よみがえり
目を覚ました環は、自室のベットの上にいた。
「あ!?」
飛び起きる。
「えっ、今の全部夢!!????」
「俺、夢だったらいいなと思ったんだ」
ハッとして部屋を見ると、座卓の前に夏生が座っている。
その向かいには、自分の姿。うさぎのプリントが入ったピンクのトレーナーに水色ミニスカートという、幼稚園児の描く絵のような格好をしている。頭には包帯を巻いていた。
ベッドの上の自分を見ると、体が透けている。第一の町で買ったワンピースを身に着けており、ペリデレオもパノプリアもちゃんとつけている。
全部、夢じゃない。
今の自分は幽霊なのだ。
「夏生!そいつは偽物!!!魔物なのよ!!!!」
ベッドから下りて、夏生に触れようとする。しかし、半透明の手は彼の体をすり抜けてしまう。
「本当にごめん、あんなこと言って。あと、浮気も……」
夏生がうなだれる。茶色に染めた髪が、顔を隠した。
「う、うわ……?」
環は硬直する。
今、浮気って言った?
魔物は余裕たっぷりに笑みを浮かべて、座卓の下で夏生の手を握る。
「いいの。だって、ちゃんと戻ってきてくれたんだもん。お見舞いにも、毎日来てくれたし」
「環が傷だらけで帰ってきたとき、生きた心地がしなくて。全部夢だったらいいって……。それだけ大事な人だって気づいたんだ」
「じゃ、私も飛び降りた甲斐があったわ」
魔物が、かたまった環を見てニヤリと笑う。見えているのだ。
「あなたの愛を、確かめることができたから」
繋いだ手に、ぎゅっと力がこもる。魔物は、夏生に顔を近づける。夏生が答えるように、魔物に口づけをした。
「ば、化物と、キスなんかしないで……」
環の目の前が、真っ暗になった。
再び、目を覚ます。体験したことがないほど暗い天井が目に映る。それが天井だとわかるのは、星明りでわずかに辺りが見えるからだった。
身を起こす。大きくため息をついた。
「私、飛び降りたんだ」
環は膝を抱える。
「夏生は、浮気……」
じわじわと、記憶が蘇ってくる。
夜、友達から連絡がきた。夏生が、女と手を繋いで歩いているのを見たと。
たまらず家を飛び出したのだ。赤いダウンだけひっかけて。夏生を公園に呼び出して。お互い実家に住んでいたから、話を聞かれたくなかった。耳がとれそうなほど寒くて、ペラペラのスウェットじゃ防寒もできなくて、泣きそうだった。
夏生が来るまでに、一時間は待った。会うなり謝ってきた。浮気がバレたことに、夏生は気づいていたのだ。それで、言い合いになった。なんで?言い合いもなにも、悪いのは夏生なのに。
――本当にごめん、あんなこと言って
魔物に謝る夏生の言葉。
私は、何を言われたんだろう。言われたことを思い出したら、正気でいられなくなるかもしれない。現に、過去の自分は飛び降りているのだから。
環はベッドからおりる。窓辺に手をついて、空を見上げた。砂袋の中身をまき散らしたような星空が広がっていた。
「全部、本当に、夢だったらよかったのに」
ほんの一週間前までの現実に戻りたくて、涙が出てきた。夏生が浮気をしておらず、休日のデートを楽しみに働く日々。好きな職場ではなかったが、夏生との楽しい時間を過ごすためなら頑張れた。
「浮気って、嘘じゃん……」
この世に帰ったら、むしろ嫌な思いをするのではないか。ふと浮かんだ考えに、ブンブンと首を振った。夏生は浮気を悔いていた。彼自身が放ったというひどい言葉も。
――大事な人だって気づいたんだ
今の夏生はそう言っていた。
だから、なんとしてもこの世に帰るのだ。
あの世に来てからずっと、彼に会いたい。胸が焦がれる事実が全てだ。
渦を巻く苦しさに、目を閉じる。頬を、一筋の涙が伝った。
ベッドに腰を下ろす。星を見上げて、数を数えた。こういうときは、あまり、考えない方がいい。時間がきっと解決してくれるはずだから。