廃墟
「着いたー!」
環は両手を上げた。アクティビティ後の、心地よい疲労と爽快さ。うんざりするような移動距離だったが、その分達成感があった。
「肉体はないのに、結構疲れるね」
青田が首を回す。
石造りの建物は、ビルというより海外のアパートという佇まいだった。十あまりの窓からははしごが垂れており、ボートからはしごをのぼって建物の中に入ることができた。
中に入ると、ずらりとベッドが並んでいる。さすがのナルディラも、休息場所は作ってくれているらしい。
「人多いね」
環は振り返るが、青田がいない。窓から下を見ると、彼が水面から顔を出すところだった。
「また落ちたの?」
環が呆れる。
「はしごに移動すんの難しいよ。これ子供とかどうすんの。無理でしょ」
「おい兄ちゃん、大丈夫か」
声をかけてくれた男性に手伝ってもらい、青田はなんとかはしごに移る。
「はあ。なんとかなった」
部屋に入って、ぐったりとうなだれる。
「どんくさい奴だなあ」
後ろから来た男性が笑った。
「ありがとうございました」
青田が頭を下げると、男性は軽く手をあげた。
「体育の成績だけ悪かったタイプ?」
環が尋ねる。
「音楽もダメだった」
「っぽいわ~」
「上の階に行こうか」
今の階は、ベッドがほとんど埋まっていた。
上の階に行くと、人が少なくなる。
「もうひとつ上があるね」
上がってみると、人が一人もいなかった。
「ここにしようか」
青田がベッドに腰かける。環は首を横に振った。
「嫌だよ。初対面の男と二人きりとか」
「そっか。確かに、俺は君と性別が違う」
当たり前のことに、目を丸くしていた。環は思わずふきだす。
「何それ」
「生きてるときから、自分の性別を意識することがあまりなかった。だから、失敗もたくさんした」
青田がベッドに寝転がる。
「へえ。どんな失敗か気になる」
「つまんない話だから言わない」
「え、面白そう。ちょっとだけ聞かせてよ」
「気が向いたらね」
青田が本を開く。
環は苦笑した。気が向くどころか、明日になればこの会話も忘れていそうだ。
「じゃ、下にいるわ」
「ん」
環は階段をおりる。窓際のベッドが空いていたので、これ幸いと寝転がる。
この世の感覚だと、ワンフロアがほぼベッドの場所では気が休まらない。だが、今は身を横たえることができればどこでも良いという気分になっていた。晴山のようなタイプの男がいたら最悪だが、フロアは穏やかな空気に満ちている。
窓から見える水平線に、太陽が沈んでいく。あの世にも太陽があるのは不思議だった。疑似的に作ったものなのだろうか。赤く燃えるような夕焼けに、逆光で黒くなった海。橙色の光の道に、小波がちょろちょろ遊んでいる。
やってくる薄暮の闇に、心地よく目をつむる。環はいつしか眠っていた。