マイペース×マイペース=?
環と青田は、神殿のバルコニーで神を待っていた。
無骨な天使に連れてきてもらってから、かれこれ一時間が経っている。
「遅いね」
青田が、テーブルの向かいの空席に目をやる。緊張しているのか、コツコツと親指同士を合わせていた。
「忙しいらしいからかな」
「待たせたねえ」
ナルディラがバルコニーに入ってくる。寝起きのような顔をしていた。後光にもどことなく元気がない。
「初めまして。青田凌と申します」
サッと立ち上がり、深々と頭を下げる。
「誰だい君」
ナルディラが眠たそうな目で彼を見下ろした。環も立ち上がり、青田を手で示す。
「自殺教唆について、青田くんに考えてもらったんです。私よりずっとちゃんと理解しているので、来てもらいました」
「へえ」
とあくびをする。自分で自殺教唆の問題を振っておいて、まるで興味がなさそうだ。環はひやひやする。武器を貸してくれる気はあるのだろうか。
「ま、まずは紅茶でも飲もうよ。今淹れてもらってるから」
ナルディラが椅子に座る。ほどなくして、無骨な天使がお盆にティーセットをのせて持ってきた。
「どうぞ」
太い指で、華奢な茶器を並べていく。
「ありがとねえ」
「ごゆっくり」
表情ひとつ変えずに頭を下げると、天使は戻っていった。
「彼が淹れる紅茶、おいしいんだよ。どうぞ」
見た目とのギャップがいちいち強い天使だと環は思う。
紅茶をひとくちすすると、口の中に芳醇な香りが広がる。
「秋の実りを集めたような味ですね」
青田がぼそりと言った。
「君、おもしろいね」
ふふふ、と神が笑う。
「味を色で言ったら、黄金ってところ?」
「そうですね。でも金銀財宝の黄金ではなく、渋さのある黒めの金です。稲穂のような」
「なるほどねえ。クッキーもあるよ。ぜひ味を比喩で表現してほしいな」
「あの、本当に忙しいのでしょうか」
あまりのゆったりさに、環は思わず問いかける。
「うん。忙しいよ」
ナルディラが頬杖をつく。
「全然眠れなくて、さっき起きたくらいだし」
「神も眠るものなんですね」
青田が目を丸くする。
「もちろん。僕も元は人間だし」
「人間??」
「神をやるのなんて誰でもいいんだ。でも人間の形をしていないと、人間の魂を裁いたり誘導したりするのが難しいから、器で元人間が使われるだけ」
「じゃあ、あなたは元々人間だったときの記憶がまだあるんですか?」
「多少はね」
長いまつ毛を伏せ、神の表情が曇る。空気が重たくなり、沈黙が流れた。
「あの、そろそろ本題に……」
「えー。まだいいじゃない」
神の表情が、一転して明るくなる。
「おしゃべりしようよ。息抜きしないとさ」
「いえ、神様、ここは私の考えをお聞きください」
突然、青田が立ち上がる。腹から声を出し、自説を語り始めた。
「私は、自殺教唆はこの町で裁くべきだと考えます」
黒い瞳が、まっすぐ神を見つめている。
「前提として、あの世では『生命の否定』が唯一にして絶対の罪とされています。被害者を死へうながす言葉をかけることは、分かりやすく『生命の否定』に該当するものであると考えます」
眠そうに聞いていたナルディラの瞳が、ゆっくり見開かれる。
「現在、自殺教唆は第三の町で裁かれており、心中や自殺幇助と同列の扱いをなされています。しかし心中や自殺幇助は斟酌すべき事情が多く、一概に生命の否定を犯しているとは言えません。ここにおいて、自殺教唆と心中を同列に扱うべきでない理由が明らかです。ただし、第一の町で裁かれている殺人と比べると、事情をかんがみて罪を確定させる必要があります。よって、自殺教唆は第二の町で裁くのが適切だと考えます」
ナルディラが立ち上がり、大きく手を打ち鳴らした。
「いい!いいね!」
青田と握手をする。
「スッキリしたよ!!僕が求めてた答えを言ってくれてありがとう!」
満面の笑みで、環の方を向く。
「君も、よく連れてきてくれたね!!」
「あ、はあ……」
環は青田と目を合わせる。ホッとした顔で笑っていた。
「あの、じゃあ、武器の方は貸していただけるのでしょうか」
「それはねえ。考えどころだねえ」
ナルディラが椅子に腰を下ろす。環はテーブルに手をついて神に顔を近づけた。
「答えを持ってきたら、貸してくださるって言ったじゃないですか!」
「それは、君自身が考えるって前提で言ったんだよ。まさか助っ人を連れてくるなんて思わないよ」
「ぐぬぬぬ」
「あの、ひとつご質問をよろしいでしょうか」
椅子に戻った青田が小さく手を上げる。話をしている最中だというのに。いつでもどこでもマイペースな人だった。
「資料にて、人の寿命は定められていると聞きました。ということは、殺人であろうと事故であろうと、そのタイミングで死ぬことが決まっているということですよね。いわば、殺人はきっかけでしかないわけです。それなのに、殺した側が罪に問われるのはなぜでしょう」
「ふむ。目のつけどころが素晴らしいねえ」
神が目を細める。
「寿命は決まっているけど、死因は決まっていないんだよ。さっき君が言っていた通り、罪に当たるのは『生命の否定』。他者の体や魂を故意に否定した者は、上位の存在である神に否定されることで報いを受けるという仕組みだから」
地獄よりも、厳しい沙汰のように思える。環は、第二の町のトンネルで魂が消えていく光景を思い出した。殺人は到底許せるものではない。だが、人はやり直すこともできるのではないか。
「あの。更生の余地はないのでしょうか」
環はおずおずと尋ねた。
「ないよ。否定された生命が蘇ることはないからね」
「それはちょっと、厳しくないですか……」
「そうかなあ」
ナルディラは取り合う気がなさそうに首をかしげる。一転してペリドットのような瞳を輝かせ、青田を見た。
「それよりさ、君、神にならない?」




