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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第六章 ダクティリオス<輪>
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武器喪失?

 神々の家は、思った通り豪奢ごうしゃなものだった。


 石造りの立派な門をくぐると、広い庭が広がる。池のほとりには東屋あずまやがあり、ティエラが遊んだ後なのか竜の人形が並んでいた。東屋の横では、桜の木が満開の花を咲かせている。


 桜の枝が、生きているように震える。環は一瞬驚いたが、この町は天使が植物であることを思い出した。舞い散った花びらが、左手にある屋敷の中へと入っていく。

 環は、自分の家よりも広そうな玄関から、中をうかがう。


「おはようございます」


 中は、豪華な居住まいに似つかわしくなくとっ散らかっていた。色とりどりの服や布、木のおもちゃや書物が散乱している。


「おお、環、すまんのう散らかっておって」


 慌てた様子でヘレヌがやってくる。昨日とは打って変わって、紫色の服を着ていた。天女の服のように袖と裾が長く、藍色のショールのようなものをまとっている。刺繍はないが、生地にしこまれた金糸がきらきらと光ってさりげなく派手だ。


「さ、上がってくれ。散らかっておるが、椅子の周りだけは綺麗なままだぞ。そうだ!お茶を用意しよう。私らだけだと飲まんからの。ああ百年ぶりではなかろうか、お茶など飲むのは。嬉しいのう」


 息つく間もなくしゃべる。見た目はまさに天女のように美しいのに。くらくらするようなギャップだ。

 窓際の、大きな机の前に座る。草木模様の木枠の窓には、色ガラスがはめられていた。


「お茶は柳の天使がれてくれるんじゃ。探してみたら、お菓子もあったぞ」


 にこにこ顔で、お皿に団子をのせて持ってくる。


「もしかして、忙しいときに来ちゃいましたか?」


「いや、別に忙しくはない。普段はとっても綺麗なんじゃよ?私たちは天使に身の回りのことをさほど手伝ってもらえないのに、家の綺麗さでいったらあの世イチなんだが、そしてそれを見てもらいたかったのだが、ちょっと事情があってな」


 嫌な予感がした。


「……武器が見当たらないとかですか?」


「ギクリ。いや、どこにしまったか分からないとかではないよ決して。お、おぬしをもてなすために、ゲームを探しておったのだ。日本人はカルタ好きであろ?それをやろうと思って」


「あっちにもぶきなかった」


 ティエラが不安そうな顔でやってくる。ヘレヌと同じ紫の、童子の服を着ていた。


「ほらぁ~やっぱり無いんじゃないですか」


「あははは」


「笑ってごまかさないでください」


「まあ、どこかには必ずあるのだ。少なくとも、この町のどこかには」


「町中から探したら、めちゃくちゃ時間かかるじゃないですか!」


「せっかく武器を用意して褒めてもらおうと思ったのに、怒られてしもうた」


 ヘレヌが大袈裟に顔を覆う。


「私、もう疲れた」

「まだ、さがしてないへや、あるよ」

 ティエラがヘレヌの袖を引っ張る。


「だって疲れたんだもん」

「はやすぎる」


 どちらが子供なのか分からない。


「私も探しますから。どんな武器なんですか?」


「輪っかの武器じゃ。金色での。琥珀こはく色の石がはまっておる」


 環は目を見開く。まさに同じ特徴を持つ輪が、ヘレヌのかんざしの飾りについていた。


「もしかして、それですか」


 環の視線にハッとして、ヘレヌはかんざしを取る。


「こ、これじゃ!まさに!」


 かんざしを軽く投げ上げると、バレーボールほどの大きさの輪に変化する。


「そうだ、なくさないよう髪にさしておったのだ。すっかり忘れておった」


「もう」

 ティエラが頬を膨らませる。


「ティエラこそ、毎日私のかんざしを見ておるのに。私なんか鏡見とるときにしか見んのだぞ」


「ヘレヌ、まいにち、なんかいも、かがみみてる」


「そりゃ、美しいのだから見んと損であろうが」


「なるしすと」


「そ、そんな言葉、どこで覚えたんか」


「ヘレヌの日記」


「み、見たのか!私の日記を!」


「だって、おきっぱなしだから」


「これからはティエラの分からんところにしまうからの!人の日記を勝手にみたらいかんぞ!」


「あのー……」


 見かねた環が割って入る。


「す、すまん。お見苦しいところを」


 ヘレヌが照れ笑う。


「さ、改めまして」


 姿勢を正すヘレヌに、環も背筋を伸ばした。


「これが第六の町の武器、ダクティリオスじゃ」


 この二人には似つかわしくなく、ゴツい名前だ。差し出されたダクティリオスを、両手で受け取った。


投擲とうてき武器で、狙ったものを砕いてくれる。使わんときは首からかけておきや」


 幼いころに遊んだ輪投げを思い出す。他の武器に比べて、直感的に使えそうだった。


 環がダクティリオスを首からかけると、輪は肩の上の位置で浮かんだ。動いてもしっかりついてくるので、ドローンを身に着けているような気持ちになる。


「ありがとうございます」


「そうだ!散らかしてしまったことだし、おぬし服を変えていかんか?ここには古今東西の色んな服がそろっておる。全てタンスから出しておるから、見放題だぞ」


「だしているんじゃなくて、だしちゃったんでしょ」

「うるさいのう」


 ヘレヌの案内にしたがって、服を見る。あの世の服屋よりも、ずっと多くの服があった。古い服ばかりかと思いきや、Tシャツやジーパンもそろっている。だがどれも少しだけ古めかしい。


 にぎやかな古着屋のようで楽しいが、環のコーディネートはすぐに決まった。


「これにします」


 黒いタートルネックの長袖Tシャツに、同じく黒いスキニージーンズ。編み上げの黒いロングブーツ。ピストルのホルダーも黒でそろえて、全身を黒で固める。金色の六つの武器が、より一層目立っていた。


「地味になったのに、派手になったのう」


「どっちですか」


「今から戦うという、覚悟を感じる。なかなか似合っておるし、武器が非常にスタイリッシュに見えるぞ。まあ、私には及ばんがのう」


 ヘレヌが腕組みをしてうなずく。横でティエラが同じようにうなずいた。


「さ、着替えたところでお茶を……」


「せっかくですが、私はもう行きます」


「……そうか」

 寂しそうだが、ヘレヌは引き留めなかった。


「ふたりで、のもう」


「そうだのう。片付けが待っているから、休憩の前借りといこうか」


 環は思わず吹き出す。


「なんですかそれ」


「のんびりいこうという心構えだ。おぬしが次、ここへ来るときはおしゃべりできんだろうが……楽しみに待っておるよ」


「がんばってね」


 ティエラが、小さな手を振った。


 環は、二人に見送られて門を出る。


「川を下っていけば、第七の町に着く。最後の町の女神は、全ての魂の母。無礼がなければ慈悲をくれよう」


「はい。ありがとうございました」


 深く一礼すると、黒づくめの環は空へ舞い上がる。


 すっかり使い慣れたタラリアを飛ばして、最後の町へと向かった。


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