新たな神
「それよりさ、君、神にならない?」
ナルディラが青田の手を握る。
「神に?」
青天の霹靂に、青田が目を白黒させる。
「僕、もう神をやめたくて」
「忙しいから、ですか」
「ううん。実をいうと僕は全然忙しくなんてないんだよ。ただもう、ここ何十年もやる気が出なくて」
環はポカンと口を開ける。
「忙しいって、嘘ついてたんですね」
「ごめんねえ」
「本当に忙しそうに見えましたけど。嘘が上手なんですね」
「人間のときは人を騙しまくって生きてきたんだ。いつのまにか悪いことばっかりするようになって、手下を通じてものすごい数の殺人をしたよ」
遠い過去を語るようでもなく、淡々と話す。
「人は殺したけど、自分で手を下したわけではないから、第一の町では裁かれなくてね。第二の町の神が僕をどう処断すべきか難儀しちゃって。めちゃくちゃ悩んだあげく、僕に神の役割を押しつけたんだよ。前の神も、仕事に疲れちゃってたころだったんだろうね」
綺麗な顔で笑うが、その実相当な悪人なのだ。環も青田も、自然と身を引いていた。
「最初は、悪事も徹底すれば神になれるって思いあがったもんだよ。でも罪人を裁けば裁くほど、時間が経てば経つほど、罪悪感ってわいてくるんだ。おまけに、業務に終わりはないし。で、何もかも嫌になってしまってねえ、神なのに。やる気が死んじゃった。町が沈んでいるのもそういうわけなのさ。管理を怠り続けてたら海が町を飲み込んじゃったんだよ」
神が立ち上がる。
「神が人格者である必要はないんだ。力だって勝手にインストールされるし。望まれる職務を自然と遂行するようになる。あ、顔もね、良くなるよ。職権乱用をすれば上位存在に消してもらえるから、間違えることってほぼないんだ。おバカちゃんには任せられないけど、君はじゅうぶん賢いから大丈夫だ」
笑顔で青田の肩を叩く。
「いや俺はまだ承諾してませんけど」
顔がひきつっている。
「うん。じゃあ、あとはよろしくね」
「話聞いてま……ギャーッ!!!」
まばゆい光が炸裂した。目の奥を突き刺すような光に、環は顔を覆う。
光がおさまったころ、ゆっくりと目を開ける。椅子に座った青田が、神の衣をまとっていた。
頭の上には、ちゃんと後光がある。髪が少し伸び、ブリーチ後のような色になっていた。目の色も若干薄くなっている。眼鏡がなくなり、目鼻立ちが多少はっきりしていた。
「あ、青田?」
目の前で手を振るが、微動だにしない。
ぞろぞろと天使が入ってくる。バルコニーにはおさまりきらず、広間にまであふれていた。
一斉にひざまずくと、無骨な天使が口を開いた。
「神の交代をお祝いします」
天使たちが頭を下げた。
「だってよ、青田」
環が肩を叩く。青田は宙を見つめたままだった。
「大丈夫です。聞こえてらっしゃいます。今は、神の力をインストールされている最中のため、お話ができないだけです」
「パソコンみたいですね」
「お声が聞こえるまで、しばしお待ちを」
天使たちが、固唾をのんで見守る。怖いほどの静寂に、環は硬直する。
青田が突然立ち上がり、一点を見つめたまま口を開いた。
「そぴあ」
天使たちにざわめきが広がる。
「最初の言葉はソピアか」
「これは仕事がしやすい神かもしれないぞ」
「真面目そうだ」
「そぴあ、って何?」
環は青田をのぞきこむ。彼の目の焦点が合う。眼光の宿った目で、環を見下ろした。
「第二の町の神が所持する武器の名前。ソピアを貸すよ」
青田が右手を握る。やわらかな光が、拳を包んだ。
結んだ手を開くと、ロングピアスがのっていた。金の円盤が連なっており、先端にはペリドットのようなしずく型の石が下がっている。
「ピアスが、武器?」
「戦闘において必要なことを、教えてくれるアイテムだよ。魔物の弱点とか、どこから攻撃がくるかとか。守るべきか攻めるべきかってことも。石に触ると発動する」
環は目を丸くした。
「もうわかるんだね」
「不思議だよ。昔からやってたことのようにできてしまって」
無骨な天使が進み出てくる。
「さっそくのお仕事、お疲れ様です。アリテュス様」
「アリテュス?」
「あなた様のお名前です。お顔も徐々に変わっていきますが、すぐに慣れますので」
「俺が俺のまま、俺でないものになるんだなあ」
とひとりごちる。
環に申し訳なさがこみあげる。神の仕事は激務のようだった。二人の人間が、業務に疲れ果ててしまった話を聞いたばかりだ。自分がここに連れてこなければ、彼が神になることもなかったのだ。
「なんかごめん」
「なんで謝るの?」
「いや、私がまきこんじゃったせいで、神になったわけだし」
青田が首を横に振る。
「前も言ったけど、この人生でやれることはもうないと思うと、さみしかったから。大変なことは多いだろうけど、人生を引き延ばせるのは嬉しい」
青田改めアリテュスが手を差し出す。
「夜見さんは悪いことを考えられる人じゃないって分かってる。だから武器を渡した。これからの旅路が良きものとなるよう願っているよ」
早速、彼が神々しく見える。
「ありがとうございます……」
恐縮しながら握手をした。