々のじゃ◯りこに釘付けだったようで、夢中で食べすすめていた。

 俺の分は……? とは言えなかった。

 桜が出してくれたおまんじゅうも甘さ控えで美味しく、なかなか大きかったが軽く食べられてしまった。


 桜がふと呟く。


「はぁ……やっぱり……いいものだよね。何でも、誰かと一緒に食べたほうが、おいしい」


 なぜか、心に突き刺さるものがあった。

 最初は恐怖に駆られ、目の前の少女をしっかりと見られていなかった。

 でも、やっぱり、少女は少女でしかなかった。


「そうだよね、ほんと」


「……うん。」


 その返事は、涙をこらえているようにうわずっていた。


 ようやく分かった。

 この子は、好きで人を殺したわけじゃない。

 何か、そうせざるを得ない理由があったんだ。


 ゆっくりと深呼吸し、言葉を選ぶ。


「あの、桜さん」


「……なんですか?」


 空気の変化を感じ取ったのか、桜の表情が少し不安そうになる。


「……どうして……人を殺したのか、教えて欲しい」


 桜は目を見開き、はっとした表情をするが、すぐに怒りと悲しみをはらんだ表情になる。


 桜から見れば、裏切りのように感じるかもしれない。

 それでも、聞かなければいけない。



 畳に爪を食い込ませるような音が響いた。


「あなたは、私を殺しに来たんですか」


 予想外の言葉が飛び出す。


 確かに、桜は能力犯罪の中でもとびきり重罪人だ。

 それを考慮すれば、桜を断罪しに来た役人だと思われても仕方がない。

 そこまで考えていなかった。


「いや……違う!! 俺はそんな理由でここに来た訳じゃない……!」


 あらぬ疑いを、必死に否定する。


「じゃあ……なんでこんな集落に寄ったの? 理由があるんでしょ」


 『波』がどんどんと、疑心を帯びていく。

 空気がピリピリとして、重い。


 それでも、話をしなければ何も始まらない。

 重たい空気を押しのけるように、口を開く。


「……そうだよ。君を……桜を、助けに来た。見て見ぬふりは、出来なかったんだ。」


 『助けに来た』という陳腐な言葉に、失望したのだろうか、桜の目が一気に冷める。


「……そう。でも無駄だよ、もう私、手遅れだから」


 再び桜の『波』に深い諦観が流れ出る。

 それでも俺は対話を辞めたくない。


「手遅れでもいい……俺に話してほしい」


 苦虫を噛み潰したような顔で睨んでくる。


「なんで……?」


 桜は黙り込んでしまった。

 二人の呼吸音だけが室内に響く。


 伝えるべきか迷ったが、桜には本当のことを話してほしい。

 だから、核心を突きに行った。


「桜……死ぬ気だっただろ……」


 桜は俺をありえないという目で見た後、少しうつむいて固まってしまった。


「俺が感じ取ったのは、多分、桜の罪悪感の叫びだったんだ」


 自ら死を選ぼうとするほどの罪悪感と覚悟。

 それがあの村の外まで響いた号哭のような『波』の正体だった。


「あなたは……どれだけお見通しなんですか……?」


 声が震え、苛立ちとやるせなさを紛らわすかのように、指先がワナワナと動いている。


「……教えてくれ、この村で何があったのか」


「……はぁ…………」


 桜は深いため息をついた。

 おそらく、俺の絶対に話させるという覚悟と、おせっかいに対する呆れ。


 それと、確かな自分を思う気持ちを感じたのだろう。


「……話したら……もう、帰ってください……」


「それは話の……『記憶』の内容による」


「……………………」


 桜は、ゆっくりと息を整えた後、ぽつぽつと語りだした。

 言葉を通じて、桜の記憶が鮮明に映し出される。


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