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亡国の公子と金と銀の姫君  作者: あぐにゅん
第3章 亡国の公子
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第28話 もう一つの陰謀

アイシャ、まだデレてません。作者の感覚では、デレてません。

ナタリアは修練場の壁に持たれながら、注意深く場内を見守っている。修練場には元々いた20名程度の生徒達以外に、エリク先生が連れて来た生徒が10名程がエリク先生を中心に集まっている。彼らは一階の出入り口付近にいたらしく、魔力に当てられたのか、一様に元気がない。座って壁にもたれかかったり、立ち尽くしてボーとしていたりする。全員の目が虚ろなのが、特徴的だ。


『横になって休ませていたり、何か手当てとかしなくて、大丈夫なのかしら』


そう思ってエリク先生を見るが、特段、何もする気配がない。目を閉じ腕を組んでじっとしている。むしろ何か待っている?そう思える程、身じろぎしない。思い切って、エリク先生に話かけてみようかしら、そんな事を考えている時だった。


「ナタリア、何をしているの?」


「ひゃっ」


知らぬ間に近づいてきたセシルに声を掛けられて、思わず変な声が出てしまった。ナタリアは慌てて周囲を見て、顔を赤らめながら、セシルに抗議をする。


「ちょっとセシル、突然声をかけないで。びっくりするじゃない。一応、騎士科として、念の為周囲を警戒しているんだから」


「フフフッ、ごめんなさい。余りにも集中してるものだから、ついね。でもそんなに気負わなくても、シン様が何とかしてくれるわ」


セシルは悪びれる事なく、そんな事を言う。ナタリアは、確かに気を張り詰めても、長くは続かないと思い、セシルの気遣いに皮肉混じりに感謝する。


「もう、セシルはシン先生を信じすぎ。先生だって一人しかいないんだから、手が足りない時だってあるでしょう。でもちょっとだけ、気が抜けた。だから、ありがとう」


セシルはどういたしまして、と言って友人の役に立てた事を喜ぶ。ナタリアも友人の為に頑張ろうと気持ちを新たにした。


『シン先生も気に掛ける程度とおっしゃっていたしね。でも確かにシン先生の言うとおり気になるわね』


ナタリアは全体を俯瞰しつつ、時折、一部区画を注視しながら、警戒を続けるのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


シンとアイシャは、校舎の出入り口方向に向かって、手を繋いで歩いていた。手を繋いでいるのは、魔力濃度対策なのだが、アイシャは少しだけ、気持ちが高揚するのを感じる。


『魔力濃度対策、魔力濃度対策ですわ』


アイシャは友人の顔が思い浮かんで、慌てて心の中でその高揚を否定する。


「アイシャ、大丈夫かい?」


「えっ、ええっ、もっ問題有りませんわ」


シンが押し黙るアイシャを心配して声を掛ける。それについ、慌てた返事をしてしまう。


「アイシャ、もし具合が悪くなったのなら、ちゃんと言ってくれ。今歩いているここは、それだけ異常なところなのだから」


「はい、承知しております。ただ今は、シン先生の魔力のおかげで本当に問題有りませんわ」


シンは本当に気を使っているだけなのだろう。アイシャもそれがわかっているので、今度は落ち着いて返事をする。


『まったく、この人は』


アイシャは自分だけどきまきしてるのに、少しだけ拗ねた気持ちにもなったが、気をとり直し、シンに質問する。


「シン先生、仮に魔力濃度の上昇の元凶が判明したとして、それをどう対処されるんですか?」


「まあ状況にもよるけど、いくつか手は考えているよ。確実な方法もあるけど、出来れば使いたく無い方法も含めてね」


「使いたく無い方法ですか?」


アイシャは、シンの事だから無策で行動はしないだろうと思い、質問をしたが、使いたく無いけど確実な方法に興味が湧き、質問を重ねる。シンも隠し立てするつもりが無いのか、気軽に答える。


「魔力を恐ろしく食う方法なんだ。多分、俺の魔力量でも半分以上は持ってかれる。その後のことも考えると、そこまで食うと心許ないからね」


「シン先生の魔力の半分以上⁉」


アイシャもシンが膨大な魔力を持っている事は知っている。本人も認めていたし、実際今も魔力は使い続けているのに、枯渇する様子もない。そのシンの魔力の半分以上とは、一体何をするつもりなのだろう。ますます興味を募らせたところで、シンから警戒を強めた声が発せられる。


「どうやらおしゃべりはここまでのようだね。問題の出入り口付近についたよ。確かにすごい魔力濃度だ。しかも魔の森同様に禍々しい。アイシャ、俺から離れないようにね。離れたら、一瞬で意識が持ってかれるよ」


魔力は可視化できない。それでも漂う空気の重さ、シンと一緒にいてもヒヤリと感じる禍々しさをアイシャも感じ取り、思わずシンに身を寄せる。シンもそんなアイシャを庇うように、その手を引く。


グウォォォーッ


前方の奥で突然の雄叫びが上がる。アイシャは思わず身を固くし、シンの腕にしがみ付く。


「シン先生、いっ今のは?」


シンは厳しい表情を変えずに、前方を睨みつける。


「もしかしたら残された生徒の魔物化が始まったのかもしれない。アイシャ、今のうちに離れても大丈夫なように、君を俺の魔力で包み込む。それで30分は持つと思う。いいかい」


「はい、わかりました」


アイシャがそう返事をすると、シンはアイシャの体をぎゅっと抱きしめる。するとアイシャの体が暖かいものに包まれる。アイシャは嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔を真っ赤にするが、やはり嬉しさが先にくるのか、思わず顔がにやけてしまう。


「よし、これで暫く大丈夫。アイシャ、奥へ行こう」


「あっ」


アイシャは、離れていったシンの体を名残り惜しそうな表情で見ているが、すぐに状況を思いだし、慌てて気を引き締める。


「承知しました、行きましょうシン先生」


シンはアイシャの手を引くと、その奥へ歩き出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


グウォォォーッ


階下で雄叫びが上がると、二階の床が小さく震える。既に二階の探索も佳境に差し掛かっているところでである。


「おい、王女はまだ見つからないのか?」


「へい、二階もくまなく探しているのですが、一向にそれらしい人物は見当たりません」


苛立ちを交えたリーダーらしき男の声に、その部下がすぐさま反応する。


「本当にまだ、校舎に王女がいたのを確認したんだろうな?これで最初からいないなんて事になったら、間抜けもいいところだ」


「それは間違いありません。確かに、魔石を投げ入れる前に、王女が三階にいるのを確認しておりやす。逃げようとしてもしかして一階に行ってるんじゃ?」


「馬鹿野郎、一階じゃもう始まってるんだ。今更、探索なんかできないんだよ」


そう、既に人の魔物化が始まっている。魔の森と同様の魔力は、動くものを凶悪化させる。植物しかり、アンデットしかり、そして人までもである。しかもその魔力濃度に応じて凶悪化は更に高まり、森の最奥にいる魔物は、もはや天災と同じようなものである。今回の魔力濃度も一階の魔石に一番近いものであれば、天災級、もはや魔人と言ってもおかしくはなかった。


「ちっ、一旦出直しだ。出入り口付近を迂回して、外に退避する。俺たちは王女を捕まえるまで、帰れねえ。下の魔人が大暴れすれば、混乱して、また機会がくる。急げ」


「おっおい、お前ら待て。俺はどうしたらいいんだ」


すると制服姿に覆面をかぶった奴が喚きたてる。王女の顔がわかるという事で、探索の手伝いをさせていた生徒だった。公爵の子息だとか言っていた。まあ、利用価値もあるかと思い、その生徒の後ろに立っている部下に目配せを送る。するとその部下はその生徒の胸倉をつかみ、思いっきりその腹を殴りつける。


「グホッ…、ウェエエッ」


その生徒はうずくまり、のたうちまわる。


「お前はついてこい。無駄に騒ぎたてやがったら殺す。役に立たなくても殺す。いう事を聞かなくても殺す。わかったな」


リーダーらしき男は、のたうちまわる生徒の髪を掴み、持ち上げるとそう言って凄む。生徒は息絶えだえのながら、うんうんと首肯をして、命ごいをする。


「なら、さっさと道を案内しろ、ぐずぐずするな」


そう言って、覆面集団は外に向けて動き始めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


グウォォォーッ


遠くの方で叫び声が聞こえる。


『きた。ついにきました』


目を閉じながら、じっとしていたエルクが心の中で歓喜を上げる。


エルクは今回の騒動で一つの実験をしていた。魔物と化した人間との間でそれ以前に科した洗脳の魔法が友好となるかの実験である。雄叫びを上げた魔物となった生徒との間にはいまだパスが繋がっているのが確認できる。そう、エルクは事前に魔物とするべく、洗脳した生徒三名を最も魔石の近い場所に予め配置しておいたのだ。


エルクの得意魔法は精神操作系の魔法であり、洗脳を最も得手としている。そもそも魔石に魔力を溜めるのに生徒も利用したのも洗脳をかけた生徒にやらせたものであるし、今目の前にいる10名程度の生徒達も今、エルクの支配下にある。そして雄叫びを上げた生徒とは別の2名も覚醒したのか、新たにパスが生きているのが感じられる。


『ようやく、計画を次の段階へ進められますね、幸い、厄介そうな方もいないですし』


元々は単独で計画を進めていた。そんな時に帝国側から魔法師協会に対して、協力の打診があり、その実行者と話をして計画に組み込んだのだ。ちなみに魔法師協会は純粋に国に対して、表向きは中立、その実は各国とパイプを持ち、それぞれにいい顔をして利益を供与する組織である。だからこそ王立学院にいる講師に対して、帝国側の人間を引き合わせたりすることをしたりするのだ。


それに今この場にシンがいない。王女を救った英雄。王宮で褒賞を賜る程の英雄である。エルク自身は直接知り合う機会がなかった為、詳しくは知らないが、少なくとも騎士科面々に尊敬される程の武勇を誇っているのがわかる。さすがに魔人相手では、分が悪いだろうが、それでも絶対ではない為、この場に居合わせないにこした事はない。


『まずはこちらに呼び寄せましょうかね』


エルクは意識を集中し、魔力のパスを強める。ただその姿をじっと眺める少女の姿には気付いてなかった。少女は見ていた。魔物らしき雄叫びが聞こえたとき、エリクの口元が愉悦に歪む姿を。

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