第66話 張り詰めた糸
今回はまだ前振り回ですかね
「そうか、逃げられたか」
「はっ、申し訳ありません。追い詰めた塔内に隠し扉が存在し、そこが地下の下水道に繋がっておりました。地下の下水道は正直網の目のように入り組んでおりまして、既に城下にはいないものと思われます」
皇帝はそう報告を受けるとじっと目を閉じて、瞑目する。アーネストは終始恐縮した表情を作り、エリクはただ平伏している。実は皇帝自体は逃げられた事に対して、余り何も感じていない。名を騙った偽物の可能性もあった為、偽物をいくら捕えたところで意味は無いのだ。それよりも旧メルストレイル公国の選定公の生き残りがいないかが問題で、3年たった今でもその名が使われるという事は、まだ、火種が残っていると考えた方が良かった。
「ならマイセン外に逃げた可能性が高いのだな?」
「御意にございます」
アーネストはうやうやしく回答する。
「ならば、再度、国中を捜索せねばならんの?その他の旧公国の残党もいないとは限らない。今回の騒動で、いまだその火種は燻っていると感じている。であれば、その火種が消えるまで、叩いて、叩いて、叩きまくるしかなかろう」
「それは民をも巻き込んでという事でよろしいでしょうか?」
「構わん。むしろ積極的に使え。あぶり出しにはもってこいだろう」
皇帝の決断は、端的に手段を選ばずに、公国民を積極的に使って、残党をあぶり出せといったものだった。アーネストは神妙な面持ちとなりながら、返事をする。
「承知しました。一人でも多くの血筋の人間をあぶり出します」
アーネストが恭しく礼をとった後、皇帝はシムカにも合わせて指示を出す。ちなみにシムカは先の捜索時には偽シン・アルナスの引き止め側に回っていた。ただ、動きも逃げ足も普通の人ではない動きだった為、引き止め事態は早々に諦めていた。
「此度は直接殺す方に回れ。前回のような失態は許さんぞ」
「アーネスト卿、よろしいですか?」
シムカは皇帝には返事せず、あえて指揮官であるアーネストに確認を取る。前回、引き止め側にシムカが回されたのはアーネストの指示である。なので、今回も同様な指示があっては堪らない。アーネストはにがにがしい顔を見せた後、はっきりと言う。
「皇帝陛下の勅命だ。構わん。精々多くの血縁者を血祭りにあげろ」
「賜りました。では今回は、アーネスト卿の指揮下には入らず、単独で行動させていただきます。どこかで交わる事もあるでしょうが、その際は早いもの勝ちという事で」
シムカはそう言うと、一人、皇帝の執務室を退出してしまう。皇帝はそれを可笑しそうに眺めた後、アーネストに追い打ちをかける。
「アーネスト、早く動き出さないと武勲がすべてシムカの取られてしまうぞ。あれは、優秀な猟犬だからな」
皇帝はそう言い放つとアーネストは青ざめた表情で、挨拶も程ほどにエリクを伴い退出した。
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シンはキリクを背負ってマイセンからヘスティ領に向けて走っていた。なお偽キリクは流石にかさ張る事もあり、下水道にある別の隠し部屋で保管している。実際にマイセンを奪還するその時には活躍の場をもうけられるだろう。キリク自体はそのまま連れて行くつもりだったらしいが、流石に人目が付きすぎる。シンは断固反対をして、キリクが渋々了承した格好だ。お蔭で、キリクは予定していた移動手段がなくなった為、今シンの背中にオンブされている。
「くっ、屈辱だ。昔、おしめを変えてやった事もあるシンにオンブされるなんて。ユーリが聞いたら笑われる」
これがキリクが偽シン・アルナスを連れて行きたがった理由である。単にシンにおぶわれての移動が嫌だったのだ。
「キリク叔父さん、諦めて下さい。俺が叔父さんをオンブしている分には、足の悪い叔父をおんぶしていると言い訳が立ちますが、そもそも偽シン・アルナスにおぶわれてたら、言い訳ができません。ただでさえ目立つんですから」
シンは、いまだぶつぶつ言うキリクに、釘を刺しながら、諦めるように諭す。
「うるさい、お前もおぶわれる身にもなってみろ。この屈辱、いい歳したおっさんが」
「キリク叔父さん、あんまり文句ばかり言っていると、お姫様抱っこに切り替えますよ」
「くっ、俺が悪かった。すまん。だからそれだけはやめてくれ。もしそうされたら、俺は精神的に死ぬ」
シンは思わず苦笑をすると、キリクがいきなり話を切り替える。
「シン、それはそうと、ヘスティの領主には会った事はあるのか?」
「先代の領主の方にはお会いした事はあるのですが、今の領主にはお会いしたことはありません。なんでも先代含めてその方以外はすべて帝国との戦いで亡くなられたそうです。当時11歳の末の娘が、その後隠れ里で領主とさせられたそうです」
「ヘスティの末の娘…、そうするとその娘はハルと言う名前か?」
シンはそこで名前が挙がった事で少しだけびっくりする。
「あれ、キリク叔父さん、ハル・ヘスティをご存知でしたか?それだと色々話も早いのですが」
キリクは首を横に振り、それに対し返事をする。
「いや、残念ながら、ほとんど面識はない。その娘はそれこそまだ赤ん坊の頃に母親に抱かれているのを見たくらいだ」
シンは残念そうな表情を浮かべる。
「そうですか。実はそのハル・ヘスティはそこに言って交渉したシグルドさんの話では、凄く頑ならしいのです。11歳の身で領主の座を託されて、隠れ里に住む住民を導びかなければ、成らなかった。正直、かなり背伸びもしたのだと思います。その張りつめた糸がいつ切れてもおかしくない状況なのだとか。本当であれば、誰かが保護してあげるべきなのでしょうが、それを期待できる大人が、身の回りにいないらしく。なので常に強くあらんとしているのだとか」
それを聞いてキリクも同情した表情を浮かべる。
「まあ、恐らく余裕がないのだろうな。だからこそ張りつめていなければ、崩れてしまうのだろう。シンとは逆だな」
シンが不思議そうな顔を浮かべて、キリクにその真意を問う。
「キリク叔父さん、それはどういう事でしょう?」
「お前の場合は、己の強さという依り代があるだろう。だからこそ余裕が生まれる。最悪、自分が頑張ればいいのだからな。でもその娘場合、それが無い。頼れるものが何もない。だからこそ少しも遊びを作れない。大体、余裕がなければ、王族を助けようだなんて、誰も思わんよ。この規格外が」
何故か最後は罵倒されたが、シンもある意味理解はしている。キリクが言わんとしていて、ダンやシグルドがなぜシンをヘスティに派遣しようとしているのかを。
「それでも俺の手は2つしかないんですが。どれだけの人を背負う事になるんですかね?」
「なあに、お前なら何とかなるだろう。当然、俺やダン様や、ガースもいるからな。最終的にお前が公王になっても文句は言わん」
シンはその言葉に大きく溜息をつく。
「勘弁してください。俺には目の前にいる大切と感じた人しか救えませんよ。そう言うのは英雄の仕事です」
「なに、マイセンではシン・アルナスの名は既に英雄だ。いつ本物が名乗り出ても、二つ返事で民衆は英雄の名を受けいれよう。安心しろ」
キリクはそう言うとカラカラと楽しげに笑った。
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ハルはその日、領民の視察で隠れ里内の畑に来ていた。今年の収穫状況を確認する為だ。
この隠れ里は元々へスティ領内で非常に入り組んだ場所にあった村を増改築したものだ。帝国がメルストレイルへの侵攻を始めた当初に先代が非常用に用意した場所で、ある程度の備蓄があり、まだ幼少であったハルは予めここに避難をしていた。その後、ヘスティ領都への帝国の侵攻の際に、父が傷を押して領民をこの里に連れてきて、後事をハルに託して亡くなった。領民は先代の言葉を守り、ハルを領主として認めて、4年目。11歳だったハルも既に今年で15歳にまでなっていた。
幸い帝国が領都を滅ぼしてから、この隠れ里を詮索するような事は起こっていない。だが、それでもたまにこの隠れ里へ迷いこむようなものも稀にいる。それが帝国から逃げのびてきた人達なら、そのまま領民として迎え入れるが、野盗や帝国兵の類もいる。その場合、こちらも野盗に扮して、襲ったりして素性を隠しながら追い払っていたりしたのだが、それもいつまで続けられるか分からない。
「今年の作付は順調です。ハル様。このままいけば、秋には充分な収穫が見込まれるでしょう」
農家の長からそのような報告が上がる。ハルは笑顔を見せて、長に言う。
「それは良かったです。昨年は冬を越せないほどでは無いにせよ、やや作付けが悪かったですから。これなら今年はのんびりした冬が越せそうですね」
「ええ、ここに移り済んでからもう4年目です。年々収穫は安定してきます。後は帝国さえいなくなれば、本当にいいのですが」
ハルはその訴えに少しだけ顔を曇らせると、そんなハルの元に急ぎの知らせが届く。
「ハル様、お話のところすいません。今、見張りのものから急ぎの知らせが入り、帝国軍の兵士らしきものが10数名、里の第一門を通過したとの事です。第二第三門は既に封鎖しております。野盗部隊は既に用意させておりますが、いかがいたしますか?」
この隠れ里にくるには3つの門の通過が必要である。第一門は開閉ができない門で、そこから第二門までは、それなりの距離がある。第二門は偽装門で一見は門に見えない。なので大抵の人間は第二門を封鎖すれば引き換えし、これまで侵入者を防いできた。ちなみに第三門は第二門からそれほど遠くはなく、堅牢で里にも程近い事からまさに最後の砦となっている。
「いつも通り、第二門付近で野盗部隊は待機。相手が十数名という事であれば、こちらも被害が出ないとも限りません。第二門の偽装が見破られなければそれでよし、見つかった場合は、殲滅しましょう。私も第二門付近まで行きます」
「承知しました。では私は直ぐに伝えに行ってきます」
報告をしに来たものは、そのままとって返して、ハルの指示を伝えに行く。ハルは先ほどまで話していた長に対して、指示を出す。
「すいません、話は今あった通りです。私はその場へ向かいます。長は、周りのものを集めて、いつでも逃げられるように準備をしてください。あくまで最悪のケースを想定しての事ですが、可能性が無いとは言い切れません」
長も首を縦に振って、それに答える。
「承知しました。ハル様もくれぐれもお気をつけて」
ハルのその言葉を聞き届けた後、笑顔を見せて礼をすると、そのまま門の方へ走り出した。
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「本当にこのあたりに野盗の根城があるんだろうな?」
兵士の隊長は、部下に対してそう問い詰める。元々ヘスティ領内の巡回を担当する帝国軍の部隊である。今回も野盗被害のタレこみを受けて、わざわざこんな山の奥に足を踏み入れていた。部隊の人数は全部で18名。中には魔法の使えるものもおり、隊長自身も全身強化こそできないが、腕力・脚力の強化であれば、行う事が出来る。並みの野盗ならば退治できるだろうと踏んでいた。
「ヘイ、このあたりで間違いありません。以前野盗から命からがら逃げてきた冒険者の話です。恐らくどこかに入口があるはずです」
その部下はそう言うとあたりをキョロキョロと見回す。
「隊長、何やら崖におかしな部分があります。罠かもしれませんが、如何します?」
「ドニとグレックはいるか?」
すると隊長は隊員の中から2名の人物の名前を挙げる。
「へい、何でしょう?」
「お呼びですか、隊長」
ドニは索敵専門の移動兵である。罠や偽装の類の目利きが得意でこういう場所では重宝する。一応魔法師のグレックを呼んだのも、周囲で魔法の使用が感じられるかを判断する為の事である。
「ドニ、お前は周囲で隠されているような扉や門が無いかどうかを確認してくれ。グレックもドニについて、魔法の痕跡の有無を確認してくれ」
「「承知しました」」
「さあて、鬼が出るか、蛇が出るか。楽しみだな」
隊長は手に剣を持ちながら、事の次第を見守っていた。




