第74話 春までの別れとただいま
これでこの章は終了。次からは新章ですが、2つ候補があって、今悩み中。
ニルスでは帝国軍を完全に撤退させた後、領館の領主執務室にアンが戻る。これで正式にニルスは帝国側より完全に蜂起した。今はまだ帝国側も迅速な動きは見せていない。何しろ、あと1ヶ月もすれば冬が来る。真冬に軍を動かす事は北方諸国では死を意味する。そう言った意味で春までは猶予のある状況ではあった。そしてシンとフィアナとアカネはガリアに戻るべく、アンの元へ挨拶に来ていた。
「師匠には今のニルスの状況は伝えておきますが、他に何か伝えることはありますか?」
シンはアンに対して、そう質問する。恐らく春からは本格的に帝国軍と事を構える事になる。それに対して、諸々報告したい事もあると思ったのだ。しかしアンは意外にもあっけらかんとしている。
「まあ、特には無いね。状況さえ伝えれば、あの狸爺の事だ。何かしら考えるだろうさ。まあ、シンは貸して貰う事になるとは思うがね」
「了解しました。元々自分がくることは想定範囲内なので、問題ありません」
アンはその返答に満足そうな表情を見せると、アカネとフィアナに向き合う。
「あんた達もこれからは戦乱の時代になる。くれぐれも気を付けなよ」
それに対しフィアナは笑みを見せて、答える。
「アン様、私はいつもシンの傍にいるから、大丈夫ですわ」
するとアカネは不満そうに言う。
「フィアナ、ずるい。私も春になったらニルスにこようかしら」
アンはそんな二人の会話に、眉間に皺をよせながら、呆れかえる。
「あんたら、春からここは戦場になるかもしれないんだ。そんな悠長な」
「あら、それでもシンの傍が一番安全な場所に変わりはありません」
アンはフィアナのその自信満々な答えを受けて、思わず苦笑し、シンに言う。
「シン、二人がここまで言うんだ。何とかしな」
シンも思わず苦笑するが、表情を引き締めて首肯する。
「承知しました。二人は俺にとっても大切な人です。元々守るつもりでいるので、問題ありません」
その言葉を聞いて、フィアナは嬉しそうに、アカネは顔を赤らめて共に笑顔を見せるのだった。
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その後シン達はニルスの町の職人街に足を運ぶ。アカネにプレゼントを贈る為である。実はシンは予めアカネに何をあげようか、町に来て目星を付けていた。なので、シンは迷わずその店まで真っ直ぐに行く。
「アカネには髪飾りを贈ろうと思うんだ。普段から動きやすいように髪をまとめる機会が多いだろ。だから、一番身近なものかなと思ったんだけど、如何かな?」
アカネはシンがちゃんと考えてプレゼントを贈ってくれる事に素直に喜ぶ。
「ありがとう、シン。ちゃんと考えて贈ってくれるものなら、何だって嬉しい」
シンも素直に喜んでもらって、少しばかりテレる。そんなシンを見てフィアナはニコニコと嬉しそうにするが、シンは逆にそんなフィアナを見て、少しばかり不思議そうな顔をする。
「フィーはなんで、そんなに嬉しそうなんだ?アカネが喜んでくれるのはわかるんだけど」
「私はアカネさんの事もちゃんと考えているシンの事が、ますます好きになっただけ。だから嬉しい」
シンはそんなものなのかなと、余りピンときてはいない様子だったが、フィアナが笑顔ならそれでいいかと余り深くは考えない。アカネはそんな二人のやり取りは気にせずに、プレゼントを楽しみにウキウキしている。
程なくして、三人はシンが目星をつけた店に到着する。ついた店は雑貨が数多く並ぶ店。店内にはところ狭しと様々な商品が立ち並ぶ。流石は技のニルス。どんな商品でも施された意匠は手が込んでおり、綺麗なものが多い。アカネはウキウキしながら、その商品を一つ一つ吟味していく。シンもまた、アカネの髪に映えるような髪飾りを一緒になって探していると、フィアナがちょんちょんとシンを突いてくる。
「ん?フィー、如何した?」
「シン、折角だから、ニナとハルにも何か選んであげたら?二人はガリアでお留守番だから、いいお土産になると思う」
「ああ、それはいいね。なら、ミリアやシグルドさん達にも何か買った方がいいのかな?」
シンはそう言って、どこまでお土産の範囲を広げるべきか、考える。フィアナはそれに対して明確に答える。
「それならば、ニナとハル、ミリアの三人にしたらどうでしょう?シグルドさん達は、ここにあるような小物より、何か食べるようなものの方が、きっと喜ぶ」
確かにここの商品であれは、子供や女性は喜ぶようなものが多いが、余り成人男性に喜ばれるようなものは少ない。
「ああ、わかった。それならそうしようか。でもニナとミリアは何となくイメージが付くけど、ハルはどうしよう?どんなものがいいかな?」
ニナにお土産を買っていくなら、かわいいもの一択だ。貰っても喜ぶだろうし、身に付けてても似合うだろう。ミリアは最近、女性っぽくなったので、少しだけ大人っぽいもの、でもハルに関しては、まだ付き合いも浅いせいか、何が合いそうか、正直想像がつかない。フィアナは少しだけ考えると、ポンと閃く。
「シン、それなら、私で試せばいい。同じ銀色の髪に銀色の瞳。私に合えば、ハルに似合うと思う」
「ああ、そうだね。それならフィーにも協力してもらおうか」
「うん」
そう言ってフィーも嬉しそうに頷く。そして三人は店の中でウロウロと商品を物色し、まずアカネが2つの髪飾りを手に持って、シンに聞いてくる。
「シン、この二つの内のどちらかにしようと思うんだけど、どっちの方がいいかな?」
アカネの選んだのは共に花の意匠が施された髪留め。一つは魔石がはめ込まれており、その魔石が、花ビラをイメージさせている。もう一つは、ミスリル銀で作られたユリの花をイメージさせるものだった。シンは少しだけ考えた後、魔石のついていない方を選ぶ。そっちの方が、黒髪のアカネには映えそうな気がしたからだ。
「これはあくまで俺の意見だけど、こっちのユリの花をイメージしたものの方が、アカネに合う気がする」
するとアカネは、満面の笑みを浮かべて、シンに言う。
「私もこっちの方が、合うと思ってた。シンも同じに思ってくれるなら、もう決まり。私これを買ってもらうわ」
「うん、わかった。じゃあそれを贈るよ。ただちょっと待ってて、ニナ達にも今、お土産を選んでいるから」
するとアカネは、それならばと、シンに提案する。
「シン、ニナの分は私が選ぶわ。あのおチビちゃんは、この前驚かしちゃったし、そのお詫びもかねてね」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。なら俺はミリアとハルの分を選ぶから」
「了解」
アカネはそう言うと手をひらひらさせてシンから離れると、早速物色を始める。そうして三人はわあわあ言いながら、商品を選ぶのだった。
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「じゃあアカネ、次に会うのは春かな」
シンとフィアナ、アカネはアルナスの隠れ里付近で別れの挨拶を交わす。アカネの髪には先日プレゼントをした髪留めがキチンと付けられていて、やはりアカネの黒髪に映える。アカネは少しだけ寂しそうな顔をした後、すぐに笑顔に戻って、シンに言う。
「うん、そうだね。春にニルスでだね」
前回の冬にガリアで過ごしたアカネは、今回の冬もガリアで過ごそうと目論んでいたが、ニルスでの一件で帝国側との対立が深刻になる状況から、この冬はアルナスでの準備に追われる事になっている。なので残念ながら、ガリア行きを断念していた。
シンはそんなアカネを珍しくシンの方から優しく抱きしめる。
「まあ今生の別れってわけじゃないから、そんなに湿っぽくなるな。俺は明るいアカネが好きだからな」
そんなシンの暖かさが伝わったのかアカネもシンに抱きつきかえし、嬉しそうにする。フィアナはそんな二人を優しい表情で眺めている。そして、アカネが名残り惜しい気持ちを見せつつも、シンから離れると、二人に向って元気に別れの挨拶をする。
「じゃあ、シン、フィアナ、春にまた会いましょう。フィアナ、春まではシンを貸しておいてあげる。それじゃね」
アカネはそう言うと、その場から離れたところで大きく手を振って、里の方へ走っていった。シンは、フィアナに向き直って、出発を促す。
「フィー、じゃあ行こうか。ニナも待っているしね」
「うん、きっと首を長くして待ってるよ」
シンがフィアナを抱きあげると、フィアナはシンの胸に嬉しそうに顔を埋めるのだった。
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まだ幼い少女は、一人夕暮れの丘の上で家族の帰りを待っていた。
「ニナ、探しましたよ。そろそろ寒くなってきたから、お家に帰りましょう」
ニナと呼ばれた少女はそれでも中々その場から動こうとしない。ニナはここ最近、夕暮れに近づくと人知れずこの丘に来ている。シンとフィアナが帰ってくるのを出迎える為だ。
ニナを探しに来ているのは、今日はハル。最近、このガリアにやってきて、新しくニナのおねえちゃんになった。フィアナと同じ銀色の髪で銀色の瞳をした少女。ニナはフィアナと同じ雰囲気を感じさせるその少女とすぐに仲良しになれた。それ以外にもみりあおねえちゃんや、じいじが迎えにきてくれる。それでもニナは毎日二人が帰ってくるのを待っている。
「しんおにいちゃんとふぃーおねえちゃん、まだかなぁ」
思わず言葉がこぼれてしまう。まだ小さいニナにとって、シンとフィアナは死んでしまった父や母の変わりとも言えるの存在だった。じいじや他のおねえちゃん達がいる事で、寂しさはまだ紛らわせられるが、やはり会いたいのだ。だから自然と、帰ってきたらすぐ分かるその丘にきてしまうのだった。
すると遠くに人影が見える。
「あっ」
ニナは急いで丘から下の道に向って走り出す。ハルは何事かと思って、あわててニナの後を追いかける。慌てるニナは何度か転びそうになるが、その度に何とか踏みとどまって、追いかけるハルをハラハラさせる。
「ニナー、危ないから、もう少しゆっくり走りなさいっ」
ハルが懸命に後ろから声をかけるが、ニナはスピードを緩めず走っていく。領館に続く街道に出たところで、ニナは足がもつれて、ついに転びそうになるところ、大きな手がフワッとニナを支えてくれる。
「やっぱりニナか、わざわざ迎えにきてくれたのかい?ただいま、ニナ」
するとシンの後ろから、フィアナも現れて、ニナの頭を優しく撫でる。
「だから言ったでしょ、シン。ニナが待ってるって。ただいま、ニナ。ごめんね、寂しい思いをさせたみたいで」
ニナは二人の顔を見ると安心したのか、思わず泣き出してしまう。するとフィアナが優しく抱き上げてくれて、ニナに優しく言ってくれる。
「寂しい思いをさせてごめんなさい。でももう大丈夫。私もシンもニナの傍にいるよ。もう寂しくない」
ニナはひとしきり泣いた後、フィアナが涙をぬぐってくれると、ニナは満面の笑みに変わる。
「ニナね、いちばんにおかえりっていいたかったの。ふぃーおねえちゃん、しんおにいちゃん、おかえりなさい」
シンとフィアナは笑顔になって、口をそろえて言う。
「「ただいま、ニナ」」
それをようやく追いついて見ていたハルは、微笑ましげな表情で、ホッと肩を撫で下ろした。




