光
環は穴から舞い上がりカフェに戻る。客や光、天使たちが、目を丸くして環を見上げていた。
それにも構わず、床に降り立った環は天使に詰め寄る。
「この町の神はどこにいるの?」
「リ、リディナ様は、一番高い塔にいらっしゃいます」
『馬鹿ですね。何を正直に答えているんですか』
「今から、そっち行きますから!」
天井を睨む。それからすぐに、光に向き直った。
「光さん、情けないところばかり見せてしまってごめんなさい。私、もう大丈夫です。声をかけてくれて、本当にありがとう。おかげで救われました」
「そうかい」
光は目を細める。
「強がりではなさそうだって、顔を見りゃ分かるよ。私には事情がさっぱり分からないけど、行っておいで!」
「ありがとうございます!」
頭を下げると、勢いよくカフェを出る。
『ま、待ちなさい!天使たち、そこの小娘を捕らえなさい!』
商店街に神の言葉が響き渡る。普段下されることのない命令に、天使たちはきょとんとして動かない。
「え、その子、悪いことしたんですか?」
「それなら私たちにも分かるはずだけどなあ」
「リディナ様の指示で動いたことってないのに」
「それなら、私たちに分からないような悪いことをしたんじゃない?」
『そそそ、その通りです!』
「嘘を言うな!悪いことをしたのはあんたの方でしょ!」
環は走りながら大声で言う。天使たちは混乱し、動きかねているようだった。
「まあ、とりあえず、捕らえておいた方がいいんじゃないか」
「そ、そうだね」
戸惑いながらも、一部の天使たちが環を追いかける。ただ文化系天使たちの着る裾の長い服では、環に追いつくことができない。空から捕まえようとする天使を交わして飛び上がる。天使たちは飛んで追いかけてくるが、タラリアの方が速かった。
アーケード街を抜け、図書館の前に戻る。
「あの塔ね」
遠くに霞んでいる巨大な塔が、一番高かった。
「待ってなさい!」
青空へ飛び込むように、飛び出した。
『ま、待ちなさい!ここへ来てどうしようというのです?神である私を殴ったら、さすがに許されませんよ。それに、武器だって絶対に渡しませんし!』
「そんなこと要求しないわ。クレームを言いにいくだけよ」
小売店で働いていると、たびたび現れる嫌な奴ら、クレーマー。
おそらく奴らは、自分なりの正義を遂行しているのだ。環はなぜか今そう理解していた。だからといって許しはしないが、利用することはできる。
クレーマーの言うことといえば、相場は決まっていた。
「責任者を呼んで!」
『責任者ぁ?』
「私だって知ってるのよ。神様の上の存在がいて、あの世の神様をジャッジしてるって」
――職権乱用をすれば上位存在に消してもらえるから
第二の町の前の神、ナルディラの言葉だった。
「訴えてやる!私のこと処刑場で消そうとしてましたって!」
クレーマーたちへの対応が、こんなところで役に立つとは思わなかった。理不尽な言葉を浴びてきたおかげで、迷わず言葉が出てくる。
『わ、私が呼べるようなお方ではないのですよ』
明らかにリディナがうろたえている。
「じゃあ聞いてもらえるまで叫んでやる!他の町の神に言うことだってできるし、天使たちに言いふらすこともできる」
回れ右をして、アーケード街に向かう。
「やってやるから!」
やっと環の本気を覚ったのか、リディナは長い溜息をつく。
『分かりました。私の負けです』
目の前に、光の玉が現れる。中で金色のあぶくが立つと、細身の拳銃が現れた。
『この町の武器、ピストリです』
環は、拳銃を手に取る。
アンティーク調の、鈍い金色をした銃身に、繊細な草木の模様が彫り込まれている。引き金だけ色が異なり、この町の空のような水色をしていた。
環は図書館前に降り立つ。塔の方を見て、頭を下げた。
「ありがとうございます」
『武器、あげましたから。さっさと汽車に乗って、この町を出なさい』
美声でそっけなく言う。以降、神の声が聞こえてくることはなかった。
□
環は、駅のホームで次の町へ行く汽車を待っていた。隣には光がいる。遠くから見守ってくれていて、駆けつけてくれたのだ。
屋根のないホームからは、幻想的な町の風景が見えている。穏やかに浮かぶ雲、ゆったり飛ぶ天使に、色とりどりの花々。
「環ちゃん、頑張ってくれよ。魔物と戦うなんて、私にゃ怖くて仕方ないけど」
「絶対取り返します。私の体なんだから、私の魂が入ってないとおかしいんで」
「見違えたねえ。ピストルも増えて本当にガンマンみたいだし」
環はベルトにピストリを挟んでいた。
「光さんは、どんな来世にするんですか」
「どうしようかねえ。また、猫を飼って、好きな人とのんびり暮らせたらいいわね。この町みたいに、花が綺麗で、穏やかな人たちが住んでる所でさ」
「いいですね。とっても」
陽だまりで、旦那と猫と共にうたた寝をする光が、目に浮かぶようだった。
「図書館で色々調べたら、欲が湧いてしまいそうだけどね。環ちゃんみたいに、カッコよく生きていくのもいいかもしれない」
「わ、私なんか、全然」
「きっと、後から思い返して、あのときの私カッコよかったなっていうときがくるよ。今の環ちゃんは、輝いてるから」
光が、環の背中をポンポンと叩いた。
汽笛が聞こえる。次の町へ向かう汽車が、ゆっくりとやってきた。
「光さん」
環は、しっかりと目を見た。
「本当にありがとうございました。話を聞いてくれる人がいなかったら、前に進めなかった」
「こちらこそ、ありがとうね。まさか、死んだ後に、素敵な出会いがあるなんて思わなかったよ」
茶目っ気たっぷりにウインクをする。
「私が生まれ変わったとき、また会えたら嬉しいよ」
「光さんみたいな人がいないか、探しますから。絶対」
二人は、別れの握手を交わした。
汽車がホームに止まる。穏やかな顔をした死者たちが乗り込んでいく。環が最後に乗り込むと、汽車が発進した。
環は窓から身を乗り出す。
「また、会いましょう!」
「うん!頑張るんだよ!自信を持ってね!」
二人はお互いが見えなくなるまで、その手を振り続けた。




