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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第四章 子爵令嬢をめぐる人々の事情

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24/199

23.三人の美姫はお茶会を開く(3/14)

 春の宴から十日ほど経った暖かい日の午後。

 とある貴族の館の居間に、三人の貴族令嬢が居揃っていた。

 黒髪を軽くカールさせただけで背中に流したアイボリーの襟高ドレスに身を包み、一人掛けのソファに座っているのはこの館の主たるウェルシュ伯爵の次女シモーヌ。

 三人の中では年上で、同年のライラより誕生日が早いので、一応お姉さんである。

 その隣、くりんくりんに波打つつややかな赤髪を揺らしながら、浅い襟ぐりの深紅のドレスをまとって二人掛けの真ん中に座るのはアーカント侯爵の次女ミリネイア。

 三人の中では最年少だ。

 ミリネイアの向かいには、背中まで滝のように流れる金髪をしきりに気にしている、紺色の胸元を強調するドレスを着たチェイニー公爵の長女ライラ。

 広く開けられた胸元には、金とダイヤモンドをふんだんに使ったネックレスが光っている。

 三人とも、ユーマが成人して正式に王太子の婚約者となってからは、王宮を辞してそれぞれの館に下がっていた。

 だが、親たちは全くあきらめていなかったようで、週二日は登城して王妃教育の続きを受けるように言われ、いまだにそれは続いている。


「ねえ……ご家族から何か言われまして?」


 何度目かのため息の後、シモーヌが口を開いた。お茶と茶菓子は全く減っておらず、あまり顔色もよくない。


「ええ。……お前が次の王太子妃だとかなんとか」


 盛大にため息をついたのはライラだった。この中では最も爵位も高く、王太子妃に最も近い女性と言われていた。――ユーマが現れるまで。


「ライラ様も? わたくしもですわ。……父の強欲さには本当に反吐が出ます」


 ミリネイアもため息をつきながら答えた。三人が先ほどからこぼしているため息だけで部屋の中が埋まりそうなほどである。


「やはりそうですのね。……わたくしも言われました」


 一応お茶会と銘打っているため、ホスト役は館を提供したシモーヌだ。冷めかけたお茶に気が付いて、手ずから茶の用意をする。三人きりにしてくれと人払いをしたため、些細なことも自分で行わなければならない。

 いつかは王太子のために手ずからお茶を入れたい、と訓練したものだが、それが役に立っているのだから皮肉なものだ。


「それで、お姉さま方はどうなさいますの?」


 暖かいお茶を受け取ったミリネイアがおずおずと口を開く。三人だけの時にだけ、こう呼ぶことが許されている。


「わたくしは……父上から言われれば従うしかありませんわ」

「わたくしもですわね。……ミリネイア様は?」

「わ、わたくしは……お断りしたい、と思っています」


 妹分の言葉に、ライラとシモーヌは目を剥いた。

 王族との婚姻は、出世を望む貴族ならば皆、相手を蹴落としてでも欲しがる良縁であることはよく知っている。

 ユーマとの婚約が破棄された以上、狙わないはずがない。今のところ他の貴族たちに動きがないのは、かつて『王太子妃候補』であった三家三人に慮ってのことである。

 とりわけ三家とも高位の貴族で王族からの覚えもめでたい。しかもそれぞれの分野で派閥を構成する三家を差し置いて動けば、不興を買ってどんなとばっちりを受けるか分からないのだ。

 だから、三人がどう動くのか、注目が集まっている。


「あなた、それ本気……?」


 ライラの言葉に、ミリネイアは身を竦めた。それほどに怒りがにじみ出ていたのだ。


「だってっ……王太子殿下はユーマ様のこと、本気でいらっしゃったでしょう? 入り込む余地なんてありませんものっ……」


 怯えたようにミリネイアは答え、それを聞いてライラとシモーヌは互いに顔を見合わせる。


「でも、婚約破棄なさったのは王太子殿下の方よ」

「だから分からないんです。……確かに、あんなふうに人前でプロポーズまでして、半ば無理やり王太子妃候補にしておいて、今さらと思いますけれど……」

「いい? ミリネイア。婚約破棄をしたのは王太子殿下よ。ユーマ様はもういないの。王太子殿下の隣が空いたのだから、入り込む余地あるでしょうに」


 シモーヌは言い聞かせるようにミリネイアに語り掛ける。だが、ミリネイアは首を横に振った。


「政略結婚に愛が必要ないのは分かっています。それでも候補に決まってからずっと、わたくしもお姉さま方も、王太子殿下を振り向かせようと頑張ってきたではないですか。なのに、あっさりとユーマ様をお選びになった。……あの時から、わたくしは候補もご辞退しようと思っていたんです」

「ミリネイア……」

「だから、もしこのまま王太子殿下から動きがなければ、わたくしの方から動くつもりはありません」

「でも、それでいいの? 今まで頑張ってきた王妃教育が無駄になるのよ? それに、お父上はどうするの」


 しかしミリネイアは再び首を横に振った。


「どこに嫁ぐにしても、学んできたことは無駄にならないと思うのです。父上は……あきらめるように説得するつもりですわ。姉が隣国の王子に嫁いだのだから、それで満足してくださればいいのに……」


 ライラはじっとミリネイアを見つめた。

 初めて王太子妃候補として顔合わせした時、年少だからといつもライラやシモーヌの言動に怯えていた。

 だが、ただ周りに流されているだけではないことは、共に教育を受ける上でだんだんとはっきりしてきた。

 ユーマが王太子妃候補に取り上げられて初めて、三人でお茶会を開いた。それまでは三家それぞれで国を三分する勢力を誇っており、ライバルであったものが、共通の脅威であるユーマの出現で手を組んだのである。

 彼女に対してどうするべきか、という話でも、彼女は自分の意見をはっきり口にした。年少だからと格下に見ていた自分が甘かったと再認識した。


「わたくしは……父上が諦めてくれませんわね。皆さまの中では最も家格が低いですし、できればもっと強い後見がほしいと常に申しておりますもの」


 そう口にしたのはホスト役であるシモーヌだった。


「でも、きっと王太子はわたくしを見ないでしょうね。ええ……ミリネイアの言う通りですわ」

「シモーヌ様まで」

「……父上の言うがままに、ユーマ様にはいろいろと悪戯も意地悪もしました。わたくしが手を下したことは少ないですけれど、侍女がやることを止めたりしなかったのは、同罪ですわね……。まあ……これはライラ様やミリネイア様にも謝らなければならないのですが……」

「それは……お互いさまですもの」


 ライラは苦々しく言い、顔を背けた。ミリネイアも同じ思いだったらしく、うつむいている。


「でも、ユーマ様から意地悪をされた記憶がありませんの。侍女の方も同じく。……何度か侍女の方にはにらまれましたけれど、面と向かって苦情を言われたことは一度もありませんでした」

「そうですわね……」

「だからなおさら、あの日のことが心から離れないんですの」


 あの日、と言われてライラとミリネイアは顔を上げた。


「誕生日の宴ですわね。……結局誰の仕業なのか、どこの手の者なのか、いまだに分からないと聞きました」

「ええ。……ですが、普段見かけない家の者を見かけた気がするのです」

「それ以上はおっしゃらないで」


 ライラは真っ青になって首を振った。もしそんなことが公になってしまえば、ウェルシュ伯爵家は確実に取り潰されるだろう。


「気がするだけですの。実際に誰がやったのかなんてことはわかりません。でも、お二人も心当たりがおありじゃありませんの?」


 ライラは目を丸くした。ミリネイアは目を伏せて口を開いた。


「わたくしも……普段ならユーマ様から招待されているというだけで行くなという父上が、その日に限ってはにこやかに行って来いとわたくしを送り出したんですの。……どうしてもそれが気になって」

「ミリネイアもなの……?」


 シモーヌも目を丸くしてミリネイアを凝視する。


「……わたくしも、普段は気にもしないのに、ユーマ様の誕生日の祝いの日付をしきりに確認されましたわ。聞いたら何でも王太子妃には祝いを贈るべきだろうとかなんとか。あれだけ目の敵にしていたのに……」


 ライラもあきらめたように目を閉じて告白すると、二人が同時に「やはり」と口を開いた。

 おそらく、三家の誰かが謀ったに違いない。


「それでは誰の仕業かは分かりませんわね……ですが、それでもユーマ様はわたくしたちを責めなかった。王太子殿下にはすごい目で睨まれましたけれど」


 ため息をついてシモーヌがこぼした。宴に呼んだのはユーマ自身で、王太子殿下は、その場に三人とも呼ばれていたことに心底驚いた顔をしていたのを覚えている。


「あれからすぐ、ユーマ様との婚約が正式に公表されて、わたくしたちは王宮を出たからそれ以降のことはあまり耳にしていないんですの。王妃教育は受けに登城してましたけれど、前のように王族のプライベートエリアに入ることはできなくなっていましたし……」

「そうですわね……」


 ライラとシモーヌがふう、とため息をつくと、恐る恐るミリネイアが顔を上げた。


「あの……実はわたくし、ユーマ様に呼ばれてお茶会に行ったことがございます」

「え……?」

「あなたも?」

「ええ?」


 三人は互いに顔を見合わせて目を丸くした。 


「まさか、あなたたちも……?」

「もしかして、他の二人には内緒って言われませんでした?」

「嘘……あなたもなの?」


 ひとしきり互いに言い合った後、ライラは額に手を当ててソファに体を預けた。


「信じられない……わたくしたち、彼女に見事に騙されてましたのね……」

「騙されて、というか個別に懐柔されていたんですわね……わたくし一人ならと思っていましたのに、恥ずかしいですわ……」

「見事な手腕ですわね……」


 感心したようにミリネイアがつぶやくと、二人も頷いた。そして、互いに顔を見合わせて笑い出した。


「ああもう、敵いませんわ」

「ええ、敵う気がしませんわ」

「でしょう? ……わたくし、ユーマ様に友達にしていただきましたの。だから……ユーマ様の悲しむお顔は見たくないんですの」


 ライラとシモーヌが白旗を上げると、ミリネイアは少し恥ずかしそうに、しかし誇らしげにそう宣言した。


「わたくしも……実はそうですの」

「ええ……わたくしもですわ」


 年長の二人も観念して本音を吐露した。


「むしろ、わたくしはこんなことでユーマ様を放り出した王太子殿下に怒っていますの」


 ライラが続けると、二人が同意したように力強くうなずいた。


「きっときっかけはあの宴ですわよね」

「……ええ、きっと」


 苦々しい思いで答える。


「それに、想像してごらんなさいな。わたくしたちがもし王太子妃になったとして、ですわよ? 同じように身の危険に晒されたら、同様に放り出されるかもしれませんのよ?」


 もちろん、ライラはそんなことはありえないと思っている。王太子殿下がユーマを遠ざけたのは、本当に大事に思っているからであって、どうでもいい政略結婚の相手を同様に扱うとは思えないからだ。


「それは少し考えすぎではありませんの?」

「本気でわたくしたちを愛してくださればあるかもしれませんわ。愛していただけないのなら、なおさらっ守ってはくれないのではなくて?」

「それは……」


 シモーヌは口を閉ざした。


「そんな……いてもいなくてもいい妃なら、なりたくありませんもの」


 ライラの本音だった。

 ユーマとの二人だけのお茶会に招待されて驚いた。

 彼女が候補として紹介された頃のことをよく覚えている。最低限のマナーや所作は身についていたものの、優雅さには欠け、知識も偏ったあどけない田舎の少女そのものだった。

 それが、公爵令嬢たる自分を迎えての茶会のホストを完璧に務めたのだ。それでいて、彼女のあどけなさや生来のものであろうやさしさや思いやりは全く損なわれていない。

 王宮に長くいるのにまったく変わらずにいられる彼女に、完敗だと思った。

 翻って見て、自分はどれほど変わっただろう、と。王妃の座は確実だと言われ、ちやほやされてプライドだけ高くなってしまった。王太子の弟妹からは距離を置かれ、親しく会話することもない。

 だというのに、彼女は第二王子や第一王女からも慕われている。

 ライラとのお茶会に乱入してきた第一王女は、本当の姉のように彼女を慕っていた。

 勝てない。

 いや、彼女はすでに王室に組み込まれていると言ってよかった。

 王太子殿下の都合で婚約破棄したからと言って、その後釜に座れるものなど一人もいないに違いない。


「だから……もし王太子妃の打診があってもお断りしようと思います」

「ライラ様……」

「そうね……わたくしも。ユーマ様以外に王太子妃は務まらないと思いますの」


 シモーヌは穏やかに微笑んでいた。

 敵対していた三家の令嬢をこうもあっさりと懐柔して、しかも互いにそのことを知らせないようにもさせて、今まで隠し通したのだ。――ほぼ二年も。

 敵うはずがない。


「それでは……あの、ユーマ様に戻ってきてもらうために、なにかできること、ないでしょうか……」

「それは……わたくしたちが何かしたところで王太子殿下自身の問題ですし……」


 ミリネイアの提案に、二人はうなだれた。

 王宮を出たただの貴族令嬢では、王太子殿下へのお目通りはそんなに簡単ではない。父親に頼めば目通りは叶うだろうが、目的を聞かれれば絶対に手を貸してはくれないに違いない。


「そうね……じゃあ、次のお茶会までの宿題にしましょうか」


 シモーヌの言葉に、ミリネイアとライラは顔を見合わせ、ふふと笑った。


「いいわね。考えておくわ」

「はい、次回はわが家ですわね。おいしいお茶菓子を準備いたしますわ」


 ミリネイアは胸を張り、シモーヌはくすりと笑って皿の上の焼き菓子を口に放り込む。

 ライラの取り上げたカップの紅茶は少し温くなっていたが、諸々を吐き出してずいぶん心が軽くなったせいか、ことのほかおいしく感じられた。

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