自称愛人天使
「SF映画っぽいなぁ」
汽車からおりた環は、天を仰いでつぶやいた。
第三の町は、空に浮かんでいた。果てしなく広がる荒野の上空に、鏡でできたような大きな球体が九つある。それら全てが通路でつながっていた。
『みなさま、第三の町へようこそ』
近代的な駅に、アナウンスが流れる。
『天使の誘導に従い、一列にお並びください。この駅からは、九つの球体に向けてエスカレーターが伸びています。皆さまそれぞれにどの球体に行くかは、あらかじめ決められております。天使がご案内しますので、慌てず走らず、ゆっくりとお進みください』
だんだんと一列になっていく人の流れに沿って、都心部のような駅を進む。階段やエスカレーターこそないものの、灰色を基調とした作りはこの世を思い出させる。
壁や屋根はガラス張りになっており、青い空と赤い荒野を見渡すことができた。現実の外に非現実があるようで、デジタルアートの中に迷いこんだような気分になる。
環は、どうせ天使のところに行っても「振り分けられません」と多少モメるのだろうなと思う。
この世であればスマホで時間をつぶせるが、あの世にスマホはない。そろそろネットが恋しくなってくる。雑多な情報を頭に流し込みたい。せめて、青田のように本でも買っておけば良かった。この機会に少しでも賢くなれたら、新たなこの世での生活もちょっとはうまくいく気がする。
環の脳裏に、この世で見た光景がよみがえる。自分の偽者とキスをする彼氏。どんな悪夢にも超えられない、ひどい場面だ。
そしてこんなことになったのも、夏生の発言が原因なのだ。何を言われたかはいまだに思い出せないが、思い出したくもない。
それでもなお、一緒にいたいと思うのは、どうしてなんだろう。
夏生との日々を振り返る。一緒に行った場所や、交わした言葉のこと。どれもこれも、昨日体験したことのように鮮明だ。心の底から、大切だと思える時間だった。
自分にとっては、大事な人なのだ。
それなのに夏生は……。
ぼんやり空中の町を見上げていると、順番がまわってきた。
「あなたは……?」
エスカレーターへの振り分けをしていた天使の手が、案の定止まる。
「私、夜見環というんですが、死んでないんですけどあの世に迷い込んできた者でして」
天使の生真面目そうな顔が赤くなり、冷や汗が出てくる。
「そ、そんな人がいるなんて、聞いてないですっ」
湯気が出るほど紅潮している。
「イレギュラーがないからこの仕事したいって言ったのにっ!」
「なんかすみません」
「ど、どうしたらいいんだっ!」
「私に任せなさぁい」
振り分け担当天使の後ろから女の天使が現れる。
「はぁい」
ひらひらと手を振る。真っ白なウェーブがかった髪に、赤い瞳。翼は灰色で、胸元がざっくり開いた服を着ていた。
「ごめんね振り分け君。彼女は私の担当なの」
「いつからいたんですかっ!」
「ずーっといたわよん。気づかなかったのねえ」
赤い目の天使が、こぼれ落ちそうなほど大きな瞳を細める。
「あなた、夜見環さんね」
「はい」
「私は第三の町の神、ソウラス様の側近天使にして愛人のケニカよ」
「いや愛人ではないでしょ」
真顔になった振り分け天使が首を横に振る。
「愛人よお。毎朝ソウラス様のお茶を淹れるのは私。三食の給仕をするのも私。お風呂の準備をするのも、ベッドをととのえるのも私だわ」
「ただの世話係じゃないですか」
「はっ、気づいちゃったけど、もしかして妻なのかも……」
「もうなんでもいいんじゃないすか。後ろ詰まってるんで、どぞ」
すっかり通常運転に戻った振り分け天使が、先を促した。
「さあ、夜見ちゃん、行きましょう」
ケニカが、ふわりと環の手を引っ張った。
いつもお読みいただきありがとうございます!




