第80話 流浪の冒険者(前編)
いよいよ秘密?の設定その1つを解禁です。
年は明けたが、まだ寒さも雪や氷も冬真っ盛りの時分にシグルドは戻ってきた。
「シグルドさん、ご苦労様でした。アン様やキリク叔父さんには会えましたか?」
シグルドは優しげな笑みを浮かべて、シンに首肯する。
「ええ、お二人ともお元気でしたよ。特にヘスティの備えはすごかったです。ここガリアの魔法障壁もかなりのものですが、ヘスティも3つの門でそれぞれ異なる魔法結界が施されていました。迎えが来なかったら、正直見つけられなかったと思います」
シンはそれを聞いて嬉しげな表情を浮かべる。
「まあ、キリク叔父さんが本気を出したら、それこそすごいものを作りそうですからね。元々へステイは見つからなそうな場所にあるからいいですが、問題はニルスの方ですね」
シグルドも頷きながら答える。
「でも、キリク様もハル様が帰ってきたら、そのままニルスに行くつもりらしいので、そこで備えをするつもりらしいですよ」
「ああ、それなら安心です。上手くいけば、春には合流できるかもしれませんね」
シンはそう言って、近況の確認をした後、シグルドから渡された書面を見ているダンに向き直る。
「うむ、首尾よく書類も回収してくれたようだな。これで満場一致でシンがいつ公王になっても問題ない。良かったの、シン」
ダンはそう言ってニヤリとシンを見ながら言う。シンは渋い表情を見せつつ、その後の行動を確認する。
「全然、良くないですが。それは極力避けさせていただきます。まあ取りあえず、この後はどうしたらいいですか?」
「本来であれば、マイセンの地下神殿で行うが、緊急事態じゃ。ここガリアにもある地下の神殿で儀式を行う。今ある家宝と宝玉のすべてにお前の魔力を注ぎ込めば、後は宝玉が導いてくれるじゃろう」
「ここの地下にも神殿があるのですか?そんなの見たことありませんが?」
シンが驚いて、思わず声を上げる。ダンは呆れた顔で、シンを見るとシグルドが説明してくれる。
「シン様、この館の地下ではありません。湖の中央に祠があるのはご存知ですよね。あそこから地下の神殿に入れます。とは言え歴代の領主の方々しか立ち入れない場所ですので、私も中は存じあげないのですが」
「師匠そもそも初耳なうえ、今のこの時期にあの場所へ行けと?」
シンはじと目になりながら、ダンに不満を漏らす。しかしダンは気にした風もなく、平然と言う。
「うむ、この時期だと湖も凍っているから、歩いて行けるぞ。良かったな」
それを聞いてシンは大きく溜息を吐いた。
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結局シンは雪の降っていない日を選んで、湖中央にある祠までやってくる。雪が降っていないとは言え、気温は低く、当然湖は凍結していて、確かに移動は楽だった。祠に入って暫くすると、寒さが和らぐのを感じる。かなり厚手のコートを羽織っていたシンは、それを脱いでも、ほとんど寒さを感じないほどだった。
「これも魔法か何かなのかな?」
そう一人ごちるが、考えても結論は出ないと思い、考えを放棄し先へ進む。程なくして、マイセンと同じように大きな扉が現れ、シンはクサナギを取り出して、それをかざすと、大きな扉が開く。中に入ると自然と扉が閉まる。
「さて、始めるとしますか」
シンは部屋の中央にある台座の上に5つの家宝を並べ、その上の位置に宝玉を置く。そして、家宝一つ一つに魔力を這わせると、自身の魔力のありったけを家宝に注ぎこんでいく。すると宝玉にも家宝から魔力が流れ込み、その輝きを強めていく。シンは暫くそうやって魔力を注ぎこんでいると、ついには宝玉が輝きだし、シンを白い光で包み込んだ。
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シンは今、何もない空間にいる。足場も感じない、浮いているような感覚。上下左右の間隔も怪しい。暗くはなく、白い世界。ただ先ほど包み込まれた白い光のようなまぶしさは無く、何となくそこが、現実世界ではないのだけは、理解できた。恐らく宝玉が見せる特別な世界なのだろう。ならば、心を落ち着けて、事の成り行きに身を任せるだけである。シンが瞑目して、気持ちを無にする。
「ほう、思ったより落ち着いているな。大抵の奴はもっと驚いたり、警戒したりするもんだが」
シンの耳に初めて聞く声が届く。どうやら話を進める人が登場したようだ。シンが目を開けると、そこにはシンと同じ、黒髪で黒い瞳のシンより多少年上だろうか、冒険者の出で立ちをした男が立っていた。
「初めまして、シン・アルナスと申します。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
シンは念の為、丁寧な口調で質問する。すると男は、頭を掻きむしった後、シンに言う。
「あー、待った、待った。もっとざっくばらんな口調でいい。あんまり畏まったのは好きじゃない。俺は伊藤伸二、お前らの言うところの初代だ。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」
「イトウ・シンジさんですか?初代…って、初代公王様ですか?」
「あーその、公王様ってのも禁止な。俺の事はそうだな、シンジさんでいい。よろしくな、シン」
「はあ、よろしくお願いします、シンジさん」
シンは何やら、大物が道先案内をしてくれるのだなと、思わず感心する。するとシンジは少し笑った後、穏やかに言う。
「まあ、そう緊張するな。俺は所詮宝玉に込められた記憶にすぎん。とはいえ、俺自身がこうして次期公王の前に出るのは初めてだけどな。そこは自慢していいぞ」
「ん、そうなのですか?聞いた話だと、宝玉で歴代公王の記憶が見れるとの話でしたが。てっきりシンジさんがそれをしているのだと思ったのですが」
シンは初めて初代と会った人間という事で、違和感を感じてその事を聞いてみると、シンジはあっけらかんとした表情でそれに答える。
「ああ、その歴代の公王とやらは、多分魔力が足らなかったんだな。ほら、クサナギとかヤタノカガミとか秘宝があるだろう。アレを使いこなせるだけの魔力が無いと、俺は表には出てこられないようになっている。んー、確かにシンの魔力なら、俺よりはちょっと落ちるが、近いところまではあるな。シン、お前今いくつだ?」
「来年の11月で20歳になります」
「なら、そろそろ魔力伸長も頭打ちか。まあ、ギリギリまで魔力は増やせ。あって困るもんじゃないからな」
シンはそれに首肯する。
「それは勿論。漸くクサナギも総魔力の四分の一程度で収まるようになりましたし」
シンジはうんうんと頷くと、シンに言う。
「ちなみに俺は、六分の一程度で利用できたぞ。まあお前なら、そこは届くだろう。まあ国が平和なら、それも必要なくなるが、そんなこともないんだろう?」
「はい、シンジさんは知っているか分かりませんが、邪竜ってご存知ですか?暗黒竜とも言うらしいんですが」
シンジは余り驚いたところを見せず、得心した顔をする。
「ああ、勿論知ってるぞ。っていうか、アレを封印したのは俺なんだが、シン、お前知らないのか?」
逆にシンは驚いた表情を見せて、シンジをまじまじと見る。見た目はシンと変わらない背格好である。正直、優しそうな顔立ちで、余り強そうには見えない。シンジもシンのそんな視線に気付いたのか、思わず苦笑する。
「どうやら今の子孫には余り、俺の事は伝わっていないみたいだな。シン、ちょっと頭を貸せ」
「頭ですか?」
「ああ、俺の前でお辞儀をしてくれ。ああ、そうそう」
シンジはお辞儀をしたシンの頭に手をかざすと、その手が淡く発光する。シンジは何やら感心したような表情をしたり、驚いた顔をしたりと忙しい。暫くすると、シンから手を離して納得した顔をする。
「今、お前の記憶を読み取った。あらかた状況はわかったよ。お前、なかなかハードな人生を送ってるな。まあ取りあえず、俺の事から話していくか。そこを理解しないと話が進まないかもしれない」
シンは漸く話が進むと思い、神妙な面持ちで頭をさげる。
「よろしくお願いします」
「おう、任せておけ。まず俺の事だが、お前たちの時代で流浪の冒険者と呼ばれる物語があったろう。あれ、俺の事だ」
「やっぱりですか」
シンジはやはり驚かなかったシンに満足気な表情を見せる。
「驚かないところを見ると、薄々気が付いていたみたいだな。ただ、これを聞くと恐らく驚くと思うぞ。俺はこの世界の人間じゃない。余所の世界からきた異世界人だ。異世界転移ってやつだな」
「は?この世界の人間ではないのですか?見た目全く変わらないのですが?」
「ははっ、確かに見た目は同じだな。ちなみに体の中身も同じだぞ。流れる血も赤いしな。唯一違ったのは魔力の量だ。これだけはこの世界の人間以上のものがある」
「魔力量ですか?」
「ああ、魔力量だ。まあシンにしてみれば、多分そんなに俺と差が無いからピンとは来ないんだろうが、俺やお前の魔力量は異常だからな。下手したら竜より魔力量は多い。たしかお前の記憶にリヴィアっていう竜の娘がいただろう。俺の時代にも青の竜の盟約者はいてな、本来であれば、竜はこの世界の最強種だから、それを超える魔力を持つ人間なんているはずがないんだが、お前、あの娘より魔力量多いだろう。でなきゃ、簡単にあしらえないぞ」
シンはやはりここでも規格外扱いされるのかと、溜息をつく。シンジはそれを気にせず、話を続ける。
「ちなみに俺の時代で俺の魔力といい勝負だったのは、ほら、さっき言ってた暗黒竜だけだ。ああ、金の竜王は俺よりも上だったな。ただあれは、この世界には顕現してなかったから、ノーカンか」
「暗黒竜。そうするとあれは、俺よりも魔力量が少し上という事ですか。やっかいですね」
シンは暗黒竜との対決を考えると、今劣る部分があるのは、若干心元なく感じる。するとシンジは楽観的に言ってくる。
「まあ宝具もあるし、何とかなるだろう。物理攻撃であれば、草薙を使えばいいし、とどめをさすなら、八咫の鏡で封印すればいい。魔力も勾玉を使えば、補充できるしな。それにまだ数ヶ月あるのだろう。それまでにも魔力は引き上げられるしな。まあ、五分くらいでは戦えるだろう」
「そう上手くいくでしょうか?まあなるようになるとは思ってますが」
「ははっ、シン、お前そういうところは俺に似ているな。流石は子孫。ああ、そう言えば皐月の子孫でもあるのか。シンお前の先祖の元は両方とも異世界人だぞ。俺の奥さんでアルナスの祖となったのは皐月という俺の幼馴染だからな。お前とアカネみたいなもんだ」
シンはもはや驚くのを止めて、淡々と情報を受け入れる。
「その異世界の方って、シンジさんの時代には結構いらっしゃったんですか?」
「いや、俺と皐月だけだ。俺が最初にこの世界に転移させられて、その後皐月が追ってきた形だな」
「俺の魔力もその辺のルーツからきているのかもしれませんね。はあ、何だか今日は疲れました」
シンは疲労を滲ませた表情を見せて、がっくりとする。
「まあこれだけ新しい情報を手にしたんだ。本当であれば、これで返してやりたいところだが、シン、お前宝具の扱い方を学びに来たんだろう?知識はおいおいで構わんが、これからは実技の時間だ」
シンジはそう言うと、表情を引き締める。シンもまた顔をはたいて、気合を入れ直すと、ニヤリと笑う。
「はい、俺もそうしていただけた方が、ありがたいです。俺には守るべき大事な人達がいますから」
そうして、二人はお互い目線を合わせて、向き合うのだった。




