第69話 今度は私の番
アカネターンが始まります。
「先ほどは恥ずかしいところをお見せした。申し訳ない。私が前ガリア領主のダンじゃ。よろしく頼む」
シンの呆れた視線を浴びつつもダンは、しっかりとした口調で挨拶する。ハルは少しだけ緊張した面持ちで挨拶を返す。
「初めまして、ダン様。私は先代へスティ領主の末の娘で、現ヘスティ領主をしておりますハル・ヘスティと申します。まだまだ若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「うむ、若いがしっかりした人物と聞いておる。ただ、状況が状況だけに少し背伸びをしているともな。今回こうしてシンにハルを連れてきて貰ったのはそこにある。我ら選定公の血筋は元はといえば、初代公王に連なる同じ血筋のもの達じゃ。一人ではない、我ら他の選定公家も支えあっておる。その事をちゃんと知ってもらいたくてな」
ダンはそう言って、ハルに優しげな笑みを見せる。ハルもその言葉に感じいったのか、少し涙を浮かべながら、自分の心情を吐露する。
「ダン様、ありがとうございます。実は私は少し前までは、私一人が里を支え、里を守っている、守らなきゃいけないと思っていました。でも、シン様やキリク様に助けられ、里のみんなには暖かい言葉をかけられ、一人ではなくお互いが、お互いを支え合っているのだと実感しました。今こうして、ダン様にも同じように優しい言葉をいただいて、ますますその気持ちが強くなりました。私はまだまだ未熟です。どうか、色々と教えて下さい」
ハルはそう言って、ダンに向って頭を深々とさげる。ダンもうんうんと頷き、鷹揚に返事をする。
「勿論じゃ。そこにいるフィアナもそうじゃが、意欲のあるもにはなんでも教えるぞ。それに比べてアルナスの連中は余り、学ぶ事をせんからの。シンなぞは子供の頃から、遊んでばかり。いかんせん、母似で頭がいいから少しの知識であらかた理解してしまう。本当に教えがいのない生徒だからの」
「師匠、教えるのは是非お願いしたいのですが、ヘンな事は教えないでくださいよ。最近、フィアナがヘンな知識を得ているようで、時々不安になるんですから」
そしてフィアナの得たヘンな知識のとばっちりがくるのはほぼシンになる。ハルも純真な娘である。釘を刺しておくことにこした事は無い。そんなシンの注意もダンはどこ吹く風で、楽しげに笑う。
「それに対しては、問題ない。なぜならとばっちりはシンにしかいかないからな。フィアナは賢い娘じゃ。ちゃんと取捨をできておるよ」
「ええ、お爺様。そこはわきまえていますので、ご安心を」
そう言ってフィアナまで笑顔を返す。ハルは目をパチクリさせて三人を見ていたが、疑問に思った事を口にする。
「では、私もそのヘンな知識というのは、シン様だけに試せばいいのでしょうか?」
「うむ、ハルも賢いな。それで間違いない」
ダンはそう言って高笑いすると、シンは苦虫を噛み潰したように渋い顔をするのだった。
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マイセンの町裏通りにある一画には、裏社会に通じる組織が存在する。これはマイセンに限らず、帝国でも王国でもどこにでも存在する。いわば必要悪である。ただしその程度は当然まちまちでこのマイセンにある組織は、どちらかというと表社会とも上手く折り合いをつけた程度の良い組織だった。そんな組織の首領に対し、今一人の男が冷やかな目で脅しをかけていた。人を人とも思わない目、無機質なものとして、殺める事に一切の躊躇のない目である。首領のいる部屋にくるには十数名の部下を通り過ぎなければいけないが、今目の前にいる男は、既にその全員を殺していた。
「てめえ、一体何ものだ」
「俺は皇帝の命を受けている。お前らの知っている情報を洗いざらいしゃべって貰う。お前がしゃべらなければ、他の人間を脅し、必要であれば殺す。お前ひとりの判断がより多くの犠牲を生むことになる。よく考えて答えろ」
首領と呼ばれた男はその男が言っている事が事実だと理解している。決して帝国にくみする事を良しとしているわけではないが、かといって、答えなければ、より多くの血が流れる。首領と呼ばれた男は忸怩たる思いを抱きながら、目の前の男に返答する。
「わかった。俺の組織で把握している事であれば、洗いざらい話させていただく。それで具体的に何が知りたい?」
「選定公の血筋の所在」
男は感情を一切出さずに、冷淡にそれだけを言う。首領と呼ばれた男は大きく溜息をつくと、決意した表情で言う。
「確証は残念ながらない。ただその筋の情報としてあるものは提供しよう。それでいいか?」
「構わない。外れなら他の情報を持っている奴を脅すなりすればいい」
「なら、交渉は成立だ。俺の名はフリオ。このマイセンの裏社会を牛耳っている」
首領と呼ばれた男はそう言って、握手を求める。目の前の男はそれを無視して、端的に答える。
「俺はシムカ。早速だが、話してもらおうか。俺は一人でも多く殺さなくてはならない」
フリオはシムカの底冷えする圧力に押されながら、ポツリ、ポツリと話始めた。
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アカネは一人、アルサス領内にある森の中を歩いていた。今アルサス領内は旅のものが移動の際に立ち寄る以外、ほぼ人が住んでいない状況である。ただ時折、他領の住民が逃げてやってくる事がある。アカネはそう言った人たちを見たら保護する役目を担っていた。ただし、表だって領内をウロウロするわけにはいかない。アルナスはほぼもぬけの殻な為、帝国軍の駐留こそないが、それでも時折巡回してくるものをいる。なので、行動は常に隠密に対応していた。
そんなアカネが森の中から市街部を眺めらる見張りポイントについたのは夕暮れ時だった。そのポイントは昔、シンや同年代の仲間たちとの間で使っていた秘密の隠れ家で、樹齢500年を超える大樹の中ほどに作った場所だった。当時のアカネはまだ10歳にも満たない年齢だったが、シンや仲間たちについて随分とお転婆な事をしていたと思う。でもアカネにとって楽しかった大切な思い出である。アカネは今日はここで野宿かなと思いながら、周囲の様子を探っている。ちなみにアカネはシン同様身体強化の魔法を全身で利用できる。今も周囲を見ている目は、視覚強化をしておこなっている。
「今のところ、逃げのびたような人はいないかな」
相変わらず、人っ子一人いない。寂しい光景である。昔は、自分も含めた子供たちが駆け回り、平民であれ領主の血筋であれ、垣根なくワイワイとした雰囲気の中、皆が楽しそうに過ごしていた。シンの父、ユーリの性格もあるのだろう。自ら農家の収穫を手伝ったり、商人達とはいろんな商品を開発したり、ああそう言えば、刀鍛冶とかもしていた。領内の政治的な事はガースに押し付け、自分は先頭に立って現場で汗水を流す。ユーリの周りにはいつも人だかりができて、皆楽しそうだった。そう言えば、昔のシンもそういういたずらっ子のようなところがあったのだが、今はすっかり落ち着いてしまった。ただその優しさや温かさは変わらない。
「でも女の子まであんなに沢山集まるなんて、そのヘンはユーリ叔父さんとは違うのよね」
アカネはそんな風に独り言を言う。ガースは熊のような大男で、笑うと人懐っこい表情が印象的だが、残念なことに女性受けがいい外見ではない。アカネも人としてのユーリは大好きだったが、それこそ家族なのだと思う。対してシンに対しての気持ちはどうかと言うと、いつの頃からかは忘れてしまったが、気が付いたらその姿を目で追うようになっていた。見て、話をして、触れ合って、その時々で胸がドキッとする。シンが他の女性と楽しげに話をしていると胸がチクリとする。いつの間にか、一人の男性として見ている自分がいたのだった。
そんな悶々とした気持ちを抱えているとあたりはすっかり暗くなり、空を見上げれば綺麗な月が煌々とあたりを照らしている。すると本来人気のないはずの場所から明かりが移動するのが見える。
「こんな夜に一体誰なのかしら」
アカネは視覚強化をして、その明かりの方を凝視する。不思議な一団。全体的に虚ろな表情で黙々と街道を移動している。
「あれは魔法師かしら?それに帝国軍もいる?」
先ほどの異質な集団の後ろには、魔法師を先頭にして、帝国軍の一部隊がついていっている。
「どこに向っているのかしら?あの方角だと、ニルスの町のほう?」
技のニルスはマイセンから街道で分岐して東に位置する商業都市である。その名の通り、技術職の人間を多く輩出し、その商品を流通させる事で大きくなった都市である。アルナスの領都は武を司る頃もあり、町自体は大きくなかったが、ニルスの領都は公都マイセンには及ばないものの、商業都市としてメルストレイルの二番目の規模の町であった。
アカネはその集団になんとなく気持ち悪いものを感じて、急ぎ見張り場所から移動を開始する。一瞬ついて行く事も考えたが、ニルスまでとなると、正直日数もかかってしまうので、諦めて隠れ里へ向かう。
「なんなのかしら?一般人が帝国軍を先導しているなんて」
アカネは暗闇の森を走りながら、嫌な予感を感じつつ、一人表情を厳しくしていた。
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「しんおにいちゃん、しんおにいちゃんはじいじとおべんきょうしなくてもいいの?」
今シンはニナを肩車しながら、ガリアの領内を散歩している。季節が秋に至った事で作物が実り、畑では収穫に勤しんでいる人たちの姿も見える。シンもフィアナやミリアの手が空いている時は、ニナの面倒は任せて、そちらの手伝いに出ていたりするが、今はフィアナはハルと一緒にダンから教えを受けており、シンがニナの面倒を見ていた。
ニナはすっかりダンに懐いており、「じいじ」と言って慕っていた。シンはそんなニナの質問に苦笑いをしながら、答える。
「俺は昔、教えてもらったからね。ニナももう少し大きくなったらじいじに教えてもらうといいよ」
「うんっ、もうじいじとはおやくそくしてるの」
どうやら既に生徒になる約束までしているらしい。シンはそんなじいじ大好きオーラを放つニナを微笑ましく感じながら、周囲を見渡す。
「それにしても、収穫も大分進んだな。ニナ、この辺りは冬になると雪と氷で真っ白になるんだぞ。ニナは雪を見たことある?」
「ゆき?つめたいの。まえのおうちはあまりゆきなかった」
「ふーん、そうなのか。ここは一杯雪があるぞ。雪だるまとかも作れるしな」
ニナは雪だるまの言葉に目を輝かせて、シンの頭の上で嬉しそうに歌い始める。
「ゆーきだるまー、ゆーきだるまー」
「ニナ、あんまり暴れて、落っこちないようにね」
そんな実際の親子のような様子を見せる二人のところに、一人の人物が突然すごい勢いで現れる。
「アカネ!?」
流石にニナを肩車しているのに気付いたのか、飛びつくことはせずに、シンの前で急ブレーキをかけるとシンに優しく抱きつく。
「わーあかねおねえちゃんだー」
「ンフフッ、ニナーお久しぶりー」
アカネはニナの声に反応して、ニナの頬をつつきながら、シンより先に挨拶をする。ニナは突かれて大喜びだ。
「アカネ、突然どうしたんだー。アルナスで何かあったのか?」
幸いアカネの表情から切羽詰まった様子は感じられなかったので、そこまでの心配はしていないが、何事かと聞いてみる。
「シン、私と一緒に旅に行くわよ、今度は私の番よ!」
そう言ってアカネは得意げな顔で宣言した。




