出会い②
瓦礫の隙間を抜ける足取りは、迷いがないというより、迷う必要がないように見えた。圭一はその後ろをついていくだけで精一杯で、何度も瓦礫の角に足を引っかけそうになった。
少し先を行く背中に、聞きたいことが山のようにあった。けれど口を開くたびに、息が足りなくて言葉のほうが先に潰れてしまう。
ようやく息が整ったころ、前を行く声がふいに割り込んできた。
「あと十秒遅かったら、今ごろあんたの身体に銃剣が刺さってた」
足を止めずに言われたその一言に、圭一の胃の底がすっと冷えた。たられば、と分かっていても、想像してしまうと震えが止まらない。
「……どうして、助けてくれたんですか」
聞いてしまってから、しまった、と思った。礼を言うべき場面で、理由を問うなんて間が抜けている。でも口に出さなければ、この胸の中の落ち着かない感覚が、いつまでも収まらない気がした。
人影は、初めて足を止めた。振り返らないまま、軽く肩をすくめる。
「助けたわけじゃない。ついでに片づけただけ」
その言い方には、温度というものが見当たらなかった。けれどそれが冷たいというより、もう何度も同じ説明を繰り返してきた人間特有の、すり減った言い回しのように、圭一には聞こえた。
「一層は稼ぎ場じゃない。新人を二、三層まで連れていって、装備代の足しになる遺物を拾わせる。あんたみたいなのを見かけたら拾う。それだけ」
ビジネスだ、と圭一は理解した。善意でも偶然でもなく、これは彼女の仕事の一部らしい。だとすれば、当然対価が必要になる。圭一の財布には、装備を買うために使い果たした後の、心許ない金額しか残っていなかった。
「すみません、その――お礼に払えるものが」
「いらない」
被せるように返ってきた一言に、圭一は言葉を失った。
「あんたの装備、見れば分かる。それで二層に上がろうとしてた時点で、片づけといて正解だった。タダで」
理屈になっていない理屈だった。けれど反論する材料も、圭一には残されていない。
歩き出した背中を追いながら、圭一はようやく勇気を出して、もう一つだけ聞いてみることにした。
「どうして、こんな仕事を」
「答える義理はない」
即答だった。早すぎる返事は、むしろ何かを庇うときの反応に似ている気がしたけれど、それを指摘する権利は圭一にはなかった。
代わりに、圭一は自分の事情のほうを差し出すことにした。妹のこと。手術費のこと。借金でもなんでもして、一層でも二層でも、稼げるところまで稼ぐつもりだということ。話すうちに、自分の声がどんどん小さくなっていくのが分かった。
誰かに同情してほしくて言っているわけではないのに、勝手に弱々しく聞こえてしまう自分の声が、少し嫌だった。
人影の足が、一瞬だけ止まった。ほんの半歩分。
「……そう」
それだけだった。表情は逆光のまま見えない。けれど、その短い返事には、さっきまでの「タダで片づけた」という言い方とは、わずかに違う響きがあった気がした。気のせいかもしれない。確かめる勇気は、まだ圭一にはない。
前方の瓦礫の隙間から、何かが軋むような音が響いた。先ほどの獣とは違う、もっと低く、もっと大きい何かの気配。
人影の肩が、初めてこちらに向き直る。
「構えて。今度は片づけるの、手伝ってもらう」
その言葉に、断るという選択肢は最初から用意されていなかった。




