来世ライブラリ
駅のホームを出ると、巨大な建物が目に飛び込んできた。
ガラス張りのドームで、所々ツタが這っている。天井はなく、天使が出入りしていた。
黄色い階段を上ると、よく整備された庭に入る。小道の脇にはあふれるように青い花が咲いている。花のない場所は芝生になっており、うたたねをしている人がたくさんいた。
先ほどの天使が言っていたように、若い人ばかりだった。第四の町で魔物と戦う中で、記憶の収納が進むのだろう。第三の町に若者は少なかった。
道を進むにつれ、庭で寝転がる人が増えていく。この世に図書館の庭で寝ている人がたくさんいれば異様な光景だが、不思議なことに気にならない。猫を見ているような気分だった。
「猫みたいでなんだかかわいいねえ」
光が目を細める。ひだまりで猫を愛でているような笑顔だった。
「私も同じこと考えてました」
「私はねえ、猫を飼ってたんだよ。先に旅立ってしまったけど、あの子もこんな風にゆったり過ごしていたって思うとほっこりするね」
光にとって、猫との思い出は、忘れがたいものなのかもしれない。だから記憶から消えずに残っているのだ。環はうらやましくなった。自分が次にここへくるとき、きっとさっきまでのひどい出来事のことを覚えているに違いなかった。
鬱々とした気持ちで図書館に入る。中は吹き抜けになっており、壁にはびっしり本が敷き詰められていた。一階部分は自習スペースのように机が並んでおり、皆熱心に書き物をしている。ゆっくり歩いている天使に質問をしている人もいて、まるで学習塾のようだった。
「久し振りに図書館に来たよ」
光がしみじみと本棚を眺める。
「好きだったんですか?」
「私じゃなくて、年の離れた弟が本好きでねえ。よく図書館に送り迎えしたもんだ」
「弟さんのことは、まだ覚えているんですね」
「不思議なことにね。今の私には、後悔とか嫌な思い出とか、そういうのがないんだよ。昔の良かったことだけで、ふわふわあったかい気持ちさ」
「いいですね……」
環はため息とともに呟いた。
「来世ライブラリへようこそ」
黒髪をクルクル巻いた天使が二人の顔をのぞきこむ。
「ご利用は始めてですよね」
「はい」
「この町では、来世はどんな風に生きるのかを決めていきます」
「えっ、勝手に決めていいのかい」
「もちろんです」
天使が微笑む。
「ですが、願望が叶うかどうかはその人の魂のエネルギー次第です。生まれ変わりの願望が多く、要求が高くなるほど、魂のエネルギーが必要になってきます。それに対してエネルギーが足りないと、中途半端な人生を送ることになってしまので注意が必要です」
「魂のエネルギーってのは、体力みたいなもんなのかい」
「そうですね。魂は負の記憶をなるべく早く収納しようとするので、たくさんのエネルギーを消費してしまいます。あなたは負の記憶は少ないようなので、エネルギーが有り余っています。多少の高望みは可能なはずですよ。詳しくは、このライブラリの本を開いてみてください。あなたが手に取った本が、あなた自身に必要なことを教えてくれます」
「へええ。ありがとうね」
ちょこんと頭を下げると、天使はすぐに別の人へ同じ説明を始めていた。
「なるほどねえ。じゃ、とりあえず上まで行ってみるかい?景色も気になるしねえ」
「あの、実は私、まだ死んでないんで……」
「死んでない?」
光は目を白黒させる。
「実は色々ありまして、月の魔物に体を奪われてるんです」
「魔物!?」
「あらら?図書館でおしゃべりはご法度でしてよ」
ど派手な巻き髪の天使が、優雅に割り込んでくる。
「す、すみません」
「あちらの、逆側の出口に向かいなさいませ。まっすぐ進めば商店街がございます。おしゃべりはそちらで楽しみなさいな」
演技がかった調子で、奥の出口を指し示す。二人は自習スペースをぐるっと回って、図書館から出た。