第41話 旅立ち
ようやく一区切りです。次からは新章ですが、金の姫をどう出すか、悩みどころです。
晩餐会最終日の翌日、シンは王宮を離れるべく、一度謁見の間に参内していた。シンは既に王宮内では知らぬ者がいない程の認知度が有り、形式上、フラッと居なくなる訳にもいかない。個人的な別れは既にしてあるので、ここは形式だけと諦めて参内していた。
シンは玉座の前に片膝をついて、頭を下げている。玉座には当然、女王のセシルがおり、その隣前方には宰相のテオドールがいる。
「ではシン様は、国外へ旅をされるという事ですね」
「はい、私の父方の祖父の故郷を一度見て回りたいと考えてております」
「シン様の祖先は北方諸国のご出身だとか」
「おっしゃる通りにございます」
「危険は無いのかしら」
「あるでしょう。ただこの身一つの話ですので、如何様にも困難には対処出来るかと存じます」
「分かりました。テオドール」
それまでの会話は予定調和だった。ただ突然、テオドールに声が掛かった事で、予定調和が大きく崩れる。
「はっ、女王陛下、如何様な御用でしょうか?」
「シン様の旅路に多少なりとも援助をしたいと思います。何かいい案はないかしら?」
シンは唖然として、思わず目でセシルに問いかける。セシルはいたずらが成功した子供のように、楽しげに笑みを浮かべる。
「支援となると一つは金銭。北方諸国となると今は帝国通貨を使われているでしょう。であれば帝国通貨で白金貨1枚分を下賜するのはいかがでしょう。あとは旅となると移動手段ですが、シン殿は馬の扱いにも長けているとか。であれば、王国が所有する軍馬を一頭用立ていたしましょう。最後に移動方法ですが、流石に今、正面を切って帝国に入るのは困難かと思われます。であれば、別の方法で北方諸国へお送りするのがいいでしょう」
「別の方法とは?」
「海路を使います。元々北方諸国の方々が、我が国にいらした時も皆様海路を使われておりました。ですので、船を用立てすれば良いかと存じます」
テオドールはそこまで言って頭を下げる。セシルとテオドールにしてみれば、ここまでが予定調和だった。セシルはテオドールの報告を聞いた後、シンに向き直り、楽しそうに声をかける。
「シン様、お受け頂けますか?」
シンは流石にここまで段取りを組まれては断る事も出来ずに、渋々、受諾する。
「女王陛下のご厚意、誠に有り難く存じます。謹んで、お受けいたします」
「いえ、これまで王国の為にして頂けた事を考えたら、まだまだ足らないくらいですわ。でも、これが最後という事でもないでしょうし、又お会い出来る事を楽しみに待っておりますわ」
王座の上で、セシルは心からそう願って、笑顔でシンを送るのだった。
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その後、謁見の間を離れシンは厩舎に来ている。先導するのはライアス。今回軍馬を見立てたのは、ライアスだった。
「物怖じのしないタフな馬だ。恐らく長い旅路でも耐えられるだろう。大事にしてやってくれ」
ライアスはそう言って手綱を渡す。シンはそれを受け取ると馬のたてがみを優しく撫でてやる
「賢そうな馬ですね。ありがとうございます。大事にさせていただきます」
ライアスは満足そうに頷くと、その後の旅の行程を説明する。
「まずは王都を南に下れ。程なく宿場町のエルムに着くから、その後、そこから東に行って港町ドルマンに入るといい。港町には船を用立てしているから、船に乗り込んで、北方の港町におろしてもらうといい。降りる場所は帝国次第のところはあるが、まあなんとかなるだろう」
「何から何まですいません。ありがとうございます。」
「なに、王命だ。問題ない」
シンはライアスとその場で別れを告げると、そのまま馬に跨り、城門に歩を進める。城門近くで見知った女性に会い、一度馬から降りる。
「フィー、見送りに来てくれたのかい?」
「違いますわ。シンについて行こうと思って、待ってました」
フィアナはそう言って、笑顔を見せる。シンは嫌な予感がするのを感じて、もう一度聞いてみる。
「すまない。言っている意味が解らなかった。見送りに来てくれたんだよね?」
「何度でも言いますわ。シンについて行こうと、待ってました」
シンは頭痛がするのを抑えて、今度は説得にはいる。
「フィー、今回の旅は非常に厳しい旅なんだ。大体、セシルにも言っていないんだろう。それこそフィーがいなくなったら、大問題だ」
「お姉様にはちゃんと許可を取りました。一杯甘えてきなさいって。でも本当はお姉様がついて行きたいって言うんですよ。フフフッ、お姉様ったらずるい、ずるいって」
シンは思わず絶句する。セシルは何を考えているんだ?そもそも止める立場の人間が、一緒になって、行きたいなどと。
「いやしかし、セシル以外にも反対する人はいるんだろう。そう、テオドールとか、ライアスとか」
「そのあたりは、お姉様が説き伏せましたわ」
「そ、そうだ。アイシャとかナタリアとか」
「彼女達はお姉様と同じで、ついて行きたい派ですわ。アイシャは楽しそう、ナタリアは修行になりそうって言われていました」
シンは少しずつ、諦めていくのを感じる。
「城門の兵達が通さないだろう?」
「テオドールさんから、話がいってますわ」
「いつも宿に泊まれるわけじゃないんだぞ」
「お外で寝るなんて、楽しみですわ」
「魔物だっているんだぞ」
「シンが守ってくれるわ」
シンは、こうなったら、フィーがテコでも動かない事を知っている。
「じゃあ、取り敢えず王都で旅の準備から始めるか」
フィアナは満面の笑みを浮かべて、シンの胸に飛び込んでくる。
「本当はフィーには安全な場所にいて貰いたいんだが」
「あら、シンの側以上に安全な場所なんて、私にはないわ」
そう言って、フィアナはシンの胸に満足そうに顔をうずめた。
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お城の城門が見える部屋からセシルはシン達を見つめている。
「いいなぁ、フィアナ。ずるいなぁ。本当に私がついて行きたい」
「あらあら、女王陛下ともあろうお方が、随分女々しい事を」
そう言ったセシルをアイシャは茶化す。セシルはムッとした表情を見せて、アイシャに噛み付く。
「だからこうして、我慢して、フィアナに譲ってあげたんじゃない。アイシャの意地悪」
アイシャはその子供っぽい反論に思わず苦笑する。
「あら、でもシン先生にキスをしてもらった時は、大人しく待っているって言ってたじゃない。羨ましいわ。私も今度、ねだろうかしら」
セシルは、ムッとしてた顔を今度は赤らめて、少しだけ元気になる。
「アイシャはダメよ。フィアナは大切な妹だから、許してあげるの。あの娘が本当に幸せになれるのがシン様の側ならば、姉として応援したいもの。勿論、私もシン様に幸せにしてもらうけど」
「あら、ズルい。親友の私の幸せは考えてくれないの」
「アイシャは親友だけど、ライバルだわ。ナタリアもそうだけど、大事な友達だけどライバル。だから、負けないわ」
アイシャはそう言われて、愉快そうに笑うと、セシルに言う。
「なら、私にもまだチャンスはありますわね。シン先生、女性に甘いところがありますから。もしかしたら、まだまだ、ライバルが増えるかもしれませんわ」
「むーっ。やっぱり、私ついて行くわ。アイシャ、あなた女王やりなさい。シン様に悪い虫がつかないように、見張らなきゃ」
そんな風に二人がワーワー言いあっているのを、ナタリアは眺めながら、自分もついて行きたかったと心の中で呟いた。
 




