魔の手
「かかれーっ!」
合図と共に、魔物たちが環に突っ込んでくる。
環は恐怖に硬直し、少しも動けなかった。
魔物の拳が環に迫る。反射的にぎゅっと目を瞑った。
「うわっ!」
目を開けると、魔物が吹っ飛ばされている。
「なぜ近づけない?」
「神の力だ。気をつけろ」
――あなたに物理的な危険が及んだとき、攻撃を跳ね返してくれます
パノプリアの説明をするタヒトゥスを思い出す。
「そ、そういう、ことね」
ようやっと、声が自由になる。
「どれだ。何が攻撃をはじくんだ」
「片っ端から奪ってみろ」
「バカ。近づいたらお前もあいつと同じ目に遭うぞ」
「めぐるん、腕輪隠して。鎧が奪われたら大変」
ヒネがこっそり耳打ちする。
「腕輪が鎧の役割を果たす、という情報が聞こえましたが」
顔と同じ大きさの耳を持つ魔物が言う。
「でかした!」
「腕輪を奪え!」
「一斉にかかればいけるだろ!」
環はパノプリアを抑えながら、必死に飛び上がる。もはや、天使をイメージしながら……という余裕もない。逃走本能が、翼の使用を可能にしていた。
ただ、うまく飛び上がれない。魔物たちの手がギリギリ届く高さを、フラフラと飛んでいた。
一瞬、靴の裏に魔物の手が触れる。環はヒヤッとする。攻撃は防いでくれるが、単なる接触は防いでくれないのだ。
ということは、「腕輪を奪う」という行為も、パノプリアは攻撃だと認識しないかもしれない。
焦りが募る。集中を欠くとバランスを失う。今度はタラリアを奪われる恐怖が芽生える。
「靴に羽生えてる!」
「靴を脱がせ!」
魔物たちはしつこく追ってくる。
どうすればいい。環は誰かに問いたくなる。
「!そうだ」
ソピアに聞けばいいのだ。
ピアスの石に触れる。
『スピードを上げてください。高く飛ぶよりも容易な対応です。自転車を漕ぐときをイメージしてください』
無機質な声が響く。
言われたとおり、自転車を立ちこぎするときのように、前傾姿勢になる。空中を踏み込むと、グンとスピードが上がった。
「す、すご」
「待てー!」
「急に速くなったぞ!」
「おい!後衛隊!今だ!」
岩陰からサッと出てきた魔物の手から、網が放たれる。
「うわっ!」
環はひっかかり、地面に叩きつけられる。
「でかした!」
しかし後衛の魔物はパノプリアの威力を知らない。容赦なく環を踏みつけようとして、あっけなく吹っ飛ばされた。
『落ち着いて、勢いよく、地面を蹴ってください』
無我夢中で指示に従う。今度は大きく飛び上がることができた。
『いい調子です。その高さをキープしましょう。スピードは上げてください』
下からの攻撃に怯えながらも、環はスピードを上げる。下から攻撃が飛んできていたが、それも分からなくなる。パノプリアのバリア機能が優秀なためでもあり、目で追えないほどの速さで飛んでいるためでもあった。
ヒネは大丈夫だろうか。心配すれど、振り返る余裕はない。なるべく早く止まって彼女を待とう。環はソピアに触れる。
「魔物はもう、下にいない?」
『はい。半径十メートル以内には確認できません』
スマホの音声アシスタント機能のようだと思いながら、環は地面に降り立つ。一本道のため迷う心配はないが、魔物に襲われていないか心配だった。
「ヒネちゃんは大丈夫?」
思わずソピアに尋ねる。
『はい。問題ありません。なぜなら彼女は……』
「見つけたぞー!」
「えっ!!!」
ギョッとして振り返ると、ヒネが無邪気に笑っていた。
「引っかかったー!」
「ちょ、やめてよねそういう冗談は!」
思わず大きな声が出る。
「ごめんごめん。こんな絶好のタイミングないなって思って」
全く反省していなさそうだった。
「ごめんついでに、さっきはアドバイスしたつもりが、逆効果だったみたい。ごめんね」
「ああ……」
ヒネが「腕輪を守れ」というのが魔物に聞かれたために、一斉に襲われたのだった。
「あんなに耳がいい魔物がいるなんて、びっくりだよね。耳が顔と同じくらいあったよ」
ヒネが両手で顔の横に耳の形を描く。
「他にはどんな魔物がいるのかなあ」
歌うように言って、歩き始める。
「どうしてそんなに楽しそうなの?」
環も後ろに続く。岩陰から魔物が飛び出してくるのではないかと恐れながら。
「だって、めぐるんの武器、面白いんだもん。ねえ、そのピアスはどうやって使うの?」
「これは、触って指示をするの」
そうだ、とピアスの石に触れる。
「魔物が近づいたら、教えて」
『承知しました。半径十メートルに近づいてきたら、警告いたします』
「今、聞こえた?私が聞いたことに答えてくれるんだよ」
「ふうん」
ジッとピアスを見上げる目に、環は少したじろぐ。年下の少女とは思えない、底知れぬ瞳をしていた。
「そ、そういえば、ここに来るまで魔物に襲われたりしなかった?」
視線をさりげなく断ち切りながら、歩き出す。
「うん!やっぱ私は善行少女だったからさ、全然かかってこなかったよ!眩しいんだろうね」
と、少女らしい瞳に戻ってウインクをした。




