茜色の孤独
「……わからない」
茜色の空に照らされたじゃがいも髪が揺れて、アオイが呟いた。
「…‥何が、わからないの?」
「どう思えばいいのか、わからないの……」
幼いその声に、トリエラの眉が動いた。
「どういうこと?」
「わたしのお姉ちゃんを、サヤカが殺したって言われて、サヤカが、おかしくなって……それでも……」
「それでも?」
「なんとも、思わなかったの……」
申し訳なさそうに吐き出された言葉によって、ぬるま湯のような心地よさが消えた。
「なんとも思わなかった……って」
エストの言葉が、引き締まった空気を揺らす。
「どこか、他人事のような気がするんだよ。心が揺さぶられないというか……怒ればいいのか、悲しめばいいのか……」
「あの時わたしは、『気にしてないよ』って、言おうとした。でも、言えなかった。それが正しいかどうか、わからなかったから」
「どうして?」
「わたしが、わたしでなくなるような気がした……。わたしがサヤカのためだと思ってしてきたことは、サヤカを傷つけることだったんじゃないかって、それを肯定してしまうような気がして……」
少しづつ暗くなっていく空に、肌寒い風が吹いた。
「わたしは……何になればいいんだろう……?」
————
「すとちゃん……」
フーシャ・マイグレックヒェンは、教会軍が用意してくれていた自室で、親友の帰りを待っていた。
エストに街を見にいかないかと誘われた時、フーシャの心臓は、わずかに高鳴った。
6年前、戦争の終結直前に、無理な攻勢に出ようとした東側の陸上戦艦により蹂躙された故郷。
悲鳴と絶叫の中、フーシャは何よりも先に、エストの元に走っていた。
誰よりも弱虫なエストを、自分が守らなければ、と思ったのだ。
そして、フーシャの手により、燃え盛る家からたった1人救出されたエストは、ある種危険な思想を持つようになる。
『自分1人で生きていけるようになりたい』という思想は、まだ初等教育すら終えていないエストにとっては劇物のようなものであったのだ。
周囲からの協力や手助けを否定し、できもしない一匹狼を気取るようになったエストを、フーシャはある種の喜びと共に迎えた。
一匹狼を気取りながらも、本当は人肌が恋しい少女であるという、エストの本質を知っている喜びが、フーシャを突き動かしていた。
フーシャにとっては、エストの隣にいれることが何よりの喜びであり、それ以外は何も要らなかった。
だからこそ、エストの問題行動をわざと見逃してみたり、出来もしないことに対して発破をかけ、自分に頼るように誘導してみたりもした。
エストを自分でいっぱいにしたいというフーシャの感情と、フーシャのために独り立ちしたい、フーシャに甘えたいという気持ちがせめぎ合っているエストの感情が複雑に混ざり、溶け合って形成されていた2人の関係に、楔を打ち込んだのが、アオイ・モーントシャインだった。
かつての大戦でエースパイロットとして成り上がった少年兵。
それは、家族を失ったエストが抱いた『自分1人で生きていけるようになりたい』という思想そのものであったのだ。
(本人は決して認めはしないだろうが)エストの理想の擬人化とも言えるアオイに、彼女はどんどんとのめり込んでいき、それがフーシャには気に入らなかった。
アオイの顔を見ると、普段の自分が保てなくなる。彼女への嫉妬が隠せなくなってしまう。
エストの憧れから最も遠い場所にいるフーシャは、エストの心の中から自分の居場所がなくなってしまうのが怖かった。
フーシャはゆっくりと立ち上がって、エストのベッドへと向かった。
誰に聞かれるわけでもないのに、音を立てないように腰掛けたフーシャは、脈うつ自分の胸に手を当てた。
とくんとくんも脈うつ自分の胸に従って、フーシャはエストのベッドに体を投げ出した。
「すとちゃん……すとちゃんっ……!」
まだ使われていない布団に身体を埋めて、強く息を吸った。
窓から差し込んでくる茜色の光に照らされながら、フーシャは笑顔を浮かべた。
——すとちゃんと、一緒にいたい。
エストがフーシャに望んでいる姿は、アオイと同じものではない。それでも、エストが自分の存在を望んでいるのであれば、フーシャにとってはこれほど嬉しいことはなかった。
目元にほんの少しの涙を浮かべながら、フーシャの意識は心地よい闇へと落ちていった。




