【12】リアル衛兵ごっこ
走れ、走れ、走れッ!
俺は狭い路地を駆け巡る。
「待てぇ!」
背後から響く衛兵たちの足音と怒号。
数は――10人前後。
体力で勝てる相手じゃない。
この世界の人間より、俺は明らかに貧弱だ。
路地が分岐する。
右か!?
いや、左!?
ユーディアと一度通った道のはずなのに、頭が真っ白で思い出せない。
袋小路に突っ込んだら終わりである。
こんなことなら、もっと真面目に逃走経路とか調べておけばよかった。
いや、ユーディアはちゃんと調べていた。
完全に俺の怠慢だ。
「……多分、右!」
路地を曲がると、使われていない木箱が並んでいた。
俺はその隙間を縫い、通り際に木箱を倒す。
そのまま走る。
足音は全然離れない。
むしろ近づいてきてる。
振り向けば、倒した箱が崩れて衛兵が進みやすいように道が広くなってた。
ーー俺のバカァ!!
昨日のユーディアを真似したが、逆効果だった。
こんなことなら、ちゃんとユーディアがどう逃げるか見ておけば……
いや、違う。
ーーアイツは最初から、俺にちゃんと教えていたはずだ。
アイツと移動する時、ほぼ路地を通っていた。
逃走経路の下見が重要だからと、俺と一緒に街を歩いた。
技能も体力も無い俺に、職業訓練所へ案内してくれた。
夜は路地でどう逃げればいいか、教えてくれていた。
ーー彼は、師として俺に教えてくれていた。
……それを、俺はちゃんと見ていたか?
うろ覚えの道を、勘で左へ。
視界が開けた。
広場だ。
まずい。
路地なら追手は一列だが、ここでは囲まれる。
広場を横切り、別の路地へ逃げ込む。
全く知らない道だ。もはや記憶は頼りにならない。
「いたぞ!」
真正面から回り道をしていたらしい衛兵が1人現れた。
後ろからも足音。
距離をかなり詰められている。
「観念しろ!悪党!」
真正面の衛兵が剣を抜く。
鈍く光る鋼の冷たさに、背筋がゾッとする。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……
ーー魔力が足りるか分からないが、やるしかない!
俺は真正面の衛兵へ手を向ける。
「《落下猶予》ッ!」
俺の中の魔力が、ゴリッと削られる感覚。
その感覚に一瞬ふらつく、が。
ーーよし、まだ動ける!
真正面の衛兵は上げた足が突然下りなくなり、前方につんのめった。剣を杖代わりにして転倒を防いでいる。
「おりゃぁあ!」
素早く距離を詰め、俺は衛兵の服を掴むと地面に叩きつけた。
運良くバランスを崩して倒れる衛兵を踏み越え、俺は別の路地へ飛び込む。
ーー仲間を助け起こしてから来るはず。少しは距離を稼げたか?
その時、“気配”を感じた。
【契約回廊】越しの気配ーーユーディアだ。
こちらへ向かっている。
だが、まだ距離が遠い。
「ユーディア……ユーディアぁ〜〜!!」
某ネコ型ロボットに泣きつく主人公の気持ちがよく分かった。
ーーユディえもん!助けてユディえもん!!
とにかくユディえもんと合流するまで、逃げ切るしかない。
また開けた場所に出た。
この街、区画整備が雑すぎる!
なんでこんなに広場があるんだ!
ふと、近くから水の流れる音が聞こえた。
水路だ。
今朝洗濯したのが随分と昔のように思える。
…………洗濯?
俺は、バッと辺りを見回す。
水路の少し先には、5~6階建ての建物がいくつか連なって見えた。
いつの間にか商業区域まで逃げてきたらしい。
建物の側面には、鉄製の非常階段が付いている。
……ユディえもんを信じるしかない。
俺は水路の近くにあった木製のバケツを手に取り、ざっと水を汲む。
そして……ユーディアから貰っていた、おしゃれ着洗剤じゃない『緑色の洗剤』を全量バケツへぶち込んだ。
ーー急げ急げ急げ!
後ろから足音が迫ってきている。
バケツを抱え、片手でシャバシャバと洗剤を泡立てながら、一番近くにあった鉄製の非常階段を掛け上がった。
【契約回廊】で位置を確認する。
ユディえもんの“気配”が一瞬止まった後、
察したように近くの建物を登り始めた。
ーーよし。
あとは逃げ切るだけだ。
だが、体力がもう無い。
肺が痛い。
浅い呼吸を続け、手すりを使いながら、それでも登る。
心臓が爆発しそうだ。
「上だ!追え!」
カン、カン、カンッ!
息を切らす様子もなく、衛兵達が階段を駆け上がってくる。
それを確認してからーー
「そぉいっ!」
ザバァ!
ぬるぬるの洗剤入りの水を、
鉄製の階段にぶちまけた。
「うわっ!」
「滑るぞ!手すりを使え!」
「気をつけろ!」
背後の声で効果を確認した俺は、
マントを脱いで端っこを“洗剤の空き瓶”にしっかりと巻き付ける。
建物の屋上へ飛び出す。
“気配”も同時に、少し低い隣の建物の屋上へ現れる。
「小僧!」
「ユーディア!」
距離はおよそ、4~5m。
俺は速度を落とさず屋上を駆け抜け、
手すりを踏み台にし、
ーー隣の建物へ向かって跳んだ。
放射状に飛ぶ体。
あと2m届かない。
ユーディアが目を見開く。
俺は、まだ魔力が残っている事を祈り、叫んだ。
「ーー《落下猶予》ォッ!」
先程よりも少ない魔力が削られる感覚。
俺の体は、建物と建物のちょうど間で浮いていた。
「頼むっ!」
マントの端っこを腕に巻きつけ、反対の端を括り付けた瓶をユーディアに投げる。
瓶を掴んだユーディアは、屋上の手すりにマントを素早く結びつけた。
そして、俺を手繰り寄せるように思いっきりマントを引っ張る。
ーー《落下猶予》が切れる。
斜めに滑り落ちるように、体がユーディアの居る建物の側面に叩きつけられる。
だが、マントとユーディアのおかげで、隣のビルの屋上にギリギリ届いた。
「ーー馬鹿と煙は、高い所が好きと聞くが……」
俺の腕を掴み、屋上に引っ張り上げながらユーディアは呆れた顔で俺を見た。
「猿のくせに、高い所から落ちそうになってどうする」
「…………ウキィ……」
猿も木から落ちることがあるのだ。
そう言いたかったが、俺は息切れで鳴き声しか出せなかった。




