第35話 レイナルド視点
五日かけて王都へ戻ったのは、学園祭当日の朝だった。
王宮へ着くなり、そのまま父上の執務室へ向かう。
「……ひどい顔だな」
開口一番、父上にそう言われた。
「寝ていないのか?」
「馬車では寝ました」
「いや、そういう意味ではなくてな……。お前、自分で剣まで振るう必要があったのか?」
「現場にいた以上、俺だけ見ているわけにもいかないでしょう」
「……普通は、そこまで前に出ん」
机の向こうで、父上が呆れたように息を吐く。
本来なら、西部で起きたことについて細かく報告する必要がある。だが、現地から先に送られていた報告にはすでに目を通しているらしく、父上はいくつか確認すると、こちらをじっと見た。
「もういい。詳しい話は明日聞く」
「まだ報告していないことがあります。大型個体について、専門家から興味深い見解が――」
「急ぎでないなら明日でいい。現地からの報告も届いている。それより、お前。先ほどから妙に落ち着かんな」
「……そうですか?」
否定したつもりだったが、父上はまったく信じていないようだった。
「でしたら、失礼します。行くところがありますので」
席を立とうとすると、母上が口を挟んだ。
「レイナルド……まず着替えなさい。その格好でどこへ行くつもりなの?」
「学園です」
父上と母上が揃ってこちらを見る。
父上はしばらく俺の顔を眺めてから、大きく息を吐いた。
「……分かった。行ってこい。ただし、帰ったら休め。今日はもう公務のことを考えるな」
「承知しました」
部屋を出ると、そのまま自室へ戻った。
旅装を解き、顔を洗って髪を整える。侍従が用意していた服へ腕を通すと、ようやく人前へ出られる姿になった。
「殿下……」
「何だ」
「……いえ、その……」
「言いたいことがあるなら言え」
「五日間の移動を終えて戻られたその足で、学園へ向かわれるのだなと思いまして……」
「悪いか?」
「いいえ」
一拍置いて、侍従が上着の襟を直す。
「お元気そうで何よりでございます」
必死すぎるとでも言いたいのか。
そう思ったものの、追及する気にもならず、そのまま部屋を出た。
向かったのは学園ではなく、まずアルバイン侯爵邸だった。
さすがに朝早すぎただろうかと思ったが、玄関で俺を迎えた使用人は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「お嬢様でしたら、今朝早く学園へ向かわれました」
「……もう?」
「はい。研究会の準備があるとのことでございます」
そうか。学園祭で試作品を出すと言っていた。
「分かった。邪魔をした」
そのまま馬車へ戻り、今度こそ学園へ向かう。
門をくぐれば、普段とはまるで違う賑わいだった。校舎の前には色とりどりの飾りが並び、その上を光の魔道具がきらきらと飛び交っている。あちこちから呼び込みの声が響き、生徒だけでなく、来賓や家族らしい姿も多い。
だが、そんなものを眺めている余裕はなかった。
ジュリアはどこだ。
まず研究会へ行けばいいか。
そう考えながら校舎へ向かっていたところで、見覚えのある二人を見つけた。
「セドリック」
声をかけると、セドリックと、その隣にいたリズベット嬢が揃って振り返った。
二人とも一瞬、面食らったような顔をした。特にリズベット嬢は、俺の顔を見たあと、なぜかセドリックへ視線を向ける。
「……お帰りなさいませ、殿下」
「殿下、お帰りなさい」
セドリックだけは、すぐにいつもの笑顔へ戻った。
「今朝お戻りになったと聞きましたけど」
「ああ。ジュリアはどこだ」
「大変だったそうですね。魔獣の討伐までなさったとか」
「ああ。それで、ジュリアは?」
「皆、殿下のお帰りを楽しみに待っていましたよ。特に、殿下のクラスの皆さんが」
「そうか。それよりジュリアは?」
俺がもう一度聞くと、セドリックはとうとう吹き出した。
「はいはい。さっきまでは研究会の展示にいましたよ」
「ありがとう」
踵を返しかけたところで、セドリックが「あ」と声を上げた。
「そういえば殿下。クラスの劇、もうすぐ始まるんじゃありませんでした?」
「そうだったな」
出発前に聞いた覚えはある。確か、身分の違う男女の恋を題材にした、ごくありふれた演目だったはずだ。
「殿下が戻ってこられるのを、皆さん随分楽しみにしていましたよ」
「そうか」
「見に行かれないんですか?」
「後でいい。先にジュリアのところへ行く」
そう言って歩き出す。
後ろで、セドリックたちがまた笑った気配がしたが、構っている暇はなかった。
研究会の展示へ向かう途中も、何度か視線を感じた。すれ違った生徒がこちらを見て、何か言いかける。俺が振り向くと、慌てて頭を下げる者までいた。
西部から戻ったばかりだからだろうか。
そう思ったが、今はどうでもよかった。
足を速め、ようやく魔法薬研究会の展示室が見えてきた。
学園祭のためか、普段は閉じられている扉は大きく開け放たれている。入口近くには展示用の机が並び、小瓶を手にした何人もの令嬢たちが楽しそうに話していた。
そして、その中心にジュリアがいた。
「こちらは香りを抑えたものです。肌につけたときの感触も違いますので、よろしければ両方試してみてください」
そう言って、小瓶を差し出している。
受け取った令嬢が何か言うと、ジュリアが笑った。
その顔を見た瞬間、足が止まった。
会いたかった。
西部にいる間、何度も顔が浮かんだ。戻ったら話をしようと思っていた。何を話すのかさえ、まだ完全には決まっていない。それでも、とにかく会いたかった。
そのまま中へ入ろうとしたときだった。
「それに、私たち……アイーダ様が王太子妃にふさわしいなんて、全然思ってませんから」
聞こえてきた言葉に、足が止まる。
「ちょっと」
隣の令嬢が慌てて袖を引く。
「だって本当でしょう? 最近、ジュリア様が侯爵令嬢だから選ばれただけみたいに言う人もいるけれど……そんなわけないって、ちゃんと分かっている人もいます」
そんなことまで言われているのか。
アイーダと俺がお似合いだとか、彼女を王太子妃にという話が出ていることは知っていた。まさか、それと引き換えにジュリアを貶めるような話まで広がっているとは思っていなかった。
胸の奥が重くなる。
ジュリアが積み重ねてきたものまで、俺の振る舞いのせいで軽く扱われている。
それなのに本人は、自分を庇った令嬢たちにまで気を遣っていた。
「……ありがとう。でも、せっかくの学園祭ですもの。今日は楽しみましょう?」
「はい!」
「美容液、本当に楽しみにしていますね!」
ジュリアはまた笑った。
しばらくして、先ほどの令嬢たちが展示室から出てきた。そのうちの一人が、入口近くに立っていた俺に気づく。
「……ひっ」
小さく声を上げ、その場で固まった。
もう一人もこちらを見て、顔色を変える。
「で、殿下……!」
二人揃って勢いよく頭を下げた。
「し、失礼いたしました!」
何に対して謝っているのか分からないまま、二人は逃げるように去っていった。
俺はその背中を見送り、息を吐く。それから、もう一度展示室の中を見た。
ジュリアはまだこちらに気づいていない。
会いたくて、ここまで来た。
だが、今さらどんな顔をして声をかければいい。
そもそも、俺にそんな資格があるのか。
一度息を吐き、服の襟元を直す。
それでも、このまま帰ることはできなかった。
顔を上げ、中へ足を踏み入れる。
「ジュリア」
呼びかける。
ジュリアが振り返った。
本日、最終話まで連続投稿します!
いつもたくさんの感想、本当にありがとうございます。
そして一つだけお願いが……!
本日はこのまま最後まで投稿しますので、できましたら感想は、読み終えたところ、あるいは途中で読むのをやめられたところまでの内容についていただけると大変ありがたいです……!(泣)
まだ出ていない展開についての予想で作者が刺されると、HPが……( ´ཫ` )
どうぞ最後までお付き合いください!




