エピソード3 プロトタイプ
Episode3
登場人物
濱平 万里:主人公
カイト:最新型のエインヘリャル
平位:初期型のエインヘリャル
すったもんだ有ったあげく、結局20時間かけて空飛ぶスクータ「フライングシューズ」はフィレンツェにあるミケランジェロ広場近くの空き地に到着した。
時刻は…解らないが、夕方らしい。
カイトは、…相変わらず寝ている。
万里:こいつメ、寝てる間に悪戯してやろうか…!
いつか絶対に復習してやると心に誓った私である。
そこに1人の中年男が現れた。
チャコールのダッフルコートにソフトの中折れ帽を被っている。
万里:もしかして怪しまれてる?
万里:大丈夫! これ、見た目は唯のスクーターだもの。
肘でつついてカイトを起こす。
万里:「カイト! 起きなさい!」
カイト:「あっ、ねえちゃん。 …お早う。」
中年男:「遠路はるばるご苦労様だったね。」
意外にも日本語だった。
中年男は帽子を脱いで額をかき分けると、銀のプレートを見せる…III…
中年男:「私は味方だ。」
万里:「えっ、…数字男?」
中年男:「数字男?」
万里:「あっ、額にローマ数字の番号札を着けてる人の事を勝手にそう呼んでました。 カイト以外に喋るエインヘリャルって始めてみたから。」
万里:「喋れるんですね、エインヘリャルって…。」
中年男は遠くを見る様な眼差しで話しだす。
中年男:「私は「最初の5人」の1人なのだ。 極初期の試作ロットで記憶操作と薬物支配は受けていない。 通常エインヘリャルの思考は全て上司によって洗脳、管理され、その行動は全て監視されている。 上司に監視されず、マインドコントロールされていない者は極限られているのだ。」
その表情は穏やかでは有るが、確固たる決意に満ちていた。
中年男:「今回は、そういう作戦なのだ。」
万里:「上司って、山猫よりも上の人でしたっけ。」
中年男:「さあな、人とは限らない。」
万里:「名前ってあるんですか?」
中年男:「そうだな、平位…とでも呼んでもらおうか。」
平位と名乗る男は空き地の隅に停めた白いバンへ私達を案内した。
平位:「こっちだ。 バイクをバンの荷台に載せるんだ。」
こういう時はカイトの馬鹿力が役に立つ。
私とカイトは2列目のシートに席を取った。
万里:「何処へ行くんですか。」
平位:「ローマだ。」
平位は、何やら携帯のメールをチェックしている…らしい。
万里:「処で、一体何を回収するんですか?」
平井:「私も未だ聞かされていない。 時間が来たら連絡が来る事になっている。 山猫も、上司に気付かれない様にする為にいろいろと苦労しているのだろう。」
平位、後部シートの方に顔を出して、にやりと笑う。
平位:「先ずは腹ごしらえするか。 お腹がすいただろう。」
万里:「えっ、ちょっと…。」
カイト:「食べる食べる!」
万里:山猫の仲間にも人間らしい人が居るんだ。
サン・ガッロ通りにあるトラッテリア
間口は狭いが中はそこそこ広く、落ち着いた暖色系のインテリアに木のテーブル。 店員は皆気さくで明るい。
流暢な英語で注文する平位が心無しかダンディなおじさまに見える。
万里:ああ、私イタリアに居るんだ…。
そう言えば、ブルジョアな同期の望月は今年の冬休みに海外旅行を計画していた。 確か、フランスのツアー旅行とか言っていたっけ。
可愛らしい男の子と秘密のイタリア旅行! 寺西が聞いたらさぞかし羨ましがる事だろう。 …スクーターに乗って飛んで来たって笑い処以外は。
チラッとカイトを見る。
相変わらずメニューに夢中だ。 この子が一番好きな本は何かと問われれば、きっとメニューと答えるに違いない。
万里:「あんた、イタリア語のメニューなんて読めるの?」
カイト:「これがなんか食いもんを現しているという事だけで幸せなんや…」
いくつかのスターターの後、山盛りのTボーンステーキが運ばれて来た。
カイト:「すげー、食べてもええ?」
平位:「どうぞ、冷めないうちに頂こう。 これがこの店の名物なんだ。」
ナイフを入れるとサクッと柔らかい。
ミディアムレアな断面が美味しそう…。
ぱくっと口に含むと…適度な歯ごたえを残しつつ、口の中でとけて行く。
万里:「美味い。 こんな美味しいステーキ初めて食べた。」
平位:「それは良かった。」
カイト:「ミヒィフェフェヨファッファ…。」
カイト、意味不明の言葉を発しながら泣いている。
万里:「全く、アンタって食欲オンリね、ピチピチのJDとフィレンツェのトラッテリアって、もう少し違うリアクションあってもいいんじゃないの?」
カイト:「ねえちゃんの場合ピチピチやなくてビチビチやな。」
カイト、口の中を肉でいっぱいにしながら禁句発言。
私、カイトの前からステーキの皿を取り上げる。
万里:「あんたもう肉禁止。」
カイト:「ねえちゃん! なんぼねえちゃんでもやってええ事と悪い事が有るんちゃうん?」
万里:「ウルサい、肉が欲しければ平伏せ。」
カイト、マジ泣き
平位は赤ワインを飲みながら、優しそうな眼差しで微笑む。
万里:この人、なんか素敵かも…
というか、最近私の身の回りに登場してきた連中がどいつもこいつも普通でなかっただけなのだ。 やっぱり普通が一番!…と実感する。
万里:「あの、ローマに着いたら少し時間有りませんか。 ちょっと会いたい人が居るんです。」
平位、申し訳無さそうな顔…
平位:「残念だけど、作戦行動中には余計な人間と接触しない方がいいな。」
万里:「そう…ですよね。」
ちょっと聞いてみただけ。
そう、きっと会わない方が良いに決まっている。
平位:「でも、私達だって何時命を落とすか判らない。 悔いは残すべきではないな。 何とか時間を工面してみよう。」
やっぱりこの人、優しい…
きっと今、私少女の様な顔をしている。
カイト:「ねえちゃん、会いたい人って誰やねん。 もしかして男ちゃうんか?」
私:うっせぇこのガキ!
きっと今、私般若の様な…
移動する車の中で仮眠を取る。
何しろ丸3日近くまともに眠っていなかったのだ。 心地よい車の揺れがあっという間に眠りを誘う。 それで何分?何時間?眠ったのだろう。 気がつくと、平位が車を道路脇に寄せて停車しようとしていた。
山猫から連絡が入ったのだ。
山猫:「今から30分程前に、第一の封印が解かれた。 そちらの様子はどうだ? 何か変わった事は有るか?」
平位:「今の処、特に異常はありません。」
山猫:「さて、回収する品物について連絡する。 今回回収するのは、「槍」だ。 それも特殊な槍だ、濱平さんなら、その存在を感じられるかも知れない。」
平位:「どんな槍なんですか?」
山猫:「聖霊を殺す事が出来る槍だ。」
万里:「聖霊って殺せないんじゃなかったの?」
山猫:「…濱平さんか、」
山猫:「これは彼ら自身が決めたルールなのだ。 勿論、本当に死ぬのではなく、今回は負け&退場という取り扱いなのだろう。」
山猫:「神話の世界には、いくつかの神や聖獣を封じ込める事が出来る武器が登場する。 今回のゲームでもそれは同様に存在する。 第一の封印が解かれた今、その聖霊殺しの槍も効果を発揮出来る状態になった。」
山猫:「これを手に入れれば、俄然有利になる。」
万里:ゲーム? 私達はゲームに振り回されてるって訳なの?
山猫:「想定される隠し場所は6カ所に絞り込まれた。 バチカン庭園、フォロロマーノ、コロッセオ、パラティーノの丘、カラカラ浴場、トリニタ・デイ・モンティ広場…。」
万里:「観光名所ばっかだな、…本当にそんな所に隠してあるの?」
山猫:「別に本当に2000年以上前に聖者を刺した槍が残っている訳ではない。 そこらへんにある棒切れが、突然聖なる槍の役目を負わされて権能を発揮するという仕掛けだ。 だから、見かけに騙されては行けない。 もしかするとそれは中古のステッキかも知れないし、スパゲティ屋のフォークかもしれない。」
山猫:「隠されていたと言うのは実際に物質が隠されているのとは違う。 権能が隠されていて、そこらにある物質に宿る。と言うのが正しい。」
平位:「だとすると、発見するのはきわめて困難そうですね。」
万里:「どんな形してるかも判らないものをどうやって探すのよ?」
山猫:「…だから、濱平さんに行ってもらったんじゃないか。」
万里:「そんなの判る訳無いでしょう。」
山猫:「既に他の勢力も動き出している。 出来るだけ戦闘は避けてほしい、しかし目標物回収が最優先だ。 成果を期待している。」
それだけ言うと通信は一方的に切られた。
私は平位さんと暫し目を合わせる。
私、不覚にもちょっとドキしてしまう。
平位:「とにかく、先ずはローマの城壁の中に入ってみようか。」
万里:「行ってみれば、きっと何か見えてきますよね。」
すべての道はローマへ通じる…である。