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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第ニ章 ソピア<知恵>
19/63

よみがえり

 目を覚ました環は、自室のベットの上にいた。


「あ!?」


 飛び起きる。


「えっ、今の全部夢!!????」

「俺、夢だったらいいなと思ったんだ」


 ハッとして部屋を見ると、座卓の前に夏生が座っている。


 その向かいには、自分の姿。うさぎのプリントが入ったピンクのトレーナーに水色ミニスカートという、幼稚園児の描く絵のような格好をしている。頭には包帯を巻いていた。


 ベッドの上の自分を見ると、体が透けている。第一の町で買ったワンピースを身に着けており、ペリデレオもパノプリアもちゃんとつけている。


 全部、夢じゃない。

 今の自分は幽霊なのだ。


「夏生!そいつは偽物!!!魔物なのよ!!!!」


 ベッドから下りて、夏生に触れようとする。しかし、半透明の手は彼の体をすり抜けてしまう。


「本当にごめん、あんなこと言って。あと、浮気も……」


 夏生がうなだれる。茶色に染めた髪が、顔を隠した。

「う、うわ……?」

 環は硬直する。

 今、浮気って言った?


 魔物は余裕たっぷりに笑みを浮かべて、座卓の下で夏生の手を握る。


「いいの。だって、ちゃんと戻ってきてくれたんだもん。お見舞いにも、毎日来てくれたし」

「環が傷だらけで帰ってきたとき、生きた心地がしなくて。全部夢だったらいいって……。それだけ大事な人だって気づいたんだ」

「じゃ、私も飛び降りた甲斐があったわ」


 魔物が、かたまった環を見てニヤリと笑う。見えているのだ。


「あなたの愛を、確かめることができたから」


 繋いだ手に、ぎゅっと力がこもる。魔物は、夏生に顔を近づける。夏生が答えるように、魔物に口づけをした。


「ば、化物と、キスなんかしないで……」


 環の目の前が、真っ暗になった。




 再び、目を覚ます。体験したことがないほど暗い天井が目に映る。それが天井だとわかるのは、星明りでわずかに辺りが見えるからだった。

 身を起こす。大きくため息をついた。


「私、飛び降りたんだ」


 環は膝を抱える。


「夏生は、浮気……」


 じわじわと、記憶が蘇ってくる。


 夜、友達から連絡がきた。夏生が、女と手を繋いで歩いているのを見たと。

 たまらず家を飛び出したのだ。赤いダウンだけひっかけて。夏生を公園に呼び出して。お互い実家に住んでいたから、話を聞かれたくなかった。耳がとれそうなほど寒くて、ペラペラのスウェットじゃ防寒もできなくて、泣きそうだった。


 夏生が来るまでに、一時間は待った。会うなり謝ってきた。浮気がバレたことに、夏生は気づいていたのだ。それで、言い合いになった。なんで?言い合いもなにも、悪いのは夏生なのに。


 ――本当にごめん、あんなこと言って


 魔物に謝る夏生の言葉。


 私は、何を言われたんだろう。言われたことを思い出したら、正気でいられなくなるかもしれない。現に、過去の自分は飛び降りているのだから。


 環はベッドからおりる。窓辺に手をついて、空を見上げた。砂袋の中身をまき散らしたような星空が広がっていた。


「全部、本当に、夢だったらよかったのに」


 ほんの一週間前までの現実に戻りたくて、涙が出てきた。夏生が浮気をしておらず、休日のデートを楽しみに働く日々。好きな職場ではなかったが、夏生との楽しい時間を過ごすためなら頑張れた。


「浮気って、嘘じゃん……」


 この世に帰ったら、むしろ嫌な思いをするのではないか。ふと浮かんだ考えに、ブンブンと首を振った。夏生は浮気を悔いていた。彼自身が放ったというひどい言葉も。


 ――大事な人だって気づいたんだ


 今の夏生はそう言っていた。


 だから、なんとしてもこの世に帰るのだ。

 あの世に来てからずっと、彼に会いたい。胸が焦がれる事実が全てだ。


 渦を巻く苦しさに、目を閉じる。頬を、一筋の涙が伝った。


 ベッドに腰を下ろす。星を見上げて、数を数えた。こういうときは、あまり、考えない方がいい。時間がきっと解決してくれるはずだから。

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