エピソード4 光の残響
Episode4
登場人物
濱平 万里:主人公
カイト:優しい男の子
平位:紳士なおじさま
ローマ滞在2日目、
山猫に言われた観光名所は一通り回ったが、それらしいものは見つからなかった。
疲れた足取りでスペイン広場近くの宿屋に戻って来る。
有る意味ローマ通を自負しても過言ではない。 それ位じっくり観光した。
しかし…
万里:「何も感じないわ…。」
カイト:「いわゆる不感症って奴なん?」
私、カイトを後ろから羽交い締めにして脇腹をくすぐる…。
カイト:「キャー、ユルヒて…、シヌる〜。」
テーブルの上に地図を広げて、これまでに回った場所をチェックする。
万里:「別の勢力ってのがもう回収しちゃったって事は無いんですかね。」
平位:「その可能性もあるが、…あまり考えたくはないな。」
カイト:「ちびってもうた…ねえちゃんの所為や。」
万里:「すみません、だいたい私に見つけられる訳ないのに、勝手に思い込んでる山猫が悪いンですよ。」
平位、地図から目を上げて万里を見つめる
万里、ちょっと照れる
平位:「いや、山猫の考えている事は大体正しい。 君には、自分でも未だ気付いていないかも知れないが、なにか特別な力が有るのだろう。 それが人の為に役立つのだとしたら、素晴らしい事だと思うよ。」
褒められてるのかな、それとも慰められてるの?
万里:「平位サンは、どうしてエインヘリャルになろうと考えたんですか?」
平位:「そうだな、…私も最初話を聞かされた時は信じられなかった。」
平位:「ちょうど色々と辛い事が続いた時期で、現実から逃げ出したくなっていたのかな。」
平位は、懐かしい事を思い返す様に目を閉じて、…それから財布に入れてあった一枚の写真を取り出した。
そこには女の人と、女の子が写っていた。
万里:「もしかして奥さんと娘さんですか?」
平位:「ああ、…今にして思えば、良き妻、良き娘だった。」
万里:「今にして?」
平位:「ある事件に巻き込まれて命を落としてしまったのだ。」
平位:「私には、なんの慰めの言葉も、償いの言葉もかけてやれなかった。」
平位:「自暴自棄になっていた私は、山猫の誘いにためらう事無く着いて行ったと言う訳だ。」
私、何と言っていいやら、判らない…
平位:「まあ、きっかけはそうだ。 しかし心を決めたのはその後だ。」
平位:「実際に聖霊と呼ばれる存在と会い、その力と振る舞いを目の当たりにして、私は悟ったのだ 。 彼らにとって人間なんて何の価値もないものなのだとね。 彼らは神の計画の元に人間の世界を滅ぼそうとしている。 正しくは、自分達を信仰するモノ以外全ての人類を粛清しようとしているのだ。」
平位:「山猫がやろうとしている事はとても人道的とは思えない。 けれど、聖霊達に一泡吹かせてやろうって言う悪あがきの精神は本物だ。 この星に人間という種族が居たのだと、後世の神話に伝えられる様な働きをしようとしている。」
平位:「その手伝いが出来たら…妻や娘が生きた世界が全く意味のないモノではなかったと証明出来たら…そんな風に考えたのだろうな。」
平位は写真を財布に戻すと立ち上がった。
それから、ベッドの脇に置いたカバンから何かを取り出して来る。
携帯電話…?
平位:「私はこれ迄に集めた情報をまとめて山猫に送る。 それで次の指示を仰ごう。」
平位:「君たちは今日の午後は休息にしよう。」
そう言うと、平位はいくらかの紙幣を差し出した。
平位:「多くはないが、活動資金にしてくれ。」
平位:「それとこれは携帯電話だ。 私の携帯が登録してある。 何か有ったらこれで連絡してくれ。」
平位は携帯電話を万里に手渡した。
万里:「良いんですか?」
平位:「ああ、良いよ。」
平位:「そう言えば、誰か会いたい人が居るんだろう。ローマに。 会えると良いな。」
カイトと二人、昼下がりのローマの街へ繰り出す。
あんな話を聞かされたばかりだ、どうしたってセンチになる。 多分、私を焚き付ける為にあんな話をしたのだろう。
万里:「カイト、ちょっと行きたい所が有るんだけど、つき合ってくれない? 」
カイト:「俺、腹減った、ねえちゃんなんか食べてからにせえへん?」
万里:「こっから歩いてすぐだから、お願い! そこで何か食べよう。」
トレビの泉の前までは、宿屋からあるいて15分の距離だった。
その男はこの近くに暮らしている筈だった。
だから、ローマの休日のビデオも何度も繰り返し見たのだ。
でも、平日の午後から、こんな街の中をぶらぶらしている筈も無い。
ただ、来てみたかっただけなのだ。
あの人が住んでいる町の空気を感じてみたかっただけなのだ。
実際に会えるなんて思っても見なかった。
なのに、その男は通りの向こうから歩いて来た。
昔よりも痩せたかも知れない。
髪の毛はすっかり寂しくなって申し訳程度に残っている。
それに、いつも見たいに無精髭を生やしていた。
いつも連休になると無精髭を伸ばしっぱなしで、それが連休最後の日にはすっかり綺麗に剃ってしまうのが寂しかった。 連休が終わってしまうとまた会えなくなってしまうから。 また一緒に遊んでくれなくなってしまうから。
私は、言葉を忘れた幼女の様に、ただ、その場に立ち尽くしていた。
目の前を何かが滲ませている。
万里:「…パパ。」
男:「よう、万里か…。」
男:「珍しいな、旅行か?」
万里:「まあね、」
男:「その子は? 彼氏?」
カイト:「ちゃうちゃう。」
男:「まあ、そうだろうな。」
万里:「元気にしてるの?」
男:「ああ、まあな。 お前はどうだ?」
万里:「一応、元気かな。 色々あってめげてる最中だけど。」
万里:「再婚したの?」
男:「ああ、」
万里:「そっ、」
男:「家に寄ってけって言いたい所だが、生憎そんなに裕福な暮らしじゃない。」
男:「お前を失望させたく無いしな。」
万里:「いいよ、こっちも忙しいから。」
男:「じゃあ、元気でな。」
万里:「パパもね。」
男は、振り返る事も無く立ち去って行く。
少し、背中が小さくなったみたい…
それはまるで、義務的に流れる時間。
無事に終わった事にほっとしている自分が、…此処に居る。
カイト:「なんや、えらい素っ気ないな。 父ちゃんなんやろ? もっと抱きついてぎゅーっとした方がええんちゃうんか?」
万里:「良いのよ、…もう。」
まさか本当に会えるなんて思っても見なかった。 会えただけで十分。
それなのに私、元気が無い。
万里:なんで私を捨てて出て行ったの?
万里:なんでママを嫌いになったの?
言いたい事はいっぱい有ったが、実際に会ってみると、今更持ち出す程の事でもない、もうどうでも良い事だったのだ。
なのに、何故だか、今頃になってからぼろぼろ涙が溢れて来た。
叫びたい!
その言葉を無理矢理に飲み込む。
万里:なんで、優しくしてくれないの?
万里:なんで、今迄辛い思いさせてごめんなって謝ってくれないの?
万里:「カイトぉ!」
いつの間にか私は、カイトの胸で泣いていた。
その男の子は、優しく私の頭を抱きしめて、髪を撫ぜてくれる…
その時、何かが光った。
実際に光が見えた訳ではない。 むしろ光が聞こえたと言った方が良いかも知れない。
万里:「何、これ…?」
未知なる感覚にも関わらず、不思議と恐怖は感じ無かった。
畏れよりもむしろ喜びを感じて、私は泣き顔のまま立ち上がる。
未だ頭の中を光の余韻が反響しつづけている。
光の音は、フォロロマーノの方角を指していた。




