あしあと
次の日。
環は服屋を訪れていた。
「ポイットさん」
忙しそうなポイットの隙を見て声をかける。
「わあ、環さん!見て見て、朝からお客さんいっぱいだよ!」
「実は、影から見てました」
「そうだったの。全然気づかなかった!」
人のよさそうな顔でにっこりする。
「私、今日でお別れなんです。最後に着替えたいなと思って」
「お別れかあ、さみしいな」
翼をぺしょりと下げる。
「この町では当たり前のことなんだけど、なかなか慣れないなあ」
「私は、また来ますから」
冗談めかして環が笑う。
「そっか、そっか!」
泣きそうな顔でポイットが手を差し出す。環はアンパンのような手をぎゅっと握った。
「環さんのことは忘れないよ。ファッションショーも、ソウラス様に褒められちゃったから、またやるかも!」
「ぜひ!私が次に来たとき、パワーアップしてるの期待してますよ」
「うん!頑張るね!」
「店員さーん、ちょっといいですか?」
「あ、ごめん、呼ばれちゃった。それじゃ、またね!」
ポイットが弾ける笑顔で手を振った。
環が選んだのは、最後に土壇場で用意したガンマンの服だった。
ファッションショーの光景を、忘れたくない。これから辛いことがあっても、この服なら乗り越えられるような気がした。
環は店を出て、神殿に向かう一本道を進む。「ファッションショー見たよ!」と声をかけてくれる人もちらほらいて、感慨深くなる。
昨晩、環は愛莉の部屋に泊まらなかった。颯と二人で過ごしたいだろうからと、ホテルに帰らなかったのだ。打ち上げの酒場にずっと残っていた。
眠らないことにも慣れて、人が少しずついなくなる酒場でずっと考えていた。
この世に戻っても、人を喜ばせるような仕事がしたい。日常の延長線上ではなく、むしろ日常を忘れられるような出来事の提供。それに、モデルになって人前に出る華やかさよりも、裏方の楽しさをかみしめていた。
――モデルになりたいなんて、本気で思ってないくせに。のうのうと生きてるだけのお前が、浮気されたぐらいでわめくな
「私は、のうのうと生きてるだけなんかじゃないんだから」
この世に帰ったら、ガツンと言ってやろう。愛莉のようにしっかりと。
「あ、来た来た!」
神殿の近くのホテルの前、愛莉が大きく手を振る。横に立つ颯が頭を下げた。
「お待たせ」
「昨日の、最後のコーデだよね、すごい似合ってる!かっこいい!」
愛莉が目を輝かせる。
「ありがと」
「環さん、はじめまして」
隣の颯が会釈する。
「環のことは、昨日話しておいたよ」
「私も、颯さんの話は聞いてます」
「誇張されてないか不安ですけども」
と照れ笑いを浮かべる。颯は三白眼で眉が細く、一見すると神経質そうなタイプに見えた。しかし物腰がやわらかく、表情も穏やかだ。愛莉同様心中したときの服装なのか、ネイビーのピシッとしたオーダースーツを着ていた。
三人はそろって歩き出す。
「この町に来てから、愛莉がずいぶんお世話になったみたいで」
親のような口ぶりに、環は思わず笑う。
「いえいえ。元々、愛莉が困ってる私を助けてくれたんだよね」
「そうなの。あの、昨日邪魔してきた天使だよ!あいつが環にひどいこと言っててね」
「天使がひどいこと言うんだね」
「めちゃくちゃなんだもん。あの天使。なんで天使やってるんだろう」
「……その天使って、もしかして髪が白くて翼が灰色の?」
颯が恐る恐る言う。
「うん。昨日見た?」
「いや……」
見えてきた神殿の門を指さす。そこに、ケニカがぶすっとした顔で立っていた。
「また邪魔しに来たの?」
つかつかと歩み寄る愛莉が、ケニカを睨みつける。
「そうじゃないわ」
姿勢を正して、頭を下げた。
環と愛莉は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「悪かったわよ。意地悪しすぎて。ソウラス様におしかりを受けたわ」
くるっと身を翻す。
「『断罪の間』まで案内してあげる。ついてらっしゃい」




