第61話 圧巻
今回は戦闘回。シンの無双っぷりに拍車がかかってます。あと技の名前は付けてて少し恥ずかしいです。ちなみに今のところ3つ出てます。「破邪」「破魔」「覇剣」です。秘剣は特殊な能力を発揮するもので、奥義は攻撃技のイメージです。
翌朝にカストレイア王国軍は全軍をもって、魔の森付近に移動する。日中には所定の箇所へ配置を完了させて、いよいよ魔の森より、帝国の一団が目の前に現れる。敵は前面に強大なヒドラを配し、その左右に亜人系の魔物が配置され、後方に人の一団が、進軍してくる。左右の亜人に対しては、近衛の兵士達が激突し、激しい戦いが繰り広げられる。軍の兵士達は、正面に立つとヒュドラの射程へと入ってしまう為、いまだ動けない。左右の近衛は質では引けを取らないものの、数が足らず、押し込むまでには至らない。時折、人のいない正面へヒュドラが、威嚇とばかりに火炎とに氷雪を投げつける。火炎の場所は燃え盛り灰塵と化し、氷雪の場所は一瞬で、その地を凍土と替える。
「ファハハッ、良いぞ、一方的ではないか。ベルナス、ヒュドラを敵本陣に向けて進ませろ。威嚇は充分。次は一気に制圧だ」
オルグは熱にうかされように、高笑いをし、ベルナスへと指示を出す。
「ハハッ、畏まりました」
錫杖を握るベルナスは、錫杖の力を強め、ヒュドラに向けて命令を飛ばす。ヒュドラは強い抵抗の意思を示すも、錫杖の魔力には抗えず、その進路を敵本陣へと進めていく。
「いけーっ、殺し尽くせ」
熱狂しているオルグを尻目に、ベルナスは額に汗を浮かべている。
『反応が鈍い、やはりギリギリか?』
ベルナスは内心、錫杖によるヒュドラ制御はギリギリだという事に気付いていた。しかし、このままでは、彼の人生はジリ貧。アロイスとの間に出来た大きな格差を埋めるには、ここが勝負どころなのだ。錫杖による魔力操作は非常に難しい。それでもここまで使いこなす事が出来たのだ。今の上司であるオルグは扱いやすい男だ。実権はベルナスが握っているに等しい。だからこそ、その野心を最大限利用してやるのだ。ベルナスはオルグのその熱狂している様を見ながら、ひとりほくそ笑む。
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一方、一番の乱戦は亜人系魔物の一団と対している近衛の部隊である。近衛は総勢500名程。その内女王の護衛で100名が残っており、実質は400名程度。対する魔物は1,000体近くの数がおり、オーガやトロールと言った大型種もいる。負けるとは言わないが、かなり苦戦はしていた。
「止まるな、動きながら対応しろ。周囲の人間と声かけながら、孤立しないようにしろ」
ライアスは目の前のオーガとゴブリンに対峙しながら、周囲の部下達に声をかける。ライアス自体はまだまだ余裕はある。ただ若い兵たちはそうはいかない。実戦経験で魔物と対する機会があったかと言うとそうではないのだ。焦りや恐怖は判断を鈍らせる。だからこそ、周囲で声を掛け合い、己を鼓舞する。所詮、魔物に技術はないのだ。速さ、強さは単調なものでしかない。だからこそ、心は熱く燃やして、でも頭は冷静にしなければいけない。
「たかだか魔物如きに遅れをとるな、俺たちは王国最強の近衛兵だぞ。蹴散らせっ、はっ」
周囲に声をかけつつ、目の前の敵を切り倒す。
「ふー、地味にキツイ戦いだ。自分の事だけに専念できれば、楽なんだが。っと、背後を気にしろ、うりゃぁ」
ライアスはそう言いながら、部下の背後の敵に切りかかる。現場指揮官であるライアスは、そうやって戦況を維持していた。
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そして別動部隊である、シンの一団。シンとナタリアを含め近衛兵が5名で編成されている。ちなみに今回はフィアナの同行は無しだ。戦場では何が起きるか分からない。それにシンの魔力に守られているとはいえ、戦場での人の感情がフィアナに悪い影響を与える可能性もあるからだ。
シンは視覚を強化して錫杖を持っている人物を探す。
「いた。後方の中央部の台の上だな。ナタリア、予定通り軍へ指示を出してくれ。軍が後方から突入後、混戦に乗じて敵に近づく。いや、ヒュドラが動きだした。まずいな。このままだと、本陣に突入される」
シンは少し顔をしかめる。しかしそれを聞いていたナタリアが、キッパリとした表情で、シンに言う。
「シン先生、錫杖の方は私達で何とかします。ヒュドラの方に行ってください」
シンは一瞬だけ逡巡するが、すぐに決心すると、ナタリア達に後を託す。
「悪いけどお願いできるかな。ヒュドラは何とかするから、そっちは頼む」
「はい、任せて下さい」
シンはその返事を聞くや否や、全身に身体強化を施し、その場から風のように去っていく。残されたナタリア達はお互いに顔を見合わせると、ひっそりと行動を開始した。
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女王の天幕に緊急の用件という事で入ってきた、軍の将校が報告を上げる。
「女王陛下、ヒュドラが本陣へ向かってきていると報告がありました。ここは危険ですから、どうぞ、本陣より後方へおさがり下さい」
ヒュドラが動き出す事は想定されていた。現状は一進一退。敵にしてみれば、切り札を使う事で一気にかたを付けようという算段なのだろう。しかし、予想より動きだしが少し早い。
「ちなみに敵後方に置いた伏兵は動き出したのかしら?」
「はっ、先ほど別動隊より狼煙が上がり、突入を開始しております」
「そう、なら問題ありません。私はここにいます。王が兵より先に逃げる事は認めません」
セシルはそう決然と言う。将校は焦った顔で、再度懇願する。
「しかし陛下、陛下にもしもの事があれば」
「安心なさい。我が軍には、一人の英雄がおります。彼は私を守るとおっしゃいました。何とかなりますよ」
唖然とする将校を見ながら、セシルは確信した表情でそう言う。帝国側には切り札のヒュドラがいる。ただ王国には今、英雄がいるのだ。そもそもシンがこの場にいる事が奇跡だった。本来であれば、北方諸国にいるはずなのである。初めて出会った時もそう、ヤンセンで攫われた時も、学院でも、王都でも。いつもシンは守ってくれる。だから私は安心して待っていればいい。セシルはそんなことを思いながら、嬉しそうに微笑むのだった。
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シンはその時、ヒュドラの前に単身で躍り出た。丁度本陣と敵軍との中間。広いスペースが確保できる場所だった。
「ここなら、周囲に被害が出ないかな」
シンはヒュドラと対峙しているのに、呑気な面持ちで周囲を見回す。ヒュドラにしてみれば、虫けら同然のシンにヒュドラが気付くと一つの首が火炎を放つ。シンはそれを大きく後方に跳んで躱す。
「全部で首が七つか。フィアナの話だと、首を切り落としても再生するとか。すると、全部切り落とすか、心臓を止めるかだな」
今度は別の首が氷雪を放つと同時に、別の首も雷撃を繰り出す。シンはそれも再度ステップで躱すと再び独り言を続ける。
「外皮は固そうだ。んっ?そもそもヒュドラの心臓ってどの辺だ?」
怒り狂うヒュドラは今度は毒の霧をまき散らし、シンの動きを止めようとする。シンはそれに気づいていたが、避けずにそのまま毒の霧に包まれる。シンには毒の類や精神攻撃は効かない。全身に魔力の壁が存在するからだ。ただそれを知らないヒュドラはそのまま追い打ちで風の刃と岩石をその包まれた霧の中心に吐き出す。すると、跳躍して霧からシンが抜け出すと、その居た場所にヒュドラの攻撃がぶち当たる。
「とりあえず普通の剣は効かなそうだ。なら、出し惜しみなしだな」
シンはそう言って腰から小刀を引き抜くと、その小刀に一気に魔力を流し込む。宝刀「クサナギ」。アルナス家の家宝であり、選定公としての証しでもある。シンが流し込む度にその刀身に輝きがまし、その刃が伸びる。シンはその魔力の三分の一程の魔力を注ぎ込むと、魔力が充填完了となる。
「ん、随分魔力の量が増えたな。前は半分くらいは持ってかれたのに、今回は三分の一くらいか」
その圧倒的な魔力の輝きに、ヒュドラがたじろぐ。それでもそれは一瞬で、すぐさま怒りにまかせた咆哮を上げる。
グワアアオォッ
そうして、ヒュドラは火、水、風、雷、毒、土そのすべての攻撃を同時に、シンに向けて放つ。シンはクサナギを腰に構えると、横凪ぎに一閃する。
「秘剣『破魔』」
すると振られた剣から膨大な量の魔力がはなたれ、魔力の帯びるものすべてが相殺される。それと同時に一気にヒュドラとの距離を詰めると、その頭上に跳躍し、今度は剣を右肩に担ぐような形で、クサナギを振り下ろす。
「奥義『覇剣』」
クサナギの魔力出力が最大となり、その刃渡りが数メートルに達すると、振り下ろされた刀によって、ヒュドラの中央の首を境にその胴体までもが両断される。まさに圧巻である。本陣側、敵軍側双方の動きが止まる。シンがその場に着地して刀を払って鞘に納めると、本陣側からどよめきが上がる。
うおおおおおぉぉぉー
「おい、ありゃなんだ」
「あんなデカい魔物が真っ二つ!?」
「英雄だ、英雄の誕生だ」
誰もがその場の出来事に興奮した声が上がる。先ほどまでヒュドラの脅威にさらされ、死を覚悟した面々である。それが一転、そのヒュドラがいなくなり、それを倒したのがたった一人の剣士である。興奮しないわけにはいかなかった。
一方の帝国陣営では、何よりその指揮官であるオルグが乱心している。
「なんだ、あれは。おい、ヒュドラはどうした。何があったんだ」
その腹心であるベルナスも顔を真っ青にして、答える。
「わっわかりません。錫杖からヒュドラの反応も消えました。なっなにがあったんですか?」
「ええいっ、儂が知るか。このままではここは持たん、てっ撤退だ。撤退するんだ」
オルグはその場からそう言って、逃げ出そうとする。ベルナスもそれに続いて逃げようと振り向いたとき、既にオルグは敵の兵にその喉を貫かれていた。
ゴフッ
口から血を吐き、オルグは絶命する。それを見たベルナスは腰を抜かし、その錫杖を手放してしまう。すると女の戦士がその錫杖を拾い上げ、剣をベルナスに向けると周りの人間に指示する。
「こいつは捕虜にする。色々情報を持っているだろう。シン先生のお蔭で敵は大混乱だが、お蔭で仕事が楽だった。全くあの人は…」
ナタリアはシンの規格外さに心底呆れつつも、同時にあこがれてしまう自分に思わず苦笑してしまう。
「そいつを縛りあげたら、この場を離れよう。乱戦に巻き込まれても面倒です。それにこの錫杖もシン先生に渡さないと」
そう言って、ナタリアは錫杖を大事そうに握り締めた。
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シンは遠くで上がるどよめきを聞きながら、引き攣った笑いをしていた。
「少し派手にやりすぎたかな」
シンは再生するという点にめんどくささを感じて、一気にけりをつけるという判断に至ったのだが、思いのほか、出力が凄すぎたのだ。シンは最大出力の奥義を使ったのが、実は初めてであった。そもそも魔力消費の多い燃費の悪い刀である。最大出力でなくても切れ味で言えば十分な代物なので、ここまでそれを使う必要がなかった。とはいえ、魔力量もまだ余力があり、奥義は奥義で試せたことで、それはそれで良しとしよう、と自分の中で無理矢理納得をする。
そして目の前に横たわるヒュドラを見て、お目当てのものを探し始める。魔石。これだけの巨体である。魔石も相応のサイズであり、その質も恐らく高位なものと思われる。シンは胴体から心臓を探しだし、その心臓を手持ちの剣で割る。
「あった」
心臓の中には、こぶし大の大きな魔石がある。黄色の魔石で丸に近い形状をしている。シンはそれを取り出して、自分の懐に収めると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
「シン先生―っ」
「おーい、ナタリア。ここだ、ここ」
「はあ、はあ、まだここにいらしたのですね。良かった。お約束のものを渡せます」
乱戦を抜ける為に凄い勢いで走ってきたのか、ナタリアは息を切らしながら、シンの元にくると目の前に錫杖をかかげる。シンはそれを受け取って、その錫杖を見る。
「ああ、やっぱり、ニルスの家紋とメルストレイルの紋章が入っている。これはニルスの家宝だね」
「どうやらお探しのものみたいですね。良かった。一応、敵の副官らしき人物も捕えています。後は近衛と軍が敵を掃討すれば、この場は勝利となりますね」
ナタリアはそう言って、シンに約束が果たせた事でホッとする。シンは感慨深くその錫杖を見た後、ナタリアにこの後どうするかを聞いてみる。
「俺は一旦本陣を戻ろうと思うけど、ナタリアはどうする?魔物掃討に加わるかい?」
シンのお蔭か、王国軍は一気に優勢となっている。このままいけば、じきに掃討も終わるだろう。ナタリアもそれがわかっているのか、
「いえ、私もシン先生にお供します。正直、あの歓声付近には近づきたくないのですが、セシルも待っていると思いますし」
そう言って、溜息をつく。シンも再び本陣側を見た後、
「やっぱり、俺も魔物の掃討に加わろうかな」
「シン先生、駄目です。諦めて下さい。シン先生があまりに戻ってこなかったら、セシルが迎えにきますよ。私はその方が後々大変になると思いますが」
シンはがっくしと肩を落とすと、仕方がなくとぼとぼと本陣に向けて歩き出す。ナタリアはその姿を見て、とてもヒュドラを一刀両断した人物には見えず、思わず笑ってしまった。




