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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春原沙羅
第四章 サイフォス<剣>

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魔の手

「かかれーっ!」

 合図と共に、魔物たちが環に突っ込んでくる。


 環は恐怖に硬直し、少しも動けなかった。

 魔物の拳が環に迫る。反射的にぎゅっと目を瞑った。


「うわっ!」


 目を開けると、魔物が吹っ飛ばされている。


「なぜ近づけない?」

「神の力だ。気をつけろ」


 ――あなたに物理的な危険が及んだとき、攻撃を跳ね返してくれます


 パノプリアの説明をするタヒトゥスを思い出す。


「そ、そういう、ことね」

 ようやっと、声が自由になる。


「どれだ。何が攻撃をはじくんだ」

「片っ端から奪ってみろ」

「バカ。近づいたらお前もあいつと同じ目に遭うぞ」

「めぐるん、腕輪隠して。鎧が奪われたら大変」


 ヒネがこっそり耳打ちする。


「腕輪が鎧の役割を果たす、という情報が聞こえましたが」


 顔と同じ大きさの耳を持つ魔物が言う。


「でかした!」

「腕輪を奪え!」

「一斉にかかればいけるだろ!」


 環はパノプリアを抑えながら、必死に飛び上がる。もはや、天使をイメージしながら……という余裕もない。逃走本能が、翼の使用を可能にしていた。

 ただ、うまく飛び上がれない。魔物たちの手がギリギリ届く高さを、フラフラと飛んでいた。


 一瞬、靴の裏に魔物の手が触れる。環はヒヤッとする。攻撃は防いでくれるが、単なる接触は防いでくれないのだ。

 ということは、「腕輪を奪う」という行為も、パノプリアは攻撃だと認識しないかもしれない。


 焦りが募る。集中を欠くとバランスを失う。今度はタラリアを奪われる恐怖が芽生える。


「靴に羽生えてる!」

「靴を脱がせ!」


 魔物たちはしつこく追ってくる。

 どうすればいい。環は誰かに問いたくなる。


「!そうだ」


 ソピアに聞けばいいのだ。


 ピアスの石に触れる。


『スピードを上げてください。高く飛ぶよりも容易な対応です。自転車を漕ぐときをイメージしてください』


 無機質な声が響く。

 言われたとおり、自転車を立ちこぎするときのように、前傾姿勢になる。空中を踏み込むと、グンとスピードが上がった。


「す、すご」


「待てー!」

「急に速くなったぞ!」

「おい!後衛隊!今だ!」


 岩陰からサッと出てきた魔物の手から、網が放たれる。


「うわっ!」


 環はひっかかり、地面に叩きつけられる。


「でかした!」


 しかし後衛の魔物はパノプリアの威力を知らない。容赦なく環を踏みつけようとして、あっけなく吹っ飛ばされた。


『落ち着いて、勢いよく、地面を蹴ってください』


 無我夢中で指示に従う。今度は大きく飛び上がることができた。


『いい調子です。その高さをキープしましょう。スピードは上げてください』


 下からの攻撃に怯えながらも、環はスピードを上げる。下から攻撃が飛んできていたが、それも分からなくなる。パノプリアのバリア機能が優秀なためでもあり、目で追えないほどの速さで飛んでいるためでもあった。


 ヒネは大丈夫だろうか。心配すれど、振り返る余裕はない。なるべく早く止まって彼女を待とう。環はソピアに触れる。


「魔物はもう、下にいない?」

『はい。半径十メートル以内には確認できません』


 スマホの音声アシスタント機能のようだと思いながら、環は地面に降り立つ。一本道のため迷う心配はないが、魔物に襲われていないか心配だった。


「ヒネちゃんは大丈夫?」


 思わずソピアに尋ねる。


『はい。問題ありません。なぜなら彼女は……』


「見つけたぞー!」

「えっ!!!」


 ギョッとして振り返ると、ヒネが無邪気に笑っていた。


「引っかかったー!」

「ちょ、やめてよねそういう冗談は!」

 思わず大きな声が出る。


「ごめんごめん。こんな絶好のタイミングないなって思って」


 全く反省していなさそうだった。


「ごめんついでに、さっきはアドバイスしたつもりが、逆効果だったみたい。ごめんね」

「ああ……」


 ヒネが「腕輪を守れ」というのが魔物に聞かれたために、一斉に襲われたのだった。


「あんなに耳がいい魔物がいるなんて、びっくりだよね。耳が顔と同じくらいあったよ」


 ヒネが両手で顔の横に耳の形を描く。


「他にはどんな魔物がいるのかなあ」

 歌うように言って、歩き始める。


「どうしてそんなに楽しそうなの?」


 環も後ろに続く。岩陰から魔物が飛び出してくるのではないかと恐れながら。


「だって、めぐるんの武器、面白いんだもん。ねえ、そのピアスはどうやって使うの?」


「これは、触って指示をするの」

 そうだ、とピアスの石に触れる。


「魔物が近づいたら、教えて」

『承知しました。半径十メートルに近づいてきたら、警告いたします』

「今、聞こえた?私が聞いたことに答えてくれるんだよ」

「ふうん」


 ジッとピアスを見上げる目に、環は少したじろぐ。年下の少女とは思えない、底知れぬ瞳をしていた。


「そ、そういえば、ここに来るまで魔物に襲われたりしなかった?」


 視線をさりげなく断ち切りながら、歩き出す。


「うん!やっぱ私は善行少女だったからさ、全然かかってこなかったよ!眩しいんだろうね」


 と、少女らしい瞳に戻ってウインクをした。


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