↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第二章:「追われる少年」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/120

第四話:帰る場所なき少年/第三幕:答えのない戦い

 旅支度を進めるため、三人は昼前の通りへ出た。


 サヴァールの市場は朝より人が増えている。焼いた肉と香辛料の匂いが充満し、荷車の車輪が石畳を重く軋ませていた。シグは人混みの中を歩きながら、腰の財布を一度だけ確かめた。


 軽い。


 さっき中身を見たばかりなのに、歩くたび気になった。


「薬は足りてる。あとは水袋を一つ買い替えたいわね」


 エルセリアが店先を見ながら言った。


「それと、こいつの財布に金を増やす方法だな」


 エイリクが横から口を挟む。


「放っとけよ」


「放っといたら宿代なくなるだろ」


 言い返そうとしたところで、前方から怒鳴り声が上がった。


 人の流れが割れる。


「離せ! 俺は盗んでない!」


 シグは足を止めた。


 武装した男が三人、一人の男を押さえ込んでいる。拘束された男は両腕を背後へ捻り上げられながら激しく暴れていた。


「嘘つけ! 品物持って逃げたのはお前だろ!」


「俺の金だ! あいつが払わなかったんだ!」


 周囲には野次馬が集まり始めている。


 シグの手が剣の柄へ伸びかけた。


「待て」


 エイリクの声で止まる。


「でも」


「何が起きてるか分かってるか?」


 シグは答えられなかった。


 男たちは都市の警備兵ではない。だが装備は手入れされ、腕章には傭兵ギルドの印がある。


 エイリクが一歩前へ出た。


「そいつ、何した?」


 傭兵の一人が苛立った顔を向ける。


「依頼だ。雇い主の品を盗んで逃げた」


 男は懐から折り畳んだ紙を出した。エイリクが受け取り、ざっと目を通す。


「確保して品を取り戻せ、か」


「そうだ」


 拘束された男が唾を飛ばす。


「違う! あれは俺の取り分だ! 三十日働かせて、一銅貨も払わなかったんだぞ!」


「そんな話は聞いてねえ」


「お前らが聞いてないだけだ!」


 シグは両者を見た。


「どっちが本当なんだ?」


「お前はどう思う?」


 エイリクに問われ、シグは二人を見比べた。


「……分からない」


「なら、それでいい」


「でも、あいつは――」


「助けを求めてるから正しいのか?」


 言葉が詰まる。


 エルセリアが依頼書を受け取り、内容を確かめた。


「少なくとも、この紙だけでは賃金の話までは分からないわね」


 拘束された男が身を捩った。


 その肘が傭兵の脇腹へ入る。


「ぐっ!」


 一瞬、腕が緩んだ。男は身体を抜き、人混みへ走り出す。


「待て!」


 傭兵の一人が腰の鉄棍を抜き、振りかぶる。


 逃げた男の先には、荷物を抱えた老女と子供がいた。


 シグの身体は勝手に動いていた。


 金属音が響く。


 剣を完全に抜き切らず、鞘ごとその一撃を受け止め、外へ流した。


「何しやがる!」


「そこに人がいる!」


「お前も仲間か!」


「違う!」


 説明する間もなく、別の傭兵が踏み込んでくる。


 シグは正面から打ち合わず、半歩ずれて攻撃を逸らした。


「シグ、右を空けろ!」


 エイリクの声が飛ぶ。


 反射的に身体をずらす。エイリクが間を抜け、逃げた男の進路へ先回りした。


「止まれ!」


 男が向きを変える。


 だが、その先にはすでにエルセリアが回り込んでいた。


「そこまでよ」


 男は脇を抜けようとする。エルセリアは半歩踏み込み、伸びてきた腕を取ると、その勢いを利用して身体を捻った。男の体勢が崩れ、石畳へ片膝をつく。


「逃げても話は終わらないわ」


 背後では傭兵がシグへ武器を振るってくる。


 シグは一撃を受け流し、そのまま相手の手首へ剣の鍔を当てた。武器が石畳へ落ちる。


 倒さなくていい。今は、人を巻き込まなければいい。


 別の男が横から来る。


 シグは荷車の陰へ下がった。追ってきた傭兵は車輪を避けるため、一瞬だけ足が止まる。


 朝、エイリクにやられたのと同じだ。


 その隙に距離を取り、剣先を下げる。


「もうやめろ! 逃げた奴も止まってる!」


 傭兵たちが振り返る。


 エイリクが男の腕を後ろへ回して押さえていた。怪我をさせるほど強くはないが、逃げられない。


「そっちも武器しまえ」


 周囲の野次馬も、いつの間にか距離を取っている。


 しばらく睨み合った末、傭兵の一人が舌打ちして武器を下ろした。


 ◇


 場所を通りの端へ移し、改めて話を聞くことになった。


 逃げた男の荷袋から出てきたのは、小さな金属箱だった。


 傭兵が指を差す。


「依頼主の物で間違いない」


 男は否定しなかった。


「俺が持ち出した。でも盗んだんじゃない」


「持ち出したなら同じだろ」


「給金を払わねえからだよ! 三十日分だぞ!」


 エイリクが腕を組む。


「約束は?」


「口約束だ」


「証人は?」


 男は黙った。


 傭兵側にも、未払いがなかったと証明するものはないらしい。


 エルセリアが小さく息を吐く。


「この場で決着をつける話ではなさそうね」


 結局、傭兵たちは男をギルドへ連れていき、依頼主を呼んで確認することになった。


 去っていく背中を見ながら、シグは剣を鞘へ収めた。


 最初に見た時は、三人の武装者に一人が連れ去られようとしていた。


 それだけなら、助けるべき相手は決まっているように見えた。


 けれど実際には、男は品物を持ち出していた。その理由が本当なのかも、まだ分からない。


「さっきの俺、危なかったな」


 エイリクが横目で見る。


「何が?」


「最初、あの男を助けようとした」


「だろうな」


「でも、結局どっちが正しいのか分からなかった」


 王国から見たら自分は、周囲で人が消え、その直後に姿を消した少年だ。


 自分から見えているものと、向こうから見えているものは違う。


「だからって、何もしないわけにもいかなかった」


「お前が止めたのは、あの男を捕まえることじゃない」


 エイリクが言う。


「人を巻き込みそうな攻撃だ」


 シグは頷く。


「そこは間違ってない。ただな――」


 エイリクはシグの剣へ目をやった。


「今のお前には、その剣を抜く立場がない」


 シグは黙った。


「騎士なら立場がある。俺なら依頼だ。身元もない今のお前が割り込めば、ただの乱入者だぞ」


「……何もない」


「今回は話が通じたから済んだ。次もそうとは限らん」


 歩き出したエイリクを、シグは追う。


「じゃあ、俺も傭兵になったほうがいいのか?」


「それも一つだ」


「他にもある?」


 エイリクが肩越しに見る。


「冒険者とかな」


 聞いたことはある。


 だが、シグにとっては魔獣を狩ったり遺跡へ入ったりする者、という程度の認識しかない。


「傭兵と何が違うんだ?」


「仕事の幅だ。討伐もあれば護衛や探索もある。国を跨いで動く奴も多い」


 エルセリアが隣から続ける。


「古い遺跡や記録を追うなら、悪くない選択肢ね」


「エルセリアは登録してるのか?」


「私は登録してるわ」


「……冒険者だったのか?」


「そうよ」


「初めて聞いた」


「聞かれなかったもの。遺跡を調べて回るには、何かと便利なのよ」


「エイリクは?」


「俺は傭兵だ。両方には入れん」


「そういう決まり?」


「ああ」


 シグはしばらく考えた。


 依頼を受ければ金になり、各地へ移動する理由にもなる。けれど、誰を信じるかまで決めてもらえるわけではない。


「冒険者になったら、こういう時どうすればいい?」


 エイリクが笑う。


「自分で考えろ」


「結局そこかよ」


「依頼を選ぶのも、現場で動くのも自分だ。失敗したらその分も自分で背負う」


 それなら、騎士とは随分違う。


 命令を待つ場所はない。だからこそ、自分で決めるしかない。


「どこで詳しく聞ける?」


 エルセリアが答えた。


「バルサね」


「エルバで一番でかい街だ」


 エイリクが補足する。


「冒険者ギルドの本部もある」


 シグは地図を開き、バルサの地名を探した。


「……自分の目で見て、確かめたい」


 冒険者になるかは、まだ分からない。けれど、知らないまま決めるつもりもなかった。


「なら、次はバルサね」


 シグは地図を畳み、腰の剣へ触れた。


 三人は人混みの向こうへ歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。