武器喪失?
神々の家は、思った通り豪奢なものだった。
石造りの立派な門をくぐると、広い庭が広がる。池のほとりには東屋があり、ティエラが遊んだ後なのか竜の人形が並んでいた。東屋の横では、桜の木が満開の花を咲かせている。
桜の枝が、生きているように震える。環は一瞬驚いたが、この町は天使が植物であることを思い出した。舞い散った花びらが、左手にある屋敷の中へと入っていく。
環は、自分の家よりも広そうな玄関から、中をうかがう。
「おはようございます」
中は、豪華な居住まいに似つかわしくなくとっ散らかっていた。色とりどりの服や布、木のおもちゃや書物が散乱している。
「おお、環、すまんのう散らかっておって」
慌てた様子でヘレヌがやってくる。昨日とは打って変わって、紫色の服を着ていた。天女の服のように袖と裾が長く、藍色のショールのようなものをまとっている。刺繍はないが、生地にしこまれた金糸がきらきらと光ってさりげなく派手だ。
「さ、上がってくれ。散らかっておるが、椅子の周りだけは綺麗なままだぞ。そうだ!お茶を用意しよう。私らだけだと飲まんからの。ああ百年ぶりではなかろうか、お茶など飲むのは。嬉しいのう」
息つく間もなくしゃべる。見た目はまさに天女のように美しいのに。くらくらするようなギャップだ。
窓際の、大きな机の前に座る。草木模様の木枠の窓には、色ガラスがはめられていた。
「お茶は柳の天使が淹れてくれるんじゃ。探してみたら、お菓子もあったぞ」
にこにこ顔で、お皿に団子をのせて持ってくる。
「もしかして、忙しいときに来ちゃいましたか?」
「いや、別に忙しくはない。普段はとっても綺麗なんじゃよ?私たちは天使に身の回りのことをさほど手伝ってもらえないのに、家の綺麗さでいったらあの世イチなんだが、そしてそれを見てもらいたかったのだが、ちょっと事情があってな」
嫌な予感がした。
「……武器が見当たらないとかですか?」
「ギクリ。いや、どこにしまったか分からないとかではないよ決して。お、おぬしをもてなすために、ゲームを探しておったのだ。日本人はカルタ好きであろ?それをやろうと思って」
「あっちにもぶきなかった」
ティエラが不安そうな顔でやってくる。ヘレヌと同じ紫の、童子の服を着ていた。
「ほらぁ~やっぱり無いんじゃないですか」
「あははは」
「笑ってごまかさないでください」
「まあ、どこかには必ずあるのだ。少なくとも、この町のどこかには」
「町中から探したら、めちゃくちゃ時間かかるじゃないですか!」
「せっかく武器を用意して褒めてもらおうと思ったのに、怒られてしもうた」
ヘレヌが大袈裟に顔を覆う。
「私、もう疲れた」
「まだ、さがしてないへや、あるよ」
ティエラがヘレヌの袖を引っ張る。
「だって疲れたんだもん」
「はやすぎる」
どちらが子供なのか分からない。
「私も探しますから。どんな武器なんですか?」
「輪っかの武器じゃ。金色での。琥珀色の石がはまっておる」
環は目を見開く。まさに同じ特徴を持つ輪が、ヘレヌのかんざしの飾りについていた。
「もしかして、それですか」
環の視線にハッとして、ヘレヌはかんざしを取る。
「こ、これじゃ!まさに!」
かんざしを軽く投げ上げると、バレーボールほどの大きさの輪に変化する。
「そうだ、なくさないよう髪にさしておったのだ。すっかり忘れておった」
「もう」
ティエラが頬を膨らませる。
「ティエラこそ、毎日私のかんざしを見ておるのに。私なんか鏡見とるときにしか見んのだぞ」
「ヘレヌ、まいにち、なんかいも、かがみみてる」
「そりゃ、美しいのだから見んと損であろうが」
「なるしすと」
「そ、そんな言葉、どこで覚えたんか」
「ヘレヌの日記」
「み、見たのか!私の日記を!」
「だって、おきっぱなしだから」
「これからはティエラの分からんところにしまうからの!人の日記を勝手にみたらいかんぞ!」
「あのー……」
見かねた環が割って入る。
「す、すまん。お見苦しいところを」
ヘレヌが照れ笑う。
「さ、改めまして」
姿勢を正すヘレヌに、環も背筋を伸ばした。
「これが第六の町の武器、ダクティリオスじゃ」
この二人には似つかわしくなく、ゴツい名前だ。差し出されたダクティリオスを、両手で受け取った。
「投擲武器で、狙ったものを砕いてくれる。使わんときは首からかけておきや」
幼いころに遊んだ輪投げを思い出す。他の武器に比べて、直感的に使えそうだった。
環がダクティリオスを首からかけると、輪は肩の上の位置で浮かんだ。動いてもしっかりついてくるので、ドローンを身に着けているような気持ちになる。
「ありがとうございます」
「そうだ!散らかしてしまったことだし、おぬし服を変えていかんか?ここには古今東西の色んな服がそろっておる。全てタンスから出しておるから、見放題だぞ」
「だしているんじゃなくて、だしちゃったんでしょ」
「うるさいのう」
ヘレヌの案内にしたがって、服を見る。あの世の服屋よりも、ずっと多くの服があった。古い服ばかりかと思いきや、Tシャツやジーパンもそろっている。だがどれも少しだけ古めかしい。
にぎやかな古着屋のようで楽しいが、環のコーディネートはすぐに決まった。
「これにします」
黒いタートルネックの長袖Tシャツに、同じく黒いスキニージーンズ。編み上げの黒いロングブーツ。ピストルのホルダーも黒でそろえて、全身を黒で固める。金色の六つの武器が、より一層目立っていた。
「地味になったのに、派手になったのう」
「どっちですか」
「今から戦うという、覚悟を感じる。なかなか似合っておるし、武器が非常にスタイリッシュに見えるぞ。まあ、私には及ばんがのう」
ヘレヌが腕組みをしてうなずく。横でティエラが同じようにうなずいた。
「さ、着替えたところでお茶を……」
「せっかくですが、私はもう行きます」
「……そうか」
寂しそうだが、ヘレヌは引き留めなかった。
「ふたりで、のもう」
「そうだのう。片付けが待っているから、休憩の前借りといこうか」
環は思わず吹き出す。
「なんですかそれ」
「のんびりいこうという心構えだ。おぬしが次、ここへ来るときはおしゃべりできんだろうが……楽しみに待っておるよ」
「がんばってね」
ティエラが、小さな手を振った。
環は、二人に見送られて門を出る。
「川を下っていけば、第七の町に着く。最後の町の女神は、全ての魂の母。無礼がなければ慈悲をくれよう」
「はい。ありがとうございました」
深く一礼すると、黒づくめの環は空へ舞い上がる。
すっかり使い慣れたタラリアを飛ばして、最後の町へと向かった。