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 お屋敷に到着すると裏門には誰も出迎えに出てこなかった。

 午後から藍染村の猿助のところに出掛けると言った私にお小言を言っていた玉彦が待ち構えているかと思っていたがいない。

 駐車場には澄彦さん専用車と見慣れない大型の黒いワンボックスが停まっていて、彼らはこれに乗って帰って来たのだろうと見当がつく。


 ひとまず車から降りれば後部座席の洸姫は固まったように動かなかった。

 断固降車拒否の姿勢だ。

 こんな状態になるだなんて一体お屋敷で何があったのだろう。

 何はともあれ夏ならばいざ知らず、流石に吹雪の中、石段から滑り落ちて散々な有様になっている状態で車内に居させることは出来ない。下手をしたら風邪を引く。エンジンをかけておけば暖かいから凍死はしないだろうけど。


 私は反対側のドアに向かい開けると、洸姫の肩に手を乗せた。

 青いワンピースはしっかりとした布地で縫い目は表に出ておらず、肩のラインも綺麗で彼らが洸姫にいつも無名でも上等なものを選んでいたことが分かる。

 乱れた長い髪も手入れが行き届いていて艶やか。

 こんなひどい状態でなければとても可愛らしい女の子だろう。


 反応を見せず俯いたままの洸姫の顔を屈んで覗き込めば、ひとまずは泣き止んでいた。

 ぐずぐずの泣き顔に幼い頃の面影がある。全然残ってる。

 天彦は憎たらしいくらい玉彦の中学生の頃にそっくりで、違うと言えば丸みを帯びた眉の形くらい。

 息子が玉彦似なら娘は私似になっていると思っていたが、目元は玉彦、そこから下は私に似ていなくもない。

 まぁね、私に似るよりも玉彦に似た方が絶対的に可愛いだろうけど、私だってそこそこの遺伝子なのにとちょっと悲しい。


「降りられる? 足が痛い?」


「……大丈夫、です」


 声は私にそっくりだった。


 私よりもちょっとだけ背が低い洸姫の肩を抱いて裏門を通る。

 この年でこの身長なら私よりも高くなるだろうと思う。

 玉彦の従兄妹の流子ちゃんも背が高いし、玉彦方の遺伝だろう。


 玄関に辿り着くと竜輝くんに声を掛けられた那奈と高田くんが慌ててバスタオルを数枚持って駆け付けた。

 受け取ったバスタオルを洸姫の頭に掛けて身体を拭わせていると、竜輝くんが母屋へと走って入れ替わりに黒いスーツ姿の須藤くんと多門がやって来た。

 離れの事務所で八年ぶりに再会した二人は、多少は老けたもののほとんど変わりがなくて私は驚いた。

 そして二人も私を見て、全然変わってないと笑った。


 基本正武家家人は澄彦さんのように若々しくある。それは玉彦も同様である。そして私も何故か同じ年代の人たちよりも若々しくあった。これってね、たぶん他人様よりも楽な生活をさせてもらっているからだと思うのよね。


 洸姫を心配しつつ須藤くんと多門は私を囲み、黒駒が足元に擦り寄る。


「比和子ちゃん。ただいまっ」


 両腕を広げれば多門は私に抱き付き、お互いにぎゅっと腕に力を込めた。

 相変わらず肉が付きづらい多門の胸に頬を寄せる。


「おかえり。多門」


「ただいま。ただいまっ」


「また髪、伸ばしてたのね。やっぱりそっちの方が良いわね。ていうか、あんた。洗濯物部屋に溜め込んでったでしょ。そのままにしてるから覚悟しておきなさいよ」


「げっ。いいよ、捨てるよもう。残しておかないでよ」


 身体を離してお互いにしかめっ面を作ってから、私は須藤くんに両腕を広げた。


「おかえり。須藤くん」


 とんっと那奈に背中を押された須藤くんはそのままの勢いで私を抱きしめた。

 私の肩に顔を埋めて無言の須藤くんの背中を擦る。


「須藤くん。タブレット充電したまんまだったわよ。ずっと充電させておいたけど、途中でデータだけ移して落としておいたからね。火事になったらどうすんのよ。まったく」


「……うん。ただいま。上守さん」


「おかえりなさい」


「……帰ってきました」


「おかえりなさい。須藤くんも多門もお疲れ様でしたっ!」


 身を寄せて離れない須藤くんに苦笑いしていると、バスタオルで顔を隠した洸姫が彼の背中を引っ張り引き剥がす。

 そして須藤くんに抱き付いた。


「パパ……」


 須藤くんは困ったように眉尻を下げて、洸姫の頭を何度も撫でた。

 私が知らない八年間の絆が垣間見える。

 そして。須藤くんはパパと呼ばれていたのか。

 じゃあ多門はなんと呼ばれていたのかと視線を送れば、オレ、父っと親指を立てた。

 ということは豹馬くんはお父さんとかか。ていうことは亜由美ちゃんはお母さん。

 上手く呼び名を振り分けたものだと感心しそうになったが、パパと父とお父さんと、お母さんはまぁ一人だから良いとして、父親が三人いるってどういう説明を洸姫にしていたのか疑問に思う。

 それはおいおい聞けばいいか。

 それよりも問題は今、どうして天彦と洸姫がこんなことになっているのか、だ。



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