第29話 シンの素性
この章中々終わりが見えないです。
シンとアイシャは三体の魔物と対峙していた。厳密には元生徒である魔物である。肌は青黒くなり、肉体は隆起し、その形相は鬼とも獣とも取れる外見をしていた。その外見は個体差があるようで、爪や牙が発達した個体や、体が倍以上になっている個体、中には背中から翼らしきものまで生えている個体までいる。正直、ここまで魔物化が進んでしまうと、元の人間に姿には戻れないだろう。シンは彼らに対して憐れみを感じると共に、このことを引き起こした人間達に激しい憤りを感じる。
「シン先生…?」
アイシャのか細い声でシンを呼ぶ声に、シンは冷静さを思い出す。
「大丈夫、少し憤りを感じただけだから。ああなったらもう救えない。俺らができるのは倒す事だけだ。アイシャ、危ないから少し離れていてくれるか。大丈夫、多分、見た目ほどそんなに強くはない」
シンはそう言うと、アイシャが離れたのを確認して剣を抜き、3体と対峙する。
正直、シンには殺し慣れた相手だった。シンが魔の森を抜け、ここカストレイア王国に来た際に散々切り捨てた相手だった。彼らは魔の森に入った冒険者だったのだろう。ただの学生より身体能力や戦闘力の高い素体で、恐らく目の前の魔物より強い魔物となっていたが、シンはそのすべてを苦戦する事なく切り伏せた。
魔の森でとどまる事は死に足を半歩突っ込むような事である。短く、早く、的確に処理していくことが、踏破の条件である。なので、今回も同じように、短く、早く、的確に処理をする。
シンは、まず手に持っている剣に魔力を這わす。魔の森の魔物に通常の武器は通用しない。魔力により外皮が強化され、武器が通らないのだ。鈍器系は通用するが、刃物はまるで通じない。なので魔力を這わし、自身の剣を強化する。すると剣は淡く光出す。刀身が一回り大きくなったような感覚を与える。
シンはそれを目の前にかざすと、三体に向けて走り出す。まず素早さのある爪の鋭くなった魔物がシンに切りかかる。シンはその振り下ろした爪を腕ごと切り落とす。
ギャアアァァッ
叫び声と共に流れる血の色は青。完全に魔物化している証拠である。腕を切り落とされた魔物は後ろに下がり、巨大化した魔物と翼の生えた魔物が同時に襲いかかる。シンは大柄の魔物に狙いをさだめその懐に入るとその目の前にある右足を一閃。大柄の魔物がバランスを崩して、横倒しになるとその左胸に剣を突き刺して息の根を止める。続いて背後まで迫ってきた翼の生えてきた魔物のをサイドステップでよけ、瞬時に背後へ回るとその翼を一閃。生えかけていた翼を切り落とす。そしてそのままその背中を踏みつけると、背後から心臓めがけてその剣を突き刺す。
グウァァァッ
その翼の生えた魔物の断末魔が響きわたる。腕を切り落とされた魔物は戦意を喪失したのか、血の出る腕を抑えながら、後ろへ後ずさる。シンはそれを鋭い踏み込みで一気に距離を詰めると、その首めがけて一閃。そしてその魔物の首が吹き飛ばされる。ほんの僅かな時間の出来事で、魔物達を蹂躙した。
シンは刀身についた魔物の血を払い、そのまま鞘に剣を戻す。
人が魔物になった素体は通常魔人と呼ばれ、その扱いは上位種である。今回の元生徒達は成りたてであった為、最後まで理性の光をともすことは無かったが、中には理性を呼びが選らせ、凶悪であり狡猾な主として、人を攫い、犯し、食らうものまで出てくる。その上位種の魔物相手に一方的に倒す姿は、畏怖の念さえも感じてしまう。
そしてアイシャの元に静かに歩いて戻ると、シンのその剣技に圧倒されてポカンとしているアイシャに向かって、
「驚かせたかな。彼らはあの姿になっても元生徒だから、できるだけ早く解放させてあげたくてね。亡骸が元に戻るわけでもないから、アンデット化しないように、焼き払う必要もあるんだけど、まずは当初の予定通り、この魔力を払おう」
少しだけ苦い、寂しげな微笑をうかべてシンはそう言う。アイシャは、ハッとして、思わずシンの胸に飛び込む。
「あっアイシャ?」
シンは突然抱きつかれて、驚きの声を上がる。アイシャは顔を上げてシンを見つめ、戸惑うシンにお構いなしに、自分の思いを伝える。
「今回憎むべきは、このような事をしでかした侵入者に対してのみです。シン先生は魔物を退治しただけ。元生徒とかそう言うのはシン先生の責任ではありません。そんな事で心を痛めるのは私が、許しませんわ」
「プププッ…アハハッ。そうだね。ありがとう、アイシャ。気持ちが楽になったよ」
アイシャの貴族らしい物言いに、思わずシンは笑ってしまい、それと同時に気持ちを楽にする。
「シン先生、ひどいですわ。御礼は受け取りますが、笑うのはひどいですわ」
アイシャはアイシャで、シンの気を楽にできたのは良かったが、笑われるのは心外とばかりにむくれる。
「ごめん、ごめん。悪かった。それよりも早く魔力濃度上昇の元凶を探そう。第二、第三の魔物化が発生しないとも限らない」
シンはそう言って、むくれるアイシャをなだめると、すぐに気を引き締めて、行動に移そうと促す。
「そうですわね。行きましょ。シン先生。無駄に犠牲を増やすこともありませんもの」
アイシャもそう言って、シンの手を取り、行動に移す。
そうして暫くすると、真っ二つに割れた魔石が玄関付近に転がっているのを見るけた。そこの空気が揺らぐように、魔力があふれ出しているのがわかる。明らかに異常。大きさは拳ほどの大きさで、真ん中からぱっくりを割れている。
「どうやら、あれが原因みたいだね」
シンはそう言うと、魔石の方に近づいていく。アイシャは少しキツイのか顔をしかめる。
「アイシャ、近づくのはキツイかい?それなら申し訳ないけどもう少し近づいて。そうすれば、魔力で覆いやすくなる」
 
シンはアイシャの表情を見てそう言ってアイシャを引き寄せる。これからダンスでもするかのように、アイシャの腰を支えて、密着する。するとアイシャの顔がほっとし、近づいたシンの顔を見て顔を赤らめながら、これからの事を質問する。
「シン先生、ありがとうございます。随分楽になりました。ただ、少し恥ずかしいですが…。それとこの後どうされますか、この魔石」
「正直思っていた以上に厄介な状況だね。最初は魔石の魔力を俺が吸い切って、体内で浄化する事を考えていたんだけど、これだけ禍々しいと多分俺が魔物化してしまう。魔石が割れているから修復もできないし、やっぱりアレをやるしかないか」
シンはさっきのアイシャとの会話で話をしていた方法をするしかないかと溜息する。
「アレと言うと魔力を半分以上持って行かれるという、アレですか?ちなみにそのアレってなんですか?」
シンはどう説明しようか思い悩むと、決意をしたのか真剣な表情でアイシャに説明をし始める。
「アイシャ、これから説明する事、これからする事は秘密にできるかい?」
「内容にもよりますが、それが必要という事であれば、お約束いたします」
「それならば、約束して欲しい。特段犯罪に手を貸すような内容ではないからね。簡単に言えば、俺自身に関わる事だから」
シンは静かに、そして真摯にアイシャを見つめる。アイシャはそんなシンに見つめられて、思わず胸が高鳴ってしまう。
「シン先生、ずるいですわ。そういう表情は女性を口説かれるときにする表情ですわ。わかりました、お約束します、お約束しますからその表情は止めて下さいまし」
アイシャは自分の胸の高まりが収まらないのを感じて、そのシンの表情から逃げるように、約束すると連呼する。シンはそんなつもりは全くなかったのだが、そんな事を言われて思わず苦笑いをし、話を続ける。
「俺は、この外見からわかると思うけど、北方諸国の出身なんだ。これでも元々はそれなりの家柄でね。ご存じのとおり、今、北方諸国はアーガス帝国に併呑されて、国自体が亡くなってしまった。俺は併呑される前にここカストレイヤに逃げてきたってわけだ。ただ元々それなりの家柄だったから、あまり表立つとアーガス帝国に追われる可能性も否定できなくてね。だからただの冒険者としてこれまで活動してきたんだ。まあその辺はどうでもいいんだけど、要は家には家宝と言うか秘伝みたいなものがあってね。元々武門の家でもあったから、今は俺がそれを受け継いでいるんだ。それを使えば、この禍々しい魔力も払えると思う。アイシャ、君にはこの事を内緒にして欲しいんだ。俺の出自とこれからする事この二つをね」
シンは、具体的な家名や出自はぼかしている。これはその出自次第では、本当にアーガス帝国に追われる可能性があるからなのだろう。当然その名前を知れば、カストレイア王国とアーガス帝国の関係に波風を立てるのかもしれない。まして、家宝なり、秘伝なりがあるという。アイシャは溜息をつきたい思いを抑えながら、シンに向き直り、質問をする。
「シン先生、この事を知っていらっしゃる方はほかにはいらっしゃらないのですか?」
「出自と言う意味では、俺の家名を知っているのは少なくてもカストレイア王国の中では一人しかいない。家宝というか秘伝の方は、誰も知らないと思うよ。一族の中でも父と俺を含めて数名しか知らない事だから」
「そんな秘密を簡単に私に打ち明けて…。もう、シン先生馬鹿じゃないですか?」
シンは突然の罵倒に思わず、面を食らう。アイシャは何故か腹を立てて、捲し立てる。
「もう、そんな秘密を洩らされる私の身にもなって下さい。私、こう見えて公爵令嬢なんですよ。国も家名も背負っているというのに。ましてや恋人でも婚約者でもないのに、そんな大事なこと。お約束は確かにしますが、もっと自分の身を大切になさって下さい。いつ何時、裏切られるか分からないんですから。いいですね」
「アイシャ、ありがとう。心配してくれて。確かにアイシャだからこそと思ったけど、アイシャの立場もあるからね。まあでもそんなに長くは秘密にしておかなくていいよ。俺は、そう遠くないうちに、この国を出るつもりだから」
シンは心配してくれるアイシャに対して、優しい口調で感謝をする。それと同時に重荷を背負わせないように、これからの事も伝える。
「国を出られるのですか?」
「ああ、一度、北方諸国をまわってみたくてね。だからそれまでは、秘密にしておいてくれ」
「戻ってこられないおつもりですか?」
「うーん、戻ってこられないの間違いじゃないかな。別にアーガス帝国と事を構えようというわけではないけど、危険には違いないし、何が起こるか分からないからね。ただ戻ってこれそうだったら、戻ってくるよ」
「ならば私からも約束をお願いします。必ず戻ってきて下さい。お約束いただけなければ、今回の事、吹聴いたしますわ」
「口約束になるかもしれないよ」
「気持ちの問題です。その気がなければ、帰ってきませんから」
 
シンはそこで、微笑んで、しっかりとした口調で約束する。
「ならば、旅が終わったら必ず、帰ってくるよ。この国に」
「でしたら、私もお約束しますわ。シン先生と二人だけの約束ですわ」
そう言って、アイシャは笑顔の花を咲かせた。
 




