4話 「戯」
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この村の人たちみんな、この子が殺したんだ。
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目を合わせた時に、『残響』が感じ取った、彼女には身に余るほどの怨嗟の号哭。
ただ、目の前にいる彼女は、その心の内を、全く感じさせなかった。
「ぜひ上がっていってください。お茶と……確かおまんじゅうがありますから」
振り向きながら可憐に笑う彼女に抱いたのは、恐怖と、疑問。
確かに彼女が人を殺しているのは間違いない。
だが、俺に殺意が向けられているわけではない。
あるのは、純粋な嬉しさと、感動にも似た何か。
そして、心の奥深くまで根ざした「諦観」
一体何が、彼女をそうさせるに至らせたのだろうか。
どうすれば、桜を救えるだろうか。
「どうしたんですか? ぼーっとして。」
桜は不思議そうに、はにかむ。
「いや……大丈夫」
気づけば、『残響』が拾っていた、桜から響いていたであろう、あの号哭にも似た『波』は、聞こえなくなっている。
「体調悪いんですか?」
心配そうにこちらを見てくるその目は、とても人を殺しているものとは思えなかった。
「いや! 全然。ごめん、ちょっと考え事してて」
「そうですか? 無理はしないでくださいね。とりあえず、うちに上がってください」
「……そうですね、ずっと外で話しててもアレだし」
桜のあとを、ロードバイクを引きながら歩いていく。
桜の長く、綺麗に後ろで結われた黒髪が風に吹かれて靡いている。
「自転車は、ここら辺に駐めちゃっていいですから」
桜は家と家の隙間……とも言うべき、微妙なスペースを指差す。
「……ありがとう」
ロードバイクを、狭い家と家の間に置かせてもらう。
桜は、そんな何気ないところまで、懐かしむような、哀しむような目で見ている。
少し躊躇ってしまったのをごまかすように、早足で桜の元まで歩く。
敷地に薄く敷かれた砂利の、ザクザクという音が鳴る。
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桜が家の引き戸をゆっくりと開ける。
「どうぞ」
柔らかな素振りで、中に入るように促してくる。
「お邪魔します」
家に入る時に軽く頭を下げ、家の中に入る。
中はまさに古民家といった作りで、木の温かみを感じる。
それと同時に、天井の大きな木目が、じっとこちらを観察しているような気がした。
靴を脱ぎ、家に上がる。
「手洗ってくださいね、洗面台はあそこ」
玉暖簾の先にあるであろう洗面台を指さす。
「ありがとう」
玉暖簾をじゃらじゃらと鳴らし中に入り、洗面台で手を洗う。
石鹸はとても小さかった。
タオルで手を拭き、洗面所から出る。
待っていた桜が、代わるように洗面所に入り、手を洗う。
桜が小声で「石鹸……替えておけば良かった」と言ったのが聞こえた。
「お待たせ」
桜は戻ってきた後、奥の居間へと歩いていき、俺もその後をついていく。
二人の歩みに合わせ、木造の床がギシギシと鳴っている。
居間の前に着くと、圧倒的な存在感を放つ、天井近くの壁にかけられた一本の日本刀に目が行く。
「そこ、座っててください。私はおまんじゅう取ってくるので」
「あ……ありがとうございます」
ゆっくりと、ちゃぶ台の前に正座する。
小旅行用の大きなリュックを下ろし、こっちも何か出せるものはないかと探す。
「ありましたよ! おまんじゅう」
お盆の上にお皿を2つのせ、おまんじゅうを持ってくる。
自作なのだろうか、かなり大きい。
「こっちも、じゃ◯りこあったんですけど、食べます?」
縦に長い容器を取り出し見せた瞬間、桜の顔がパッと明るくなる。
「お!? じゃ◯りこ!?」
そんなに驚かれるとは思ってなかったので、ちょっとびっくりする。
彼女の『波』が今までで一番和らいでいる。
「じゃ◯りこ好きなの?」
「うん。ちっちゃい頃に何回かだけ食べたことあってさ。すごく美味しかった。懐かしいなぁ……」
上を見ながら何かを思い出しているようだ。
ふと、『波』に哀しさが混じった。
「食べましょうか、小腹空いてきました」
「……そうですね!」
桜は、机の上のじゃ◯りこを見ながら、ちょっとだけ笑った。
それにつられて、俺も少しだけ頬がゆるんだ。
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サクサクと言う心地よい音が部屋に響く。
桜は久々のじゃ◯りこに釘付けだったようで、夢中で食べすすめていた。
俺の分は……? とは言えなかった。
桜が出してくれたおまんじゅうも甘さ控えで美味しく、なかなか大きかったが軽く食べられてしまった。
桜がふと呟く。
「はぁ……やっぱり……いいものだよね。何でも、誰かと一緒に食べたほうが、おいしい」
なぜか、心に突き刺さるものがあった。
最初は恐怖に駆られ、目の前の少女をしっかりと見られていなかった。
でも、やっぱり、少女は少女でしかなかった。
「そうだよね、ほんと」
「……うん。」
その返事は、涙をこらえているようにうわずっていた。
ようやく分かった。
この子は、好きで人を殺したわけじゃない。
何か、そうせざるを得ない理由があったんだ。
ゆっくりと深呼吸し、言葉を選ぶ。
「あの、桜さん」
「……なんですか?」
空気の変化を感じ取ったのか、桜の表情が少し不安そうになる。
「……どうして……人を殺したのか、教えて欲しい」
桜は目を見開き、はっとした表情をするが、すぐに怒りと悲しみをはらんだ表情になる。
桜から見れば、裏切りのように感じるかもしれない。
それでも、聞かなければいけない。
畳に爪を食い込ませるような音が響いた。
「あなたは、私を殺しに来たんですか」
予想外の言葉が飛び出す。
確かに、桜は能力犯罪の中でもとびきり重罪人だ。
それを考慮すれば、桜を断罪しに来た役人だと思われても仕方がない。
そこまで考えていなかった。
「いや……違う!! 俺はそんな理由でここに来た訳じゃない……!」
あらぬ疑いを、必死に否定する。
「じゃあ……なんでこんな集落に寄ったの? 理由があるんでしょ」
『波』がどんどんと、疑心を帯びていく。
空気がピリピリとして、重い。
それでも、話をしなければ何も始まらない。
重たい空気を押しのけるように、口を開く。
「……そうだよ。君を……桜を、助けに来た。見て見ぬふりは、出来なかったんだ。」
『助けに来た』という陳腐な言葉に、失望したのだろうか、桜の目が一気に冷める。
「……そう。でも無駄だよ、もう私、手遅れだから」
再び桜の『波』に深い諦観が流れ出る。
それでも俺は対話を辞めたくない。
「手遅れでもいい……俺に話してほしい」
苦虫を噛み潰したような顔で睨んでくる。
「なんで……?」
桜は黙り込んでしまった。
二人の呼吸音だけが室内に響く。
伝えるべきか迷ったが、桜には本当のことを話してほしい。
だから、核心を突きに行った。
「桜……死ぬ気だっただろ……」
桜は俺をありえないという目で見た後、少し俯いて固まってしまった。
「俺が感じ取ったのは、多分、桜の罪悪感の叫びだったんだ」
自ら死を選ぼうとするほどの罪悪感と覚悟。
それがあの村の外まで響いた号哭のような『波』の正体だった。
「あなたは……どれだけお見通しなんですか……?」
声が震え、苛立ちとやるせなさを紛らわすかのように、指先がワナワナと動いている。
「……教えてくれ、この村で何があったのか」
「……はぁ…………」
桜は深いため息をついた。
おそらく、俺の絶対に話させるという覚悟と、おせっかいに対する呆れ。
それと、確かな自分を思う気持ちを感じたのだろう。
「……話したら……もう、帰ってください……」
「それは話の……『記憶』の内容による」
「……………………」
桜は、ゆっくりと息を整えた後、ぽつぽつと語りだした。
言葉を通じて、桜の記憶が鮮明に映し出される。




