第60話 女王へのご褒美
60話になりました。投稿を始めて一か月ちょいですが、中々頑張っています。
セシルが執務室として利用している天幕の中で、主要な人物が対策会議を行っている。セシル、フィアナ、シン、アイシャ、ナタリアのいつもの面々に、近衛の責任者ライアス、軍の責任者バスク公である。まず先だって、セシルは、バスク公にシンの素性を説明する。
「バスク公、シン様の事はご存知ですか?」
「勿論、先の息子の不祥事を上手くとりなしていただいた、王国の恩人にして英雄殿であろう。こうして直接お話しをさせていただくのは初めてですが、一度、御礼を申し上げたかったのだ。シン殿その節は、大変お世話になった。改めて礼をいう」
シンはむしろ、咎められる事も覚悟はしていたが、王家に対する忠誠の厚いバスク公は、そう言って感謝の意を示されて、笑顔を見せる。
「いえ、あの時はセシル女王陛下の護衛の依頼を受けてこなしたにすぎません。それより、バスク公、この事は内密にしていただきたいのですが、実は公とはここでお会いするのが初めてという事ではありません。幼少の折に、一度お会いしたことがあるのですが、覚えていらっしゃいませんか?」
「はて、確かに初めて見たにしては、どこか既視感のようなものは感じておったが」
「ハハ、無理もないかもしれません。その時は父に連れられ、亡くなられた国王陛下、バスク公、それと先日引退されたプロイセン公爵様と言った重鎮の方々に囲まれて、縮こまっていた10歳にもみたいない少年でしたので」
「はっ?もしやそなた、鬼人殿の息子か?」
「覚えていただいていましたか。改めてご無沙汰しております。メルストレイル公国選定公ユーリ・アルナスが息子、シン・アルナスです。一度お会いしただけですが、覚えていただき光栄です」
シンがそう言うと、バスク公は目を細め、当時の事を鮮明に思い出す。シンの父、ユーリ・アルナスは鬼人とうたわれ、その武を各国に轟かせた猛者である。闊達な性格で、人懐っこく、多少礼儀に疎いところはあったが、軍人育ちのバスクとは話があった。その息子は、一度しか会っていないが、その時の聡明なやり取りや物怖じしない性格が、当時、自分達の息子と比較してより一層際立っていたので、良く印象に残っていた。
「虎の子は虎という事か。ユーリ殿は立派な息子を持たれたようだな」
バスク公の視線は、シンを通してユーリの面影を見ており、シンは少し気まずい気分を感じる。
「いえ、正直、まだ父には顔向けが出来ないようなふらふらした状況で。国が無くなって、漸く、前を見て歩く事が出来るようになったくらいです。それもここにいる女王陛下や王女殿下のお蔭でもあります」
「国を亡くして、失意に陥るのは当然の事だろう。それでも今、こうして己の力のみで、皆の信頼を得られておる。女王陛下なぞは、信頼以上のものを寄せているようじゃがのう」
バスク公はそう言って、茶目っ気のある表情を浮かべてセシルを見る。セシルは突然話を振られて、顔を赤らめるがすぐに気を取り直して、話を進める。
「バスク公、そう言う話は事が落ち着いてからにしましょう。今は未曽有の国難。取りあえずこれを乗り切らなければ、私とシン様の事など、些末な事です」
「確かに。それで、敵の一団が森を抜けるには、あとどのくらいの猶予があるとみる?」
バスク公は表情を引き締め、現実的な話を始める。シンはそれに応えて、自身の推測を述べる。
「恐らくは、明日の日中には森を抜けてくるでしょう。恐らく魔物も含んだ一団です。細かい戦術は無いものと思います。単純にその脅威を全面に押し出して、侵攻してくると思われます」
そこで、ここまで黙っていたライアスが、作戦を打ち出す。
「亜人系の魔物は近衛隊で受け持ちましょう。人の方は軍にお任せしたい。シン殿は別動隊として、その錫杖とやらの確保をお願いしたい。その錫杖があれば、ヒュドラを抑えられるのでしょう?」
するとフィアナが錫杖の効果について説明をする。
「錫杖に関しては、現状、ヒュドラを抑えているという点では、事実かと思います。ただ、それが、いつまで続くか、使用者が変わって、同じ効果を発揮するかなどは全く、不明です。最悪はヒュドラを倒す事も視野に入れないといけないかもしれません」
「コブリンやオーガなどの亜人系の魔物に加え、ヒュドラですか。いよいよヴァルハラに召される日が近づいてきましたな」
ライアスはそう言って、冗談めかしては言うものの、全員の表情は明るくならない。ただそんな中で、フィアナが一人、表情を変えずに、シンに言う。
「そうなったら、シンにヒュドラを対応してもらいましょう。恐らくシンなら倒せます。ねえ、やさしい旦那様」
シンは大きく溜息を吐くとフィアナに向かって言う。
「まあ、そこは錫杖を手に入れてから考えよう。俺としてもあんまり戦いたい相手ではないからね。何より首が再生するとか、めんどくさい」
「ほら、できないとは言わないんですから」
フィアナはしたり顔でそう言うと、シンは思わず苦笑する。二人のやり取りで、セシルは少しだけ羨ましそうな顔をするが、すぐに気を取り直して、コホンッと一呼吸ついた後、話を取りまとめる。
「では、明朝、全軍を持って魔の森付近に進軍。敵がでてきたら、近衛は魔物を優先して、軍は敵兵を優先して、応対してください。シン様は、フィアナ、ナタリアを連れて、敵の錫杖確保をお願いします。ヒュドラがそれで使役できればよし、使役できない場合は、一旦引いて、対策を講じましょう。最悪はシン様にヒュドラをお任せします。それでよろしいですか?」
「畏まりました」
シンはそれに代表して答え、一同がセシルに礼をする。そしてそれぞれ散開すると翌朝の決戦の準備を始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜、シンは自分用に用意された天幕で、一人、装備の手入れをしていた。明日の戦いに備えた準備ではあるのだが、実はシンは特段気負っていない。フィアナにも指摘された事だが、ヒュドラを見ても余り脅威を感じていなかった。ヒュドラ自体は直接対峙をした事はない。ただ、かつて一人で魔の森を踏破した時には、ヒュドラクラスの魔物とも対峙し、退けた記憶がある。当時よりも魔力も経験値も積んでいる今のシンであれば、特段、脅威を感じる必要がないのだ。
ただ、自分の強さがどこまでかは、余り考えた事がない。個の強さは所詮、個の強さでしかない。シンとて自分以上の魔物がいる可能性も当然あると考えている。それこそ古の神話の代表格たる竜などはその最たるものだろう。それに1万人に囲まれて生きていられる自信もない。やはり人であり、傷ついたら能力が低下する。それがどんなに小さくても綻びが生まれる。だからこそ実直に魔力を増やし、技術を磨き、細心の注意を払う。多分、シンがここまで規格外となりえた、最大の理由がその実直さなのかもしれない。
「ふう、まあ今日はこの辺で終わらせるか」
夜も更けてきたこともあり、明日の事も考えてシンもそろそろ寝ようかと考えたその時である。
「シン様、もうお休みになってますか?」
外からセシルの声がする。何か火急な要件かと思い、シンは天幕の入り口から顔を出して、セシルに答える。
「こんな夜中にどうしたんだい?何か急ぎの要件でも?」
「いえ、急ぎと言うほどの事でもないのですが、少し、お話がありまして…」
セシルが顔を赤らめながら、どこか落ち着かない調子でそう言う。シンは流石に立ち話もなんだと思い、セシルを天幕の中に通す。そのまま、天幕の中に用意された椅子へ誘導しようとしたところで、セシルがシンに抱きついてくる。
「セ、セシル?」
「フフフッ、私の要件はこれですわ。1年振りの再会ですのに、二人っきりでゆっくりする時間も持てませんでしたから。少しは私にも甘えさせて下さい。この一年間、女王をして頑張ったんですから」
シンは少しだけセシルを強く抱きしめてあげる。セシルは嬉しさがこみ上げて思わず声を漏らす。
「ああっ」
「一年間、ご苦労様。俺はまだまだ為すべき事を探しているところだけど、でも一つだけ決めた事があるんだ。俺の手の届く範囲の人たちは、全部守る事。もうこの手からこぼれないように、その為なら自分の持っている力は全部使おうと。セシルは、俺にとって大事な人だから、困っていると時は必ず助けるよ。だから安心して欲しい」
「心配はしていません。ただ、女王である事が時々恨めしいだけ。王女の立場なら、共にいる事も選べたはずなのに、今は共にいる事が出来ません。だから、こういう機会は目一杯甘える事に決めたのです。それぐらいはお付き合いしてもらいますわ」
シンは、セシルのその言葉に思わず苦笑する。本来、王女でも中々付いてこられだろうに。ただ、ここまで真っ直ぐにシンを想ってくれている事に関しては、素直にうれしいと感じる。
「まあ、この件が終わったら、また北方へ戻らないといけないけからね。余り機会はないかもしれないけれど、またこうして過ごせる機会を作るよ。女王陛下のご不満が堪らないようにね」
「本当です。シン様が傍にいてくれれば、ヘンな頭痛も感じないのに」
「変な頭痛?」
「はい、ここ最近、時折変な頭痛を感じる時があるんです。でもこの間、シン様に抱き上げてもらってから、全く頭痛は感じなくなったんですが」
この間セシルに異変が起こったあの時の事である。そう言えば、その後セシルの挙動に不審な点がみあたらなかったので、うやむやになってしまっていたが、そこも気にする必要があるのかもしれない。シンはそこで一つ思いつく。
「セシル、この件が済んだら、一つプレゼントを贈るよ」
「プレゼントですか?」
「ああ、きっとセシルを守ってくれると思うよ。その為にはヒュドラを倒さないといけないな」
プレゼントとヒュドラがどう結び付くのかが分からないが、シンがくれるというものであれば、何だって嬉しい。
「よく分かりませんが、楽しみに待ってればいいですか?」
「ああ、楽しみにしてくれるといいかな。これで明日のやる気も違ってくる」
シンは珍しく楽しそうに、微笑んでいる。セシルもその笑顔につられて思わず微笑み、シンの胸の中を堪能するのだった。




