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【第一章完結】Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第二章:「追われる少年」

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第四話:帰る場所なき少年/第二幕:これから何を追うのか

 稽古を終えた頃には、宿の食堂から焼いたパンと煮込みの匂いが漂っていた。


 シグが席につくと、エイリクはすでに二杯目のスープへ手を伸ばしている。体を動かした分だけ腹は空いていたが、木椅子へ腰を下ろした途端、遅れて背中と脇腹に痛みが走った。


「……あちこち痛い」


「受け身が下手なんだよ」


「誰のせいだと思ってる」


「自分で転んだ回数の方が多いぞ」


 向かいでは、エルセリアがパンをちぎりながら二人を見ている。


「朝から随分楽しそうだったわね」


「どこが」


 シグが答えると、エイリクが鼻で笑った。


 食事を済ませた三人は、そのまま旅支度へ取りかかった。


 サヴァールへ来た時より荷物は増えている。保存食、水袋、包帯、火口、予備の革紐。昨日買い足したものを並べて確認し、不要な物は置いていく。


 エイリクは宿の軒下で革袋の中身を広げ、傷んだ留め具を短刀の先で選り分けていた。エルセリアは地図を膝へ載せ、街道沿いの地名を指で追っている。


 シグは剣帯の金具を締め直しながら、通りへ目を向けた。


 行き交う傭兵の姿が見える。


 少し前までなら気に留めなかったはずなのに、今は視線を向けられるだけで右腕が意識に上った。


 王国は自分の名を知っている。


 特徴も知られている。


 昨日の一件を考えれば、その情報はもうサヴァールの傭兵にも回り始めている。


「ここには、もう長くいられないよな」


 シグが口にすると、地図からエルセリアが顔を上げた。


「そうね。王国の調査がどこまで広がるかは分からないけれど、待って確かめる必要もないでしょう」


「今のうちに出た方が楽だ」


 エイリクは金具を革袋へ戻した。


「追っ手が来てから道を選ぶと、選べる道が減る」


 シグは頷いたものの、すぐには荷造りへ戻らなかった。


「……二人はさ」


 エルセリアとエイリクがこちらを見る。


「何のために旅してるんだ?」


 エイリクが片眉を上げた。


「急だな」


「俺、今までちゃんと聞いたことなかったから」


 エルセリアに助けられ、そのままシイバを離れた。


 そこから先は、分からないことを知るためについてきたつもりだった。


 だが、自分には自分の事情があるように、この二人にもここまで歩いてきた理由がある。


 エルセリアは地図を畳んだ。


「私は、古い記録を調べているの」


「イル=ラミナの?」


「それも含まれるわ」


 彼女は少し考えてから続ける。


「古い遺跡や記録を調べていると、今では当然とされていることと合わないものが見つかることがある。紋章についても、神々についてもね」


「合わない?」


「同じ出来事なのに記録が食い違っていたり、今の常識では説明できないものが残っていたりするのよ」


 《ヴォイド・コード》も、その一つなのだろう。


 エルセリアはそれ以上詳しく語らず、荷物の中から小さな革製の手帳を取り出した。


「だから、見つけたものを確かめながら各地を回っている。それが私の旅よ」


「エイリクは?」


「俺か?」


 革紐を引っ張って強度を確かめていたエイリクが顔を上げる。


「仕事があるから歩いてる。それじゃ不満か?」


「それだけ?」


「金になる話を拾って、行ったことのない土地へ行く。腕が鈍らない程度に危ない目にも遭う」


「最後のは必要なのか?」


「退屈よりマシだ」


 冗談なのか本気なのか分からない顔で言う。


 それからエイリクは少しだけ視線を外した。


「まあ、同じ場所に居つく気がないってのは本当だ。エルセリアと行動してるのも、今のところ行き先が重なってるからだ」


 エルセリアも否定しなかった。


 三人が同じものを追っているわけではない。


 そのことが、シグには妙に腑に落ちた。


「じゃあ、俺も考えないとな」


「何を?」


 エルセリアに問われ、シグは締め直した剣帯へ手を置いた。


 何を知りたいのか。


 少し前なら、《ヴォイド・コード》の正体、と答えていただろう。


 だが今は、それだけでは足りない。


「セグラヴァスのことを知りたい」


 二人は黙って聞いている。


「なんでシイバに現れたのか。途中から、あいつは俺を狙ってるように見えた。それに、この紋章も……ずっと俺の中にあったなら、なんで今まで魔力がなかったのかも分からない」


 紋章が発現してからは、それまでなかったはずの魔力が身体を巡っている。動かす感覚は覚え始めても、なぜ今まで何もなかったのかは分からない。


 シグは誰に尋ねるでもなく呟いた。


「全部、関係してるのか。セグラヴァスと、この紋章と、シイバで起きたこと」


 エルセリアは答えなかった。


 シグも、答えを求めなかった。


 サヴァールへ来てから、自分の知らないところでシイバの話が広がっていることを知った。


 帝国が村を焼いた。


 王国が何かを失敗した。


 黒い紋章を持つ誰かがすべてをやった。


 好き勝手に形を変えた話の中に、自分まで混ざっていた。


「俺は、自分が悪くないって言いたいわけじゃない」


 口にしてから、シグは一度息を吐いた。


「何も知らないまま逃げ回って、他人の作った話に流されるのは嫌なんだ。それじゃ、自分に対して納得がいかない」


 シグは二人を見た。


「自分のことも、あの日シイバで何が起きたのかも、自分で確かめたい」


「だから、そのために旅をする」


 少しの間を置いて、エルセリアが頷く。


「分かったわ」


 エイリクは革袋の口を閉じた。


「追われてるから走るよりは、行き先を自分で決めた方がマシだな」


「二人についていくだけじゃ駄目だと思ったんだ」


「別についてきてもいいけどな」


「どっちだよ」


「道が同じ間は一緒に行けばいいって話だ」


 エルセリアが地図を再び開いた。


「なら、次に調べる場所を考えましょう。私が持っている記録の中にも、あなたの紋章に繋がるものがないか――」


「その前に一個いいか?」


 エイリクが割って入った。


 エルセリアが顔を上げる。


 エイリクはシグを指した。


「こいつ、金どうする?」


「……金?」


「旅するんだろ」


「するけど」


「宿代。飯代。装備。薬。移動すれば全部金がかかる」


 シグは口を閉じた。


 エイリクが淡々と続ける。


「今のお前には定期的な稼ぎがない。王国の身分も使えない。真実を追うのは勝手だが、それじゃ腹は膨れんぞ」


 視線を落とすと、旅袋の中には昨日買ったばかりの保存食が詰まっている。


 当然、それにも金がかかっていた。


「……そこまで考えてなかった」


「だろうな」


 エイリクは立ち上がり、荷物を肩へ担いだ。


「目的が決まったなら、次は食っていく方法を考えろ」


 シグは、自分の財布を取り出した。


 中身を確かめる。


 思っていたより、ずっと軽かった。

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