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4. ボーダレス・ワールド(上)

いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

予定ではもう週2更新ペースに戻しているはずでしたが、諸事情から週1更新を継続させて頂きますm(_ _)m



 ――少し、時間軸を(さかのぼ)らせてほしい。

 以下は7月μ日、日本時間で夜10時になろうという頃の話だ。



 僕――宇梶慧は、首相官邸地下の危機管理センター内にいた。

 ……随分と遅い時間だが、公務のためなので仕方ない。

 未咲と星江さん――いや、新葉(わかば)さんには、自宅で休んでもらっていた。


「――宇梶先生、こちらの会議室を使ってください」

「ええ。失礼します――」


 内閣参事官の速水(はやみ)(あらた)氏に案内され、ある中会議室に入室した。速水氏は、僕らAQUAチームと政府の間の調整役だ。


 これから催される出来事のため、この時間に集まらざるを得ない事情があった。

 それは、ひとえに諸外国との時差のためだ。極東の日本にとって最も遅い時間での実施となるのは必然である。――実際、この前の晩のG7+サミットもこの時間に開催された。


 会議室内では、AQUAチームに属する森医系技官など、数名の科学者が待機していた。


「――お、ようやく〝議長〟のお出ましだな」

「シャチさん……こっちに来てたんですね」


 その内の1人が、シャチさん――海洋研究開発機構(JAMSTEC)に属する主任研究員の魚渕(うおぶち)虎吾郎(とらごろう)先生だった。

 彼は強面(こわもて)だが、常識に囚われない非凡な発想の持ち主でもある。


「宇宙先生の晴れ舞台じゃねぇか。これは特等席で見ねぇと、と思ってよ」

「アハハ……特に、面白いことはないと思いますけど」


 僕が正直に答えると、シャチさんは「まあ、そう謙遜(けんそん)すんなって」と言って、背中をバチンと叩いて来た。痛い。


 結局のところ、この晩、この部屋に集まった日本の科学者は6名だった。


 これから行われるのは、ある国際オンライン会議だ。

 AQUAチームの他の主要な面々――(さかき)先生、六津(むつ)先生や比護などは、それぞれの拠点から会議に接続するという話だった。


 ――若干の心細さはあったが、孤独でないだけまだマシかな……


 その会議とは、昨夜のサミットで採択され、今日未明に公開された国際共同宣言に含まれる取り組みの1つだ。

 即ち、GSTF――国際科(Global)学タス(Scientific)クフ(Task)ォース(Force)

 その記念すべき初回の会議が、これから開催されるのだ。


「――間もなく定刻です。先生、準備はよろしいですか?」

「はい」


 カメラの正面の席に座りつつ、僕は速水参事官の言葉に応えた。


 覚悟なら、とっくに済ませていた。


 ――そう。

 この人類の未来を占う重要な会合において、僕は栄誉ある「議長」の肩書きを拝命することになったのだ。


 一介の宇宙物理学者に過ぎない僕が、どうしてパンデミック対策の要職を務めることになったのか――。それを、以下で説明しよう。




 ――本来、僕が今いる席に座るのは、感染研の重鎮である比護あたりのはずだった。


 しかし、


『悪いが、俺はこれ以上仕事を抱えるのは無理だ』


 とは、その比護の言葉だった。

 それも当然の話だ。


 山田所長の逝去後、彼は国内の「Acu-SHE」対応の実質的な総責任者にほぼ等しい立場になったのだから。

 「Acu-SHE」や「GRIM」に関する種々の調査研究、対症薬候補の治験の手配、各種プロジェクトの進行管理、現場の感染対策、……などなど、比護が殺人的な忙しさに目を回しているのは、誰がどう見ても明らかだった。


 ――というわけで、僕に「議長」という名のついたお鉢が回って来た。


 せめて、感染症学の専門家の方がいいんじゃない?

 ――とも思ったのだが……


『既に「GRIM」の研究で成果を挙げており、世界的に見て知名度が高い君の方が適任だ』


 と、榊先生からも説得されてしまった。

 一理ある、と頷いてしまったのだ。

 ……が、後悔はもうない。



 ――ある意味で、これは絶好の機会でもあった。



 陽菜(はるな)の命を奪った憎い仇敵――「GRIM」、そして「Acu-SHE」。


 なんとしてもその正体を暴く――僕は数日前、そう決意した。

 ……が、実際のところ現実は厳しい。


 成果は決してゼロではないが、「Acu-SHE」の災禍を食い止めるには至らず、「GRIM」を根絶する上手い手だても見つかっていない。


 ――その突破口を担うのは、別に僕でなくてもいいのだ。


 何がその手がかりになるかも定かではないが、それが僕の専門である宇宙物理学の範囲に収まる可能性は高くないだろう。

 この国際会議に集う天才たちの誰かが、それを見つけてくれるかもしれない。


 僕が「議長」という肩書きを担うことでその助けになるのであれば、むしろ喜んでその職責を果たしたい。

 それが、嘘偽りのない今の僕の心境だ。


 ――目を閉じて、開く。


 会議室の大型スクリーンには、世界中の科学者の顔が所狭しとひしめいていた。

 その中には、米カリフォルニア工科大学の友人、ルイズ・シーカーの顔もあった。


 さあ、彼らと共に世界を救おう。




「――みなさん、こんにちは。記念すべきGSTFの最初の会合へようこそ」


 マイクをオンにした後、僕は議長として英語でスピーチを開始した。


「私は宇宙物理学者です。なぜ私が、国際的なパンデミック対策会議をリードしているのか? ――疑問に思う方もいるでしょう」


 ここで小休止をはさんだ。

 整然と並ぶカメラ映像から、(いぶか)しむような、興味深そうな視線が数多く僕に向けられている。


 それから僕は表向きの理由として、12日前に観測したあの「火球」の件や、その後の「GRIM」の研究に関わっていることを話した。


 ――しかし、最大の動機はそこにはない。



「私は1週間前、妻を『Acu-SHE』で失いました」



 僕のこのひと言で、会合の空気が変わった。

 ……多くの人々の表情から、驚きや同情を窺うことができた。


「当時、安全だと考えられていた日本の長野に送り出したところ、その晩に『Acu-SHE』を発症したのです」


 簡単にそれだけを述べた。

 ――あの日のことは、どれだけ悔やんでも悔やみきれない。


「現在、『Acu-SHE』の病原である『GRIM』が世界中に拡散を続けています。――ヤツらは目に見えません。煮沸しても死なず、あらゆる薬剤は効かず、乾燥や冷凍処理を施しても、水中や血中に戻れば再び活性化します」


 僕が「GRIM」の恐るべき性質を1つずつ明かすたびに、画面に映る科学者たちの顔色がだんだん悪くなっていく。

 みんな論文は読んだだろうに、まだ発表されていない情報もあったかな……?


 ――ここで僕は、ある重要な情報を開示する。


「こちらの映像をご覧ください」


 ……大丈夫。

 政府の許可は取ってある。

 日米間は元より、GTRO(全球脅威対策機構)加盟国への根回しも済んでいるはずだ。


 それから僕が示したのは、あの〝終末の預言書〟――即ち、「全球汚染シミュレーション」の映像だ。


 僕が共有したPCの画面上で、赤いシミが日本から世界中へと広がっていく――


『……こ、これは何なんですか……?』


 おぞましさに耐えきれなかったのだろう。

 ――あるラテン系の男性が、震える声で問いを発した。

 そしてそれは、初見で「これ」を見ることになった多くの科学者たちの総意だろう。


「私が作った『GRIM』の拡散予想――『全球汚染シミュレーション』と呼ばれるものです」


 僕が答えると、いくつかの会場から「ざわざわ……」という音声が漏れ聞こえてきた。


 ――僕は更に、畳みかけるように〝事実〟を明かす。



「このシミュレーション結果によれば、『GRIM』はあと〝半年〟ほどで人類の生活圏に浸透し、文明社会は〝終焉〟を迎えてしまいます」



 反応は劇的だった。



『――ウソっ!? たった半年でっ!?』

『――そんなバカな!? SF映画じゃないんだぞ!』

『――おお、神よ……! 人類をお見捨てになるのかっ』



 多くの人々の悲鳴や嘆きの声で、スピーチは一時中断せざるを得なかった。




「――――――静粛に!!」




 そこで僕は、大声を出さなければならなかった。

 「ひっ」という誰かの悲鳴が聴こえた。耳を押さえて顔をしかめる者もいた。


 先ほど一斉に湧き起こった騒乱――それは反転し、一変して水を打ったような静寂が訪れる。


 ……ここまでは、ほぼ事前の想定通りの流れだ。


 画面に映る人々の顔は、つい先ほどまでとは全く異なっていた。

 驚きに満ちた顔、恐怖に震える顔、泣き出しそうな顔、混乱した顔、全てを諦めたような顔、……そんな様々な負の感情が観察された。


 無数の針が、肌を突き刺すような錯覚に襲われる――――

 痛みを感じるほどの沈黙の中、僕は再び語りかける。


「……それは一種の〝絶望〟の未来です。しかし、〝希望〟はまだ残されています。『GRIM』や『Acu-SHE』の正体は少しずつ明らかになっている。――そして、今この場にこそ人類の叡智が集結しています」


 少しだけ間を置く。

 ここまでの僕の言葉に、虚偽や欺瞞(ぎまん)は何ひとつない。


 マイナスの感情に満ちていた聴衆の表情が、少しずつ正気に返っていく。


「あと半年しか(・・)ないのではない。まだ半年()残されているのです。〝絶望〟を〝希望〟に変えるための手がかりは、きっとこの会合の中で見つかるのではないか。――私は、そう信じています」


 僕はそこで言葉を切った。

 まだ混乱した様子の者もいるが、多くの人々の目に火が灯ったことが見て取れた。


 ――そうでなくては困る。

 まだまだ、こんな段階で絶望してもらっては、この先の困難(・・・・・・)に立ち向かうことなど到底できない。


 僕は議長としての最初のスピーチを、次の言葉で締めくくった。



「――共に人類を、地球を救いましょう」




    †




 GSTFの初会合は、大いに実りある時間になった。


 「GRIM」や「Acu-SHE」について、現時点で最も研究が先行しているのは日本だ。

 そのため今回は、日本の研究者の発表に海外の科学者たちからの質疑が殺到するというシーンが多く見られた。

 途中で分野ごとにサブルームを区切って参加者を分け、より専門的な議論をしてもらったのだが、どこも大盛況だったようだ。比護やシャチさん、荻野医師などは、この会合を通じて一躍名を上げたのではないだろうか。


 その間、僕は主に「GRIM」の性質や特徴について論じるサブルームに入っていた。


 その中で特に鮮烈な印象を受けたのは、あるドイツ人研究者の発言だった。


『日本の科学者たちの卓越した研究成果に深く敬意を表する』


 発言者は短い口髭を生やした長身の男性――ロベルト・ハウゼン教授だ。

 ハウゼン教授はブレーメン大学で教鞭を握っている。また、マックス・ヴィルヘルム海洋微生物学研究所の所長でもあり、古細菌研究の世界的な権威として名高い。


『「GRIM」は〝異星性古細菌〟と呼ばれている。地球の古細菌と何が違うのか、あるいは何が同じなのか。――私はそこに、ウカジ博士が述べた「手がかり」があると(にら)んでいる』


 古細菌――それは、「GRIM」の謎に迫るキーワードなのではないか。

 初めてルイズの仮説を聞いたときから、僕自身にもそんな予感はあった。


 ハウゼン教授は画面越しに、鷹のように鋭い視線を僕に向けた。


『これまでの古細菌研究によって培われた我々の知恵を総動員しよう。宇宙から来た正体不明(アンノウン)の仮面を、地球の科学で()がしてみようじゃないか』


 その強気の発言に、サブルームは沸き上がった。


 やや過剰なリップサービスではあったが、場を盛り上げる上では最高の役割を果たしたと言える。


 ――実際、僕にとっても心が踊る発言だった。





 長いようで短い、2時間の会議時間はあっという間に終わった。


 GSTFに参加する世界中の科学者たちは今後、日米が共同管理するチャットサーバーに参加し、リアルタイムで緊密なやりとりを維持していく。

 その中では今回のサブルームのような単位でチャットルームが作られ、専門的な意見交換も行われることだろう。各国個別の利益より、人類全体の未来が最優先だ。


 「全球汚染シミュレーション」の結果を踏まえれば、我々に残された時間は長いとは言えない。


 だからこそ今、国同士の垣根を越えた取り組みが求められているんだ。



「――みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございました。たいへん有意義で価値のあるひと時になったことを嬉しく思います。今後も世界を守るため、GSTFで一丸となって対策に取り組んで行きましょう」



 僕のこの言葉を以って、GSTFの初回の会合は閉会を迎えた。




 …………しかし、


 人類が国家間の壁を乗り越えて結束を強めている――――まさにその裏では、


 「GRIM」による汚染の波もまた、国々の境界など気にも留めずに拡散し続けているのだった…………




 ――――中国沿岸での大規模アウトブレイクまで、あと79時間。


 ――――海洋汚染のアリューシャン列島到達まで、あと12時間。


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