生まれ変わること
シュタインは、前世のことを語り始めた。
前世では、ドイツに生まれたらしい。平々凡々に暮らしてはきたが、だからこそこれまでの人生のフラッシュバックが強くなり、最も苦しみが強かったという。
それより前の人生では、生後四日で死んだこともあったそうだ。あまりにも短い人生の場合、魂は第七の町へ直行するらしい。
他にも王の後継者争いに巻き込まれたこと、身分違いの恋に駆け落ちのすえ心中したこと、愛娘が国民的スターとなった結果悲惨な死に方をしたことなど、次々と語っていく。
当時暮らしてきた場所の様子や文化なども、シュタインは事細かに覚えていた。人の過去として聞くには劇的すぎるストーリーとあいまって、濃厚な映画を見たような心地になる。
「すごいですね……」
環は感嘆をもらす。黄昏どきになり、空の端が淡い桃色に染まっている。
「信じてくれるんですか」
シュタインは目を丸くしていた。
「そりゃ、こんなところで嘘を言うとは思えませんし。それに、あまりにも短い人生だと第七の町にそのまま行けるって、あの世のことを覚えてないと言えないことですよ。魂に収納しなくちゃいけない記憶も、裁く罪もないわけだし、納得です」
「そうですか……。それにしても、やけにあの世のことに詳しいですよね。僕よりここに来ているようだ」
「あちこち駆けめぐってきましたから」
環は苦笑をこぼす。
「よかったら、あなたのことも聞かせてもらってもいいですか。第六の町であなたのようにしゃべれる人と出会ったことがありません」
「もちろん」
ランタンに灯がともる。空に輝く天の川が、地上の川に映っていた。ランタンの光がいくつもの月のようで、川に賑やかな夜空ができる。誘われるように、何人もの死者たちが川へ飛び込んだ。
光の中を揺蕩う魂たちを見送りながら、環はこれまでの物語を話す。シュタインは相槌を打つだけで、何も言わずに聞いていた。
「あなたも、なかなか奇特な目に遭ってきたんですね」
話終えると、ポツリとこぼす。
「だから、僕の話も馬鹿にせず聞いてくれたんだ」
「そうかもしれません。もしこんな風にならなければ、嘘をついてるとか思ったかも」
「僕は、ずっと自分の悩みを聞いてほしかったんだと思います。でもまともに取り合ってくれる人はいないし、やっと聞いてくれたと思ったらメディアに売ろうとして聞いているだけで。孤独でした」
シュタインが両手を強く握り合わせる。
「僕にはやっぱり、人間の醜いところばかりが見えます。でもそれは、自分がこれ以上傷つかないためには仕方ないことなんですよ。防衛本能です。それでも、それでもですね、あなたのように話をきちんと聞いてくれる人がいるっていうのは、なんというか……嬉しかったです」
照れているのか、暗くてよく見えないのに顔を背ける。
不意に空が白み始める。この町の夜は短いのだろう。天の川が朝の空に溶け、ランタンの灯が消える。
飛び込む人もいなければ、町を歩く人もいない。この町で最も静謐なのが、夜明けの時間帯なのかもしれない。
「僕もう、行こうかな」
シュタインがポツリと言う。
「記憶は消えていないんですけど、次の町に行くと自動的に生まれ変わってしまうんです。だから、この町で足踏みしていました。でも、あなたが無事に体を取り戻せたら、僕は来世であなたと同じ時代に生きることができるんですよね」
「そうですよ。私、楽しみですもん。あの世で会った人と再会できるかもしれないって」
前の町で、光と約束したばかりだった。
「会えるかどうかは分からないけど、あなたが世界のどこかにいるなら、前よりはマシな気持ちで生きていけそうです」
シュタインが立ち上がる。
「夜見さん、ありがとう。いつかまた会いましょう」
「はい。私も、絶対に、体を取り戻しますから」
シュタインは微かに笑って、川に飛び込む。環は立ち上がり、川面をのぞきこんだ。
記憶があっても、川は人の形を溶かすもののようだった。彼は他の人と同じように、餅のようになっていた。
環には、顔をなくしたシュタインが笑っているように見えた。心地よさそうに、清澄な朝を映した川を泳いでいく。
これから始まるのは、新しい人生のようで、そうでない。魂が築き上げてきたたくさんの因果が、新たな顔をして待ち受けている次のステージ。
やってくる朝を見上げて、環はシュタインの安らかな未来を思う。記憶が彼を苦しめるものではなく、引き立ててくれるものになることを願いながら。
「私も、はやく帰ろう」
環は、シュタインとは逆の方向へと歩き始めた。




