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亡国の公子と金と銀の姫君  作者: あぐにゅん
第7章 選定公の血筋
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第67話 優しい言葉

ハルの回です。次もそうなりそうです。

「不味いですね。彼らが何を求めているかは分かりませんが、確実に何かあると思って行動しています」


ハルは厳しい表情で帝国兵士達を覗き見ている。彼らは明らかに何かを探し、その結果偽装門が発覚しかかっている。ここで突入すべきかどうかの判断は、ハルの指示にかかっている。本当であれば、その場から逃げ出したい。でも、そうすれば、里の領民の命が危険にさらされる。15歳の少女はその重みに耐えながら、決断を下す。


「門が暴かれる前に襲撃しましょう。このままでは暴かれるのは時間の問題です。皆さんには危険を強いることになりますが、何卒、理解下さい」


すると野盗部隊のリーダーは笑顔でハルに言う。


「姫さま、そんな難しい顔をしなさんな、俺らは姫さまに笑顔になって貰いたくて、頑張ってんだ。むしろ笑顔で軽く捻って来なさいくらい言って欲しいね」


周囲の仲間たちもそうだ、そうだと合いの手を入れてくる。ハルはむしろみんなの優しさに泣きたくなるのを堪えて目に涙を溜めながら、笑顔を見せて言う。


「なら、軽く捻ってやって下さい。ただし、ここは医のヘスティ、多少の怪我なら私が治します。だから、心おきなくやっちゃって下さい」


「おう、野郎ども、俺達には、姫さまがついている。帝国なんかには負けんなよ!」


「「「おうっ」」」


野盗部隊の面々は、気合いを入れて、侵入者の前に躍り出る。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


帝国兵達は、野盗からの奇襲に合うと、一瞬だけ浮足立つ。


「お前ら慌てんな。数では負けてねえ。むしろ戦力的にはこっちが上だ。グレック、魔法を放て、身体強化が出来るやつは出し惜しみすんな。一気に撃退するぞ」


ただしその兵士隊の隊長の冷静な声が、仲間達にも伝わるとすぐに部隊は落ち着きを取り戻す。そして、奇襲による優位性が無くなった頃合いを見て、一気に形勢は逆転する。逆に野盗側は浮き足立つ。そもそも野盗部隊には魔法による身体強化のできる人間がいない。底上げされた身体能力に防戦一方となる。そこに兵士隊の魔法師による火球が野盗部隊中央で炸裂する。


うわぁっっ


その火球のうち仲間の何名かが火傷を負って、地面を転げまわる。それでも敵兵士の攻撃の手は緩まない。野盗のリーダーは振り下ろされる剣を辛うじて弾くが、そこで大きく態勢が崩れてしまう。


「しまったっ」


バスッと切られた音が響きわたると、切れ目から血が噴き出して仰向けに倒れる。ハルはその光景を見て思わず、飛び出してしまう。


「ひめ…様、だ、駄目…だ、きちゃ…」


倒れたリーダーは駆け寄るハルに懸命に声をかけるが、ハルはまっすぐリーダーの方へ向かって走ってくる。


「きゃっ、い、痛いっ」


しかし駆け寄るハルを途中で兵士隊のリーダーがその手を捻りあげる。


「姫様―っ」


交戦していた野盗達から、思わず声が上がる。


「姫様?この娘がか?おい、お前、一体何者だ」


ハルは痛みから顔をしかめて、その兵士を睨みつける。


「離せ、無礼者。貴様ら帝国兵士に名乗る名前などない」


ハルの啖呵を嬉しそうに兵士隊リーダーは聞くと、顔を愉悦で歪ませる。


「おやおや、これは大当たりかもしれん。どうやら身分の高い方でいらっしゃるようで。お連れしたら、さぞかし褒められる」


焦る野盗達も一人、また一人と取り押さえられていく。


「ああ…」


目の前で野盗部隊の面々が次々に捕まっていく状況に、ハルの心が折れ始める。兵士隊リーダーはその表情を見て、その場の勝利を確信した時である。来た方から歳の頃40後半の男を背負った20代にも満たないような若い男が現れる。


「おいシン、いつまで背負っているんだ。いい加減降ろせ」


背負われてる方の男が背負っている若者に向けて文句を言っている。明らかに場違いな二人組に対して、リーダーは怪訝な表情をしながら、男達を威圧する。


「おいお前ら、ここに何しに来た。ここは今取り込み中だ。とっとと失せろ、失せないのなら殺すぞ」


しかしその二人組は一向に緊張した風を見せない。


「キリク叔父さん、しょうがないから降ろしますけど、あんまり前に出ないでくださいよ。すぐ終わらせますから」


完全に無視された兵士隊リーダーは部下に目配せをすると、その部下がその二人組に襲いかかる。


ズバッ


襲われた方の男は剣を抜くや否や襲ってきた兵士を頭から真っ二つにする。見えなかった。剣を抜いてその剣が降りおろされる動作がまるで見えなかったのだ。兵士隊のリーダーは余りの出来事に頭の理解が追い付かない。いや、その場にいる年配の男以外、何が起こったのか理解できるものがいなかった。


「仕掛けたのはそっちが先だ。全員、死んでもらう」


その男はそう言い放つと、高速でどんどん兵士達を切り伏せていく。森の中へ逃げ出そうとする兵士もいたが、何か見えない壁のようなものに弾かれる。


「なんだ、こりゃ」


弾かれて尻餅をついた兵士は、その背後に若い男が立つと、喉を一突きされて絶命する。


「キリク叔父さん、逃げられないように引き続きお願いします」


若い男は背負っていた年配の男にそう声をかける。年配の男は両手を前に掲げながら、二コリとする。

「ああ、魔法障壁は既に張った。正面以外は逃げ道はない」


そう返事を受ける間にも、若い男は涼しい顔で帝国兵士達を切り刻んでいく。ハルを掴んでいる兵士の手が少しだけ緩むと、ハルは思いっ切り手を振り切り、その男から離れる。


「しまった。こうなれば…」


リーダーらしき男はその剣を振りかざし、ハルを背後から切りつけようとする。


キンッ


剣が弾かれる音。目の前にはさっきまで味方の兵士を切り刻んでいた若い男が、ハルを左腕に抱えながら、右手一本でその剣を弾いた。


「なっ、有り得ねえ」


その言葉を最後に兵士リーダーは若い男に切り伏せられる。


「おいシン、そいつで最後だ。全く、たった一人で20名近くの兵士をいとも簡単に。この規格外め」


やはり、年配の男は呆れたように、その若い男を罵倒する。若い男はそれに苦笑いで返すと、左腕に抱く少女に声をかける。


「大丈夫?けがはない?」


少女は怪我という言葉で、その若い男から離れると駆け足で野盗部隊のリーダーの元に向う。野盗部隊のリーダーは明らかに死に至る寸前の状況だった。ハルは懸命に治癒魔法を施す。が、魔法による再生が追い付かない。魔力が足りないのだ。


「魔力が足りないのかい?それなら…」


先ほど助けてくれた若い男が背後からそう声をかけてくるとハルの肩に手をおく。すると体中に魔力が溢れてくるのがわかる。


『何、これ?なんなの。暖かい魔力、でもこれなら』


ハルは漲る魔力を治癒魔法に変換して、治癒強度を上げる。すると野盗リーダーの傷がみるみる塞がり、塞がりきったところで、顔に赤みが戻る。暫くするとその男が目を覚まし、体を起こすと目をパチクリする。


「あれっ?俺は切られて死んだんじゃ?…わっひ、姫様?」


野盗の男は突然泣いているハルに抱きしめられて、更にアワアワと周囲を見て、慌てるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「この度は危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました」


ハル・ヘスティがシンとキリクを前に深々と御礼をする。シンは首を横に振ると、笑顔で答える。


「いえ、お気になさらずに。偶々通りかかっただけですから。それより、自己紹介がまだでしたね。私の名はシン・アルナス。ユーリ・アルナスの息子です。隣にいるのはキリク・レーニア。前公王の弟にあたります。まあ、本人はそう言われるのを嫌がるので、レーニア領主の弟と認識していただければいいですよ」


するとハルは目を丸くして、まじまじとシンを見る。


「シン・アルナス様というと、公都で1万人の兵士に対して、互角以上の戦いをされたというあの御仁ですか?でも、噂では熊のような大男という話でしたが…」


シンはそう言われて乾いた笑いをあげた後、キリクを睨む。


「ああ、あれは偽物なんです。ここにいるキリク叔父さんが作った傀儡で、勝手に人の名前を使ってまして」


睨まれたキリクは涼しい顔で逆に文句を言う。


「おいおい、人が折角公都一の有名人、英雄にしたてあげてやったというのに何の文句があるんだ」


「いえ、頼んでないですよね。英雄にして欲しいなんて」


シンはむしろ、英雄なんて呼ばれたくない、心の底からそう思っている。ただでさえカストレイアでも英雄扱いなのだ。公都でもそうなったら、目を当てられない。シンは深く溜息をつく。


「ププッ、アハハッ、っす、すいません。お二人のやりとりが何だか余りにも楽しそうで、つい」


ハルは思わず吹いてしまったが、中々笑いが収まらず、シンはバツの悪そうに頭を掻き、キリクは何やらニヤニヤしている。


「すいません、私はこの里の領主をしておりますハル・ヘスティと申します。私の事はハルで構いません。それで、お二人もの選定公の血筋の方が、何故このヘスティへいらしたんですか?」


漸く笑いの収まった後、ハルが二人の要件を聞いてくる。そもそもこのご時世で、選定公の血筋のものがこうも偶然に現れるはずがないのである。シンはそこで少しだけ改まった様子で、ハルに話をする。


「要件は2つありまして、一つはこのヘスティの事。もう一つはヘスティの家宝の事になります」


「ヘスティの事と家宝の事ですか?」


ハルはその言葉を聞いて、少しだけ警戒をあらわにする。シンはその様子見て苦笑すると、ハルに言う。


「ハル、そう身構えなくていいよ。まずヘスティの事だけど、ここの入り口は魔法による結界もないから、無防備すぎる。なのでキリク叔父さんに魔法による認識阻害の結界を張って貰おうと思っている。どうかな?」


ハルは目を丸くして、キリクを見る。ヘスティの里にとっては、非常にありがたい話だ。元々この里にもそれを用意する予定だったのだが、その前に帝国侵攻があった為、有耶無耶になったのだ。なのでそうしてもらう事自体は非常にありがたい話である。


「よろしいのでしょうか?」


「なに、問題はない。結界をはる為の魔石もシンが用意してくれたしな。明日にでも作業に取り掛かろう」


キリクは特段何でもないかのように、気軽に請け合う。シンはそこでにっこりと笑みを浮かべると、もう一つの話を持ちかける。


「それから、家宝の件だけど、ハルには一度家宝を持ってガリアに来てもらいたいんだ」


「えっ、私がガリアにですか?家宝だけでなく?」


ハルは思わずびっくりした声を上げて、呆けた顔をする。


「ああ、勿論、送り迎えは俺が責任を持ってすると約束する。後はハルがいない時の不在時の対応なんだけど、それもキリク叔父さんが対応してくれると言ってくれている」


キリクはそこで本音を漏らす。


「またオンブで移動させられたら堪らん。帰りは馬を持ってくるといっているから、俺はそれまでヘスティで待ってるよ。その間の外敵に関しては、魔法を駆使してやり過ごしておく。安心しろ」


ハルはそこで悩み出す。父との約束はハルが家宝を持ち出して移動する事は咎めていない。この4年間でハルが里の外に出たことは無いので、出てみたいという思いもある。でも里の事を放りだして、自分だけ外の世界にでていいものかという思いもある。


「シン様、キリク様、魔法結界の件は是非にお願いします。こちらには異存はございません。ただ里を離れる件に関しては、少し考えさせていただけないでしょうか?里のものの意見も聞いてみたいのです」


「それは勿論、構いません。ではキリク叔父さんと俺は、魔法結界の方を進めていますので、決意が決まりましたらお教え下さい」


シンはそう言って、笑顔を見せて首肯した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ハルは今3人の人物に相談を持ちかけている。一人は農家の長。もう一人は野盗部隊のリーダー。最後の一人は屋敷の侍従長である。共にハルが領主になってからハルの事を支えてくれている人物たちである。


相談内容は先ほど、シンに言われた事。家宝を伴ってガリアに出向くことである。ハル個人の意見だけで言えば、行ってみたいと思っている。ただ、少なくても1ヶ月、場合によっては来年春までの間、このヘスティの里を離れなければならない。その間、キリクが滞在してくれると言うが、あくまで外部の人間。最終的には里の人間の意見も聞いて判断したかった。


「なるほど、それは随分急なお話ですな」


農家の長はそう言うと、口に蓄えた髭を扱く。それぞれがハルの説明にうんうんと頷く。ハルは三人の様子と反応をじっと待つ。


「では、私の意見から。私の意見としては、ハル様がしたいようにされるのがいいかと」


まず野盗のリーダーがそう口火を切る。それに長と侍従長もうんうんと頷く。


「私もその意見で問題ありません」


「そうですな、ハル様のなさりたいようにされれば良い」


ハルはその返事を聞いて少しだけ焦った気持ちを持つ。


「私が行きたいといったら、行っちゃうけどいいの?ホントにそれでいいの?」


「ハル様、私は正直ハル様には里にいて欲しいと思っております。しかし、この4年間、ハル様にはこの里に、領主という役割に縛りつけておりました。まだ11歳という子供にじゃ。それでもわれらにはハル様が必要じゃった。ただ、この4年で里も随分安定しました。今回はキリク様という魔法師までご滞在いただけるという。なれば、少しの間くらい、我ら領民も我慢する事がハル様の心を解放する事にもなると思っておりますのじゃ」


長がそう言うと、他の二人も口をそろえて言う。


「その通りです。同行していただくのもあの英雄シン・アルナス様だとか。であれば、この国の誰と旅するよりも安全でございます。であれば、このような機会を逃す手はありません」


「そうだぜ、お姫様。ここの事は儂らとキリク様にお任せ下さい。みんな土産話を楽しみに待ってますから」


暖かい、優しい言葉だった。ハルが一人で背負ってきたことが間違いでなかった証拠。その優しい言葉に触れる度にハルの目から涙がボロボロと零れ落ちる。これまで一人だと思って頑張ってきたが、その実、領主と領民はお互いがお互いを支え合って、初めて一つの形を成すのだ。ハルはそう実感して、涙をぬぐうと、三人にはっきりと言う。


「私、ガリアへ行ってみます。ヘスティを離れて外を見てみたい気持ちをずっと持っていました。だからそこで見たもの感じたものをこのへステイに持ち帰って必ず役立てます」


そう、ヘスティを支えるのであれば、今のままでは私は潰れてしまう。外の世界、外の人に触れる事で、私は大きく成長する。なので、この旅に同行して、大きくなろう、ハルは領主になる以前にしか見せなかった満面の笑みを浮かべてそう心の中で誓った。



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