【10】エドとユノ
朝起きると、全身がガタガタだった。
動くのが超しんどい。
「おはよう。やっと起きたかね?」
ユーディアが机に肘をついて、俺を呆れた顔で見てきた。先に起きて食事を終えていたらしく、テーブルには俺の器だけが置いてある。
「おはよ……今どのくらいだ?」
「昼前くらいだ。寝すぎだぞ。講義は今日も行くのだろう?」
「……今日は無理。せめて筋肉痛が治るまで待ってくれ」
「嘆かわしい……あれほど講義期間を大切にしようと言っていたではないか」
「うっ……返す言葉もありません……」
「ーーだが、講義に行かないのなら時間はあるな?」
ユーディアはそう言うと、俺の前に怪盗服やマントなどの一式を置く。
「……なにこれ」
「君の服もまだ洗っていないだろう。ついでに私の服も洗っておくように」
「はぁ?なんで俺が……」
「弟子が師の世話を焼くのは当たり前だろう。あと、講義に行かないのであれば、せめて私の役に立てと言っている。私は出てくるから、あまりうろちょろするなよ」
そう言って、ユーディアは何かを投げてよこした。
受け取ってみると、瓶だった。
表面に《洗剤》と書かれている。しかも二本。
「緑が洗濯用洗剤、ピンクがおしゃれ着洗剤だ」
「何!?おしゃれ着洗剤って!?」
「型崩れしにくい、ちょっといい洗剤だ。私の怪盗服は必ずそちらで洗うように」
俺の返事待たず、ユーディアは出ていってしまった。
「……弟子じゃねぇっての」
ちぇっ。せっかちなヤツめ。なぁにがおしゃれ着洗剤だ。
ギチギチの体を起こし、俺はテーブルにあるスープを飲み干した。……具材が少ない。
そろそろ、スープ以外のものも食べたいものだ。
俺とユーディアの服をまとめて持ち、水路へ向かう。
自分の服も洗いたかったので、洗剤があるのは正直ありがたい。
「……で、洗濯ってどうやるんだ?」
洗濯機はもちろんのこと、タライや洗濯板などもない。
周囲を見渡すと、水路のそばに洗濯をしそうな女性がいた。
服を詰めたタライを持ち、水路に近づいていく。
丁度いい。参考にさせてもらおう。
そう思って見ていると、女性は水路に手をかざした。
すると、水がぞぞぞっと宙に浮き、大きな水球になる。
その中に服と洗剤を入れ、再び手をかざすと、水球が高速回転を始めた。
しばらくして、水球がペッと服を吐き出す。
出てきた服は、すでに乾いていた。
女性は水球を近くの穴に流し、服を抱えて去っていった。
……全然参考にならねぇ。
水路の近くを見ると、汚水用の排水穴が設けられていた。
なるほど、生活用水と排水は分けているのか。
俺が水路で直接顔を洗ったのは、どうやらマナー違反だったらしい。
次からは気をつけよう。
ともあれ洗濯だ。
俺は近くの路地をうろつき、使われていないボロボロの桶を見つけた。
桶で水をたっぷり汲み、まずは俺の服の泥を落とす。
排水を捨て、またすすぐ。筋肉痛の身体には結構な重労働だ。
あらかた汚れが落ちたら、ユーディアの怪盗服一式と俺の服を水を張った桶にドボンする。
「……ま、全部おしゃれ着洗剤でいいか」
いい洗剤らしいし、汚れがより落ちるだろう。
どの程度入れればいいのか分からなかったので、ボトルの中身を全部ドボドボと入れてみた。
「おー、すげー泡立ち」
軽く混ぜただけでぶくぶくと泡立ち、洗剤の香りが広がる。しかし、怪盗服や俺のコートは布の量が多い。ユーディアに至っては、黒い皮の手袋や靴下、下着まで全部渡してきている。これを手で洗うのはしんどい。
「ま、いっか。洗えればいいだろうし」
靴を脱ぎ、桶の中へ足を突っ込む。
ふみふみ。
ふみふみ。
泡立ってるし、たぶん大丈夫だろう。
水を捨てて、もう一度ふみふみ。
……あれ?
泡が全然減らない。
水を替えても、まだ泡立つ。
「……もういいか」
洗剤が少し残っているくらいの方がなんか綺麗な気がするし、筋肉痛持ちにはキツイ仕事だ。
俺は早々に切り上げて、びしょ濡れの服を持ってアジトへ戻った。干す場所が無いので、屋根の上に広げて並べる。
今日は快晴だ。そのうち乾くだろう。
洗濯おわり。
「あいたたた……」
腕や足が悲鳴を上げる。
筋肉痛なので激しい運動はしたくはないが、何もしないでいるのもなんだかなぁ。
そういえば街に出る時はいつもユーディアと一緒だったが、今ヤツの気配はかなり遠い。
「……せっかくだし、街をぶらついてみようか」
素っ裸で路頭に立っていた時に見た、異世界雰囲気を満喫するタイミングがなかなかなかったのだ。いい機会かもしれない。よし、明日から本気出そう。
ユーディアの「うろちょろするな」という言葉をスルーし、俺は適当な布を顔に巻いて隠すと、往来の多い表通りに向かった。
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出店通りは、まだ朝市の活気を残していた。
あちこちで物の売り買いが行われ、とにかく人が多い。
そして何よりーー
(ーー獣人だ!!)
異世界ならではの種族!頭からケモ耳が生えている!すげぇ!
耳だけだと犬なのか猫なのか判別は出来ないが、後ろから生えた尻尾とセットでなんとか判別できる。
(……けど、意外とエルフは居ないな……)
生エルフを拝みに来たようなものだったのに、全然いない。珍しい種族なんだろうか。
と、その時。
「あ!20個の兄ちゃんだ!」
背後から声をかけられ、振り返る。
そこにいたのは、職業訓練所で身分札を見せてきた少年――エドだった。
「お前、エドか?」
「そうだよ!」
エドは小さな体に不釣り合いな、大きな籠を背負っている。
中には食材がぎっしり詰まっていた。
俺が名前を覚えていたのが嬉しかったのか、ニカッと笑う。
「兄ちゃんも仕事?」
「……そ、そうだよ〜」
俺は嘘に嘘を重ねた。
子供相手に見栄を貼り続ける、虚しい大人である。
「なぁなぁ兄ちゃん、ホントに技能20個もってんの?」
「えっ」
「だって、《体力系統》も《魔法系統》もからっきしじゃん!」
「それは……」
「みんなさ、『嘘ついてる』って言うんだよ。でも、大人が子供に嘘つくなんて、普通ないだろ?」
ある。めちゃくちゃある。
というか今まさに二回目だ。
俺が言葉に詰まっていると、エドの後ろから、さらに小さな女の子が駆け寄ってきた。こちらも、背丈ほどもある大きな荷物を背負っている。
「にいに、まってよ〜」
「ユノ、遅いぞ」
その子に、俺は見覚えがあった。
ーー俺の前の席で、技能の数を聞いてきた女の子である。
まさかの兄妹だったのか。
「あ!20個のおにーちゃん!こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
「なぁ、ユノもそう思うだろ?」
話を聞いていないユノはこてん、と首を傾げる。
「なんのはなし?」
「この兄ちゃんが技能たくさん持ってるって、嘘じゃないかって話。みんな言ってたじゃん」
ユノは俺を見上げる。
「ウソじゃないよ。おにーちゃんが自分でいったもん」
「うっ……」
「それに、『ウソつきはドロボーのはじまり』なんだよ」
あまりにも純粋な瞳で見上げてくるユノ。
……お兄さんはね、“ドロボー”どころか“見習い怪盗”なんだよ、とは口が裂けても言えなかった。
「なぁなぁ、ホントに技能がたくさんあるなら、どんな技能?見せてくれよ!」
エドが俺に迫る。
なんと言い逃れするべきかと考えているとーー
ドンッ!
「きゃあ!」
往来の多い道で立ち話をしていたせいか、ユノの荷物が通行人にぶつかり、前のめりに倒れそうになる。
背丈ほどあるでかい荷物を背負っているのだ。
顔面からいったら、怪我をしてしまう。
「危ないっ!!」
咄嗟に手を伸ばすが届かない。
せめて、荷物だけでもーー!
その時、俺の中の魔力が、ごっそりと削れた。
「……わっ」
ユノの体が、倒れそうな姿勢のまま止まっていた。
明らかに、重力を無視している。
その隙に駆け寄り、荷物を支える。
ずしり、と腕に伝わる重さ。
こっ、こんなものを細腕の子が背負っていたのか……。
異世界の人間のたくましさと自身の非力さを痛感しながら、なんとかユノを立て直した。
「ユノ!大丈夫か!?」
「う、うん」
エドが駆け寄るが、ユノは怪我ひとつしていない。
「もしかして、今の……兄ちゃんが?」
「あ、あぁ……うん……」
間違いない……《落下猶予》の効果だ。
自分にしか使えないと思っていたが、どうやら“落下”と判定されれば、他人にも効くらしい。どこまでが“落下”となるか分からないが、転倒は“落下”と判定されたようだ。
「おにーちゃん、ありがとっ!」
ユノが満面の笑みを浮かべる。
とにかく怪我がなくてよかった。
「兄ちゃんすげぇ!今のなんの技能!?宙に浮くなんて!」
「いやいや、なんて事ない……そう、“魔法”だよ」
嘘では無い。俺にとっては魔法のようなものだ。
「でもでも!宙に浮く魔法って、風魔法くらいしかないだろ!?でも風が無かったじゃん!」
「えっ、まぁ、風魔法じゃないから……」
「スッゲー!」
なんだかめちゃくちゃ食いつかれた。
「もしかして、無属性で“宙に浮く”魔法!?そんなの、《定理技能》じゃん!」
おっと、また知らない単語が出てきたぞ。
これ以上嘘を重ねると善良な俺の良心が痛むので、素直に聞いてみた。
「エド、《定理技能》って?」
「えっ?知らねーの?」
「俺は外国……この大陸の外から来たんだ。だから詳しくなくて……」
「この大陸以外って、魔族領しかないけど……」
おいおい待て!知らん単語が追加されたし、え、何、大陸ここだけ!?魔族とか何それ!?
「そっ……それ以外にも、小さな島国があるんだ。珍しがられるのが嫌だからさ、みんなには内緒な?」
「分かった!だから兄ちゃん変なんだな!」
納得してくれたエド。なんとか誤魔化せて良かった。
「あっ」
エドがユノを見る。
「やっべ、荷運びの途中だった」
「にいに、おしゃべりすきだもんね」
ユノに笑われて「へへへ」と頭をかいたエドは、好奇心に満ちた目で俺の方をチラリと見る。……まぁ、どうせ暇だし、付き合うか。
「俺も一緒に行くよ。せっかくだし、ユノちゃんの荷物、ちょっとだけ持つからさ」
「いいの?」
「あぁ。これも何かの縁ってことで」
「ありがとっ、おにーちゃん!」
うんうん。子供の笑顔は俺も嬉しくなるな。
俺はユノちゃんの背負っている荷物の包みを2つほど小脇に抱える。
ーーお、重い。
「じゃ、行こうぜ!歩きながらでも話すよ!」
人混みを縫って歩きながら、俺はエドとユノについて行くことになった。




