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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第三章 タラリア<翼のブーツ>
37/63

 神殿は、この世にはないほど巨大な岩をくりぬいて作られていた。赤い岩の断面が、地層のようにグラデーションを描いている。壁のくぼみに置かれた灯が、四人の影を壁に長く伸ばした。


 行き交う天使たちの中には、ケニカのように灰色の翼の者がちらほらいる。皆和気あいあいとしており、第二の町の神殿よりも働きやすそうだと環は思う。

 神殿の最上階の、ひとつ下。断罪の間は、地方にある教会ほどのせまい部屋だった。


「ようこそ。断罪の間へ」


 一段高くなったところの立派な椅子に、ミニソウラスが腰かけている。その左右に十数人の天使が控えていた。皆、翼が灰色で女が多かった。なぜか露出の高い服を着ている天使が多い。


「浜本愛莉さんと、篠崎颯さんと、夜見環さんだね」


 三人は、自然と首を垂れる。ソウラスの頭上に、いくつもの白熱灯が下がっており、白い椅子に反射して神々しく見えた。

 ケニカが、居並ぶ天使たちを押しのけソウラスの横に立つ。


「じゃ、始めますか」


 ソウラスが眼帯を取る。環は眼帯の下を見てギョッとした。目があるはずの場所に、真っ黒い空洞があったのだ。


 窓の外から、光の礫が飛んでくる。無数のそれらが一直線に空洞の中へとびこむ。光が集まるごとに、ソウラスから光があふれていく。耐えきれず、環はギュッと目を閉じた。


 恐る恐るまぶたを開くと、椅子に座っていたソウラスが、偉丈夫に変わっていた。


「驚いたか?」

 声も深く、響き渡るような低さになっている。


 金の糸で幾何学模様があしらわれた白いインディアンポンチョに、銀細工の首飾り。往年の舞台俳優のような風格に、燃えるような茜色の長い髪が神々しい。


「この町は心中を裁く町。私は一人一人から話を聞き、断罪すべき魂を見定めている」


 呼ばれたということは、どちらかが裁かれるということなのか。心中を誘ったのは愛莉だから、もしかしたら……。環は落ち着かず目を泳がせる。


「私は無理心中を裁くと決めている。それは殺人とほぼ同義だからだ。一見して同意しているようでも、心の底では死にたくないと思っている場合も、無理心中に含んでいる」

 環は祈るように、手を固く握り合わせた。


「この点において、君たちは同意の上で心中を行ったと結論づけた」

 緊張しているのは二人も同じだった。ホッとした環と同時に、胸をなでおろしている。


「ただし、浜本愛莉よ。おぬしには自殺教唆の罪がある」


「えっ」

 環と愛莉が同時に顔を上げる。颯が、きまずそうに視線を落とした。


「そ、そんなこと、してません」

 声が震えている。

「SNSの書き込みを、忘れたとは言わせんぞ」

 ソウラスが愛莉を睨め下ろす。

「おぬしの書き込みで、自殺した者がいる」

「わ、私は自分の意見を書いただけで、死んでほしいなんて本人に言ったつもりは……」

「加害者にそのつもりがなくても、被害者はそう捉えられない。自殺教唆の典型的な例だ」

 厳しい視線が愛莉を貫く。


「今現在、自殺教唆は第二の町で裁かれる。だが転換期のため、おぬしのように裁きからもれた者が何人かいるのだ。だが、私はそういった者を逃しはしない」


「ま、待ってください」

 颯が立ち上がる。

「愛莉は、言葉がストレートなだけなんです。本人を傷つけるつもりはなかったんです。結果として死ぬことになってしまったけど……でも、他にももっとひどいこと言ってる人がいるはずで。愛莉に、決して悪意はないんです。もともと持ってる性質と、SNSの相性が悪かっただけで」


「そ、そうです!」

 慌てて環も起立する。

「愛莉は、言い返せない私のかわりに、言いたいことを言ってくれました。それに、私に真っ直ぐな言葉もくれた。だから、私は立ち上がれたんです。それが、ちょっと悪い方に向かっちゃっただけで」


「それで自ら死を選ぶことになった者の気持ちを、考えたことはあるか?」


「それは……」

 ――自殺教唆は、自殺をさせているようなものだから。『死ね』って言葉は、分かりやすく『生命の否定』だよね

 環は青田の言葉を思い出し、口をつぐむ。


「もっとあくどい言葉で自殺教唆をする者がいようと、元々持っている性質ゆえの行動であろうと、罪は罪。自ら死を選ぶほどに、他者を追い詰めるという大罪である」


 断罪の間に沈黙がおりる。

 やがて、深くうなだれた愛莉が「すみませんでした」と涙声でつぶやく。


「どんな事情があろうと、人を死に追いやってしまったことは、罪だと思います。たしかに、私はストレートに言ってしまうタイプです。でも、颯が何回もやめなって言ってくれてた。だから、気づけたはずです。やめた方が良いって」


「愛莉、でも、ここで魂が消されてしまったら」

 環は、声の震えを抑えられなかった。颯は何も言えず、下を向いている。


「心中した意味がない、よね。颯、ごめんね」

 呼びかけられ、彼が顔を上げる。

「最後までわがまま言って」


 颯は唇をかんで、首を横に振る。まるで彼女の姿を目に焼きつけるように、じっとまなざしを送りながら。

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