時間稼ぎ
大学の外にジェネレータを起動させたまま放置していたRG2-63-tに飛び込んだトリエラは、待機状態を解除しながら、周囲を見渡した。
先ほどより銃声は大きくなっている。
グラニの起動は間に合うのだろうか……?
そんなことをトリエラが考えていると、キャタピラの音が聞こえた。
車両を操縦している運転手の女性が外部スピーカーでトリエラに問いかけてきた。
『トリエラさん?これをどうぞ』
トリエラのもとにやってきたのは大きな狙撃砲と箱状の装置だった。狙撃砲は高射砲にTD用の持ち手を取り付けたような見た目をしていた。箱状の装置はアンテナのようなパーツがついている。
右の可動式アタッチメントに大砲を取り付け、その重みを機体の背中に感じながら、FCSを支援火器用の設定に変更する。
左の可動式アタッチメントには箱状の装置を搭載する。コックピット内のスイッチを操作して、装置と機体のシステムを接続する。
箱状の装置はレーダーの一種だったようで、機体のモニターに表示される索敵可能エリアが大きく広がった。
広がった索敵可能エリアの端の辺りに、TDの反応がある。数は……6。
怖気そうになる心を必死に宥めて、サヤカの指示を待つ。
『トリエラ、準備は出来た?』
サヤカの声が、トリエラの内から響いた。
『サヤカ?どういう事?この声は何⁉』
トリエラは自分の内から響くサヤカの声にそう聞いた。どういう訳か、そのサヤカはトリエラの疑問に答えた。
『ペパーティア・システムによる精神接続よ、本来は第3世代機用の機能なんだけど……こっちの方が距離に余裕があるから』
そういうサヤカの声を聴きながら、トリエラは奇妙な感覚を味わっていた。自分の頭の中に干渉できないもう一つの思考が生まれたような感覚。
思考の表層を撫でることは出来るのに、中を覗くことは出来ないそれが、指の先にできたささくれのように引っかかっている。
そう思った瞬間にもう一つの思考の一部が開かれ、大学近くの建物の位置が脳裏に浮かんだ。
『移動開始よ、指定エリアを確保して砲撃。出来る限り足止めするわ』
頭に浮かんだ座標に向かって、トリエラはRG2-63-tを動かした。
機体に揺られていると、少しずつ近づいてくるたった1人での戦いに対する恐れで心が震えた。
『トリエラ、大丈夫……?』
内から響くサヤカの声が、心配げにそう聞いた。
『サヤカは、怖くないの?』
『私だって怖いよ、でも、やらなきゃ』
『サヤカは、強いね。アオイも、サヤカも……。私だけだ、弱いの』
『そんなことは、ない』
『どうして?アオイがいなかったら、私はここに来ることもできなかったのに?』
弱気になったトリエラの頭の中にあったサヤカの思考が、瞬く間に大きくなって、トリエラの思考を飲み込んだ。
おそらく、サヤカがペパーティア・システムの機能を使って、自分自身の思考をトリエラと共有させたのだ。サヤカが3年間の間胸の内にため込み続けていた何かを、トリエラは垣間見た。
サヤカの思考は、闇そのものだった。暗くて、寒くて、怖い。微かな熱と安らぎを与えてくれる夜闇とは違う、恐怖の代名詞としての闇。
ずっとつらい思いをしてきて、何度も傷ついて、それでも希望を捨てられない――。そんな行き詰った思いが、少しずつ積み重なって、この泥山のような闇を作り出したのだということがわかるそれに触れながら、トリエラはサヤカの見てきたものに思いを馳せた。
それを感じ取ったサヤカは再びペパーティア・システムの共有範囲を広げ、自らの思考の闇の奥にあるものを浮かび上がらせた。
闇色の水面に一人で佇む、サヤカの姿だった。
3年ほど前から、サヤカは時折姿を消していた。サヤカはその間に、その闇を生み出すに至った多くの物事を経験してきたのだろう。
そしてその闇を、サヤカはトリエラにあえて見せたのだ。
トリエラを安心させるために、恐怖しているのは自分ではないと言うために。
それがどうにか嬉しくて、胸の中に温かいものが溢れた。
1人で進む夜空は、ほんの少し明るく見えた。




