第53話 魔の森
この章は物語を紡ぐのに、少し苦労しています。
春になって、シンとフィアナは帝都に向けてガリアを旅立った。まず最初に馬でアルナスと魔の森の分岐地点に向い、そこで馬を同行していたアカネに預ける。アカネはそのままアルナスの隠れ里に馬と共に帰ると、シンとフィアナはシンが抱きかかえる形で、魔の森へ入っていった。本来であれば、移動手段である馬を亡くすのは痛手なのだが、魔の森を馬で抜けるのは無謀であり、致し方ない手段なのだが、別れ際のアカネは不満そうだった。魔の森には分岐地点からシンがフィオナを抱きかかえて走って、1日ほどでつき、今、目の前には、鬱蒼とした魔の森が広がっている。シンは少しフィアナを心配して、森に入る前に声をかける。
「これから森に入るけど、フィーは大丈夫かい?気持ちが悪くなったり、恐怖を感じるような事があれば、隠さず言って欲しい」
するとフィアナはにっこりと笑みを浮かべて、微塵もそういうところを感じさせずに答える。
「今のところ全く心配ありません。シンの腕の中にいるんですから。むしろ魔の森がどんなところかワクワクしているくらいです」
「ハハッ…。楽しむようなところじゃないんだけど。まあ問題が無いのであれば、森に入ろう。それと魔物の気配を感じたら、その都度、教えてくれ。それじゃあ、行くよ」
シンはそう言うと森に向って走り出す。勿論身体強化をし、走る速度も上げる。今回の移動の主役は実はフィアナだ。フィアナの感知能力を使い、最大限、魔物との遭遇を回避する。実際に初日は一切魔物にはでくわさず、2日目も道の選択でどちらの先にも魔物がいる事が判明していた為、弱そうな方を選んであえて遭遇した1回のみであった。
「フィーがいると魔物に必要以上に合わないから、今のところ助かっているよ。前にきた時は、ほぼ条件反射で魔物を倒して進んでいたから、とにかく時間がかかった。この分なら、思ったより早く帝都に付けそうだ」
「シンの役に立っているなら、うれしい。でもあまり順調にばかり事は進まないかも」
フィアナは最初嬉しそうに返事を返していたが、その途中で表情を曇らせる。
「どうした、魔物かい?」
「違う、多分人。しかも結構人数がいる。こんな魔の森に人がいるの?」
フィアナは自分で言ってて、自分の言った事が信じられなかったのか疑問符をつける。シンは思わず苦笑するも直ぐに表情を引き締めて、フィアナに警戒を促す。
「フィーが人と感じるなら、人なんだろう。なんでいるかは分からない。ただあんまりいい予感はしない。遠巻きから様子を探ってみよう」
「わかった。私もあまり良い予感がしない。何があるのか見極めたい」
二人はそう話合うと、その集団に気付かれないように近づいていく。集団が視界に入ったところで視力強化を意識し、集団を眺め見る。
「冒険者の集団に見えるけど、目的はなんだろ?」
魔の森で魔物が暴れていての討伐依頼の線も考えられるが、人数は20名程度である。その魔物の強さ次第ではあるが、わざわざ森に行って討伐するくらいの危険度と考えると、若干心元ない気もする。シンは関わるべきかどうか、フィアナの意見を聞いてみる。
「まだ奥へ行くみたいだし、ついていくか、無視するか考えどころだな。フィアナはどうしたい?」
「目的だけは確認した方がいいかも。でも無理はしない方がいい。私達の目当ては別にあるから」
「そうだね、じゃあもう暫く追ってみようか?」
「うん」
二人はその集団から一定の距離を保ちつつ、その後をついていく。ただその追跡も長くは続かない。
グァ―ッ。
魔物の咆哮。20名程の集団に対し、オーガ・ボブゴブリンの亜人種たちが、襲いかかる。魔物たちは人間達を蹂躙していく。あるものは切り殺され、あるものは叩き潰され、あるものは握り潰される。当然、応戦を試みるが、戦闘に関しては錬度が低いのか、魔の森の上位種である魔物達には通じず、集団は10分もかからずに殲滅された。
シンとフィアナはフィアナが予め魔物の存在を感知していた為、今は太い木の上に跳び移り、高見からその様子を伺っている。
「魔の森にいるには弱すぎる集団だったな。あの程度の腕で何で、こんな森の奥に来ているんだ?」
「シンは彼らを助けたかった?」
シンはそこで首を横に振り、フィアナに言う。
「彼らは自らの意思でここにいた訳だから、冷たい言い方だけど自業自得だ。今はなんでこんな所にいたのかの方が気になるよ。魔物が去って行ったら、死体の様子を見てみよう。何かわかるかもしれない」
「うん」
フィアナは素直に頷き、シンに抱きつきながら、自身は森の気配に意識を集中する。シンは目の見える範囲で周囲を警戒するが、程なくして、魔物達は姿を消していく。
「フィー、そろそろどうだい?」
「うん、近くに魔物の気配はない。もう大丈夫」
シンはフィアナを抱きかかえたまま、木を飛び降りるとフィアナをその場におろし、手を引きながら、死体へと近づいていく。
これは酷いな。まともな状態のものは一人もいない。ん?この死体、首輪が付いている、罪人か?」
シンは他の死体も覆面を剥いで見ていくと、やはり同じように首輪が付いている。何人かは首輪が付いていないところを見るとこれらが監視役で、罪人を連れて何処かへ行くようだった。
「うーん、ますます目的が分からないな。罪人に何をさせるつもりだったんだ?森の中に採掘場でもあるのか?」
シンはいくつか可能性を模索するが、決定的にこれだという答えには思い至らない。
「シン、森の気配が少しずつこちらに意識が向いている。そろそろ離れた方がいいかも」
周囲の気配を探っていたフィアナがそう言う。シンは確かに血の匂いに誘われた魔物がくる可能性を考えて、ここで探索を断念する。
「フィー、ここを離れよう。血の匂いに魔物が誘われたのかもしれない。これ以上の探索も難しいだろう。予定通り帝都へ向かおう」
シンはそう言うとフィアナを抱きかかえ、その場から急ぎ走り出す。
『帝国は魔の森で何をしている?魔の森には何がある?』
走りながら、シンは帝国の思惑に思いを馳せていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「バスク公、それでヤンセンの町の状況はどうなの」
「はい、伝令の話では、オーガの大群に町は包囲されているようで、今は城門を占めて城壁より矢や魔法で応戦しているとの事です。陥落こそ免れましたが、城門や城壁がいつまで持つかが今後のカギになりそうです」
ここはカストレイア王国王城の謁見の間。今、セシルは女王として軍上層部の報告を受けていた。報告したのは、ヤンセンの町を統治している当事者でもあるリザラス家当主バクス公。軍の将軍位にもある彼は、現在、王都に詰めておりヤンセンの町は領主不在だった。
「増援の手配は?」
「進めております。ただ相手は魔物の為、通常の軍兵では恐らく無駄な血を流す事にもなります。彼らは対人用の兵法に特化しておりますので、個の強さという部分ではオーガ相手となると分が悪いです」
「ライアス、いるか?」
「はっ」
「ならば近衛からも兵を用意しなさい。魔法を使えるものを優先に。急ぎ何名出せる?」
「はっ、王宮警護もありますので、急ぎとあらば、100名はお出しできます」
「少ないですね。なら、私がヤンセンに参ります。そうすれば守るもののいない王宮警護の人員は最小限で済みます。王宮警護や練度の低いものを除き、最大限の人員を出しなさい」
「はっ、賜りました」
ライアスはそう言って、深々と礼をとる。セシルは続いて宰相テオドールに指示を出す。
「テオドール、最悪のシナリオでヤンセンの町を放棄する可能性もある、その際の難民の受け入れ先とその体制、また、今回の出兵にあたり補給路の確保とその準備、また、私が不在時の国政の代行、これら任せて問題ないか?」
「問題ありません。ただ一点、くれぐれもご無理をなさらないようにだけ、切にお願いいたします」
「フフフッ、心得ました。今回のヤンセンの出来事は国難です。オーガの大群の蜂起がいかなる経緯のものかは分かりませんが、ここで踏み止めなければ、国が瓦解しかねないものです。ですので、一丸となってこの災難を乗り切ります。いいですね?」
「「「 ハハッ 」」」
謁見の間にいる一同は、女王に向って、声を揃えて返事をすると、慌ただしく動き出した。
そもそもヤンセンの出来事は突然のものだった。バスク公からの急な謁見を申し込まれ、急ぎの内容だろうと話を聞いたが、思いのほか内容は重いものだった。100を超えるオーガの襲来。オーガは1個体自体の強さが並みではない。それが100もの数が突然現れたのだ。町は常駐の軍と冒険者達の活躍で城門を閉じ、守りに徹する事で何とか救われているらしいが、オーガは今、その攻撃力でその城門や城壁を破ろうと、破壊活動を昼夜問わずに行っている。オーガには矢や魔法で応戦はしているものの、いつまで持つかはわからない状況で至急、援軍を送る必要があった。ただし、数がいれば防げる類のものでもなく、オーガの個の力に抗えるくらいの個の力が、こちら側にも必要となる。現行の戦力で最も期待できるのは近衛隊の為、今回の判断は現行打てる最前手と言える。
「アイシャ、テオドールと協力して、国政を貴族派の抑えをお願いね」
「賜りましたわ。さすがに私がセシルについていっても役に立てそうな事は少ないですから。ナタリア、セシルをお願いね」
「勿論、任されました。まあセシルが前線で指揮を執るような事は無いでしょうから、不測の事態だけの対応となるでしょうけど」
今、セシルは謁見の間から自分の執務室に移動して、自分の友人たちとひと心地ついた時間を過ごしている。事態が急を要している事から、謁見の間では多少強めの女王の姿でいたが、今は片意地を張るメンバーではない。セシルが女王となって、心の底から友人となって良かったと思えるのは、実はこういう時間が持てる事だと実感していた。
「でも一体なんでオーガは突然、人ではなく街を襲ってきたのかしら。勿論、そこにいる人が目当てと言えばそれまでなんだけど」
「魔の森の魔物の蜂起は過去にもいくつか事例はあります。その際はやはり組織だったものを感じさせる行動をとっていたとの例もありましたので、今回もそれに類するものだと思うのですが」
セシルが今回の蜂起で思っていた疑問に対し、ナタリアが過去の例を紐解いて答える。
「とは言え、その事例も結局のところ、何故の部分はわからないのでしょう。まあ所詮派魔物です。いくら考えたところで答えはでないでしょうけど」
そしてアイシャが話をまとめるように、結論を放棄する。
「うん、まあそうね。魔の森の調査ができるような人材がいれば、原因究明も可能でしょうけど、今はそんな余剰の戦力も人材もいないわ。取りあえずは目先の事に集中しましょう」
そう言ってセシルが椅子から立ち上がらうとすると、
ズキンッ
頭に軽い痛みと共に、立ちくらみを覚えると、立ち上がれずに、思わず席についてしまう。
「セシル、大丈夫?」
アイシャがすかさず、セシルを気遣い、声をかけてくれる。
「あはは、ちょっと立ちくらみがしただけだから、大丈夫。アイシャ、心配してくれてありがとう」
「心配するのは当たり前です。友人なんですから」
「フフフッ、本当にありがとう」
セシルはアイシャが女王だから心配するとは言わずに、友人だから心配してくれるといった言葉に嬉しくなって笑みをこぼす。とは言え、最近稀にだが、同じように頭痛や立ちくらみを覚える事が増えた。女王という職務による過労だろうとは思うが、あんまり続くようなら、医師の診断を仰ぐ必要も出てくる。アイシャやナタリアが気遣いを見せてくれるので、そう大事にはなっていないが、自分の体の事だけに、注意していく必要があるだろうと思う。
「ではセシル、そろそろ出立式の時間です。私達は後発隊ですが、先遣隊への激励の仕事がありますので、そろそろ向かいましょう」
「ええ、ナタリア。では行きましょうか」
そうしてセシルはアイシャとナタリアを伴って式典へと向かって行った。




