魔物たち
扉の向こうの洞窟に、灯はなかった。しかし薄明るい。神の間と同じように、岩壁そのものが発光しているようだった。
背後で鉄の扉が閉まり、高密度の静寂が降りる。ヒネをちらりと見ると、じっと環の足元を見つめていた。
「かわいい靴だね。羽生えてる」
「あ、ありがとう」
「飛べるの?」
「うん」
「ブーツに輪っかがくっついてて、そこから羽が出てるんだね」
観察眼の鋭い子なのかもしれない。
「ピアスもかわいい!めぐるんおしゃれだね。死んだときにつけてたの?」
「これは、武器なんだ。何をしてくれるかっていうとね……」
――戦闘において必要なことを、脳に直接伝えてくれるアイテムだよ。魔物の弱点とか、どこから攻撃がくるかとか。守るべきか攻めるべきかってことも。石に触ると発動する
青田の言葉を思い出す。環はそのままヒネに説明した。
「え、すごい!じゃ、さっき女神様が言ってた知恵ってことだね。羽はブーツなでしょ。じゃ、鎧は?」
「このバングルだよ」
環は袖をめくってみせる。
「かーっこいい!」
ヒネは目を輝かせる。
「でも、それが鎧になるの?」
「私も、使ったことがないから分からないんだけど、攻撃を跳ね返してくれるみたい」
「この石が何かしてくれるのかな」
ヒネが、金のバングルにはまった白い楕円の石を指さす。
「どうだろう。分からないけど、武器には全部石がはまってるから、そうかもしれない」
「へえ。じゃ、そのネックレスも?」
「ああ、これは武器じゃないよ」
すっかり存在を忘れていた。
「あの世の入り口の神様と通信できるんだ」
「すごーい!色んな神様に助けてもらってるんだ!」
「そうだね」
改めて考えると、ありがたいことだ。
「にしても、めぐるん大変な目に遭ったんだね。月の魔物は人を食べるとかさっき言ってたけど、心配になっちゃうね」
「私の体は食べられないって言ってたけど」
じゃあ、夏生は?
ふと浮かんだ疑問に、怖気が走る。
周りの人間を食べていく算段ではないのだろうか。魔物が大口を開けるイメージが浮かんで、腕をさすった。以前この世へ降りたとき、夏生は環の姿をした魔物に何の疑いも持っていないように見えた。
まずいかもしれない。
「どうしたの?」
表情をこわばらせた環を、ヒネがのぞきこむ。
「いや、月の魔物に、彼氏が食べられるんじゃないかと思って」
「そっか、めぐるんに取り憑いて、周りの人を食べるかもしれないってことね」
「どうしよう」
「じゃ、早いとこ剣をゲットしようよ!なんか魔物も出てこないし!」
いつのまにか蛇はいなくなり、ただの静かな洞窟になっている。ただ、入口よりも壁から張り出す岩が増えていた。死角が多くなり、環は緊張する。
「いやいや~!お待ちしてましたよ~!」
岩陰からぞろぞろと現れた人影に、環はギョッとした。
皆、人間に見えた。だが、何かがおかしい。
「やっぱり神のご加護は眩しいなぁーッ!」
「あなたが夜見環さんですねえ!」
「神の武器とやらを、私たち魔物にも拝ませてくださいよ!」
近づくごとに、分かる。魔物たちは不完全な人間の姿をしていることが。
神が人間を極限まで整えた形をしているのならば、魔物は人間を崩した形をしているものなのだ。目が縦に並んでいる魔物、鼻がくぼんでいる魔物、単に顔色が悪いだけの魔物もいるが、笑顔には底知れぬ不自然さがある。
単に化け物が出てくる方が、まだ良かった。環は恐怖に声が出ない。人間のようで人間でないものとは、こうも不気味なものなのか。
「あれ、どうしたんですかあ」
「まさか、我らが怖いとか」
「神に守られているのに」
魔物たちは顔を見合わせる。
「月の魔物はこんなもんじゃありませんぞ」
「お前さんには倒せんかもしれませんなあ」
「じゃ、武器はいらんということになりますな」
ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
「哀れな我々に、貸してくださいな」
「あなたよりももっとうまく、使ってみせますから」
「エネルギー補給にちょいと魂も食べさせてくれませんかね」
「神の力に、人間の魂……」
「こりゃ、簡単に力を取り戻せるかもしれんなあ」
陰気な笑い声が広がる。
「かかれーっ!」
合図と共に、魔物たちが環に殺到した。




