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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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31 光の海

 ザナは左手を伸ばして、まぶしく光るフィールドに向けた。

 ありったけの力を注ぎ込む。作用がフィールドの向こう側で、トランサーの群れを捉えるや否やすべての力を解放する。

 目をあけると、光がだいぶ薄らいだのがわかった。


「隊長、一息つけました」


 ジョンが額の汗を拭いながら言った。

 振り返ってロイとマレを探す。ふたりともうまくやっているだろうか?


 再び、船尾を見る。

 落下速度が遅くなったのを感じた。もう地面すれすれだ。補板がゆっくり回るのが見えると同時に、ほとんど垂直に近かった船の傾斜がだんだん修正されていった。


 しかし、船の落下が完全に止まったのではなかった。振り返ると、今度は前方のフィールドがまぶしいばかりに光り輝くのが見えた。

 あっちにもたくさんいる。ここら一帯がやつらに占拠されているのか?




「くそっ! 前の一枚が脱落しかけている。隊長、どうやら、地上に降りるしかないようです!」


 フィルの叫び声が耳に入った。すぐに、ザナは下の様子を見て首を振った。真下はトランサーだらけだ。ここには降りられない。

 ザナは怒鳴った。


「マレ、とにかくここを突破してあの先に下りる。角度をつけず距離をできるだけ稼ぐことだけに集中して!」

「はい、やっています、隊長」


 マレのかすかな声が耳に届いた。

 船が前方に傾き出したので、ザナはジョンのそばを離れて自分の席まで滑るように走っていくと、椅子に頭から飛び込んだ。

 膝をコンソールに強打して思わずののしる。


「フィル、着地の直前に下の窓を閉めろ。うまく着地できたら、とにかく全速で進め。動ける限り」


 下側の防御フィールドが、地面に触れたとたん、左右の窓から光が爆発的に広がった。

 地面はやつらでいっぱいだ。

 すぐに下側の装甲扉がきしみながら閉じ始めた。完全に閉まりきらないうちに、激しい衝撃音と下から突き上げるような力に体が振り回される。




 通常エンジンの甲高い音がかすかに聞こえた。

 しばらく、船はものすごい勢いで斜めに滑るように動いていたが、轟音とともにやっと前進し始めた。

 とにかく船は走れるらしい。これは、今日、一番の朗報だ。


 着地はできたが、おそらくトランサーどもの上に降りただろう。

 とにかく、できるだけ取りつかれないように最速で進むしかない。

 上側のフィールドだけはまだ何とか維持できている。トランサーがあたったしるしの光が時々見えるが、それほどでもない。問題は下側だ。


 ザナは考えた。

 下の装甲壁に取りつかれた場合、おそらく二、三分で穴があくだろう。その前に船を止めて一掃しないといけない。

 それまでにどれくらい距離を稼げるだろうか?




 駆除するには、もちろん外に出る必要がある。

 でも、外にいる間に、交番隊が壁を復活させるとまずい。無防備だとこっちが消滅する恐れもある。


 それに、交番隊はもっとずっと後ろに下げないと、ここにいるトランサーどもの向こうに壁を作ることになってしまう。

 第一、張ったとたん地面にいるトランサーの大群と接触し、フィールドが崩壊しておしまいだ。


「フィル、こっちは通信できない。そっちはどうだ?」

「こっちのもだめです。着地の衝撃でどうかなったようです」

「これは、まずいな。次の壁は、少なくとも、ここからさらに1000は後退させる必要があるんだが」




 攻撃隊員をはじめ、全員が自分の周りの床や壁のあちこちに目をやっていた。

 どこかが破られて侵入してくるのも時間の問題だとわかっている。装甲を突破されたら、この狭い船内は地獄と化すだろう。その前に抜け出さないと。


 二分が経過した。あたりが急速に暗くなってきた。ほとんどトランサーがいない証拠。


「よし、ここで停止。外側の掃除を行う。戦闘隊員は急げ! 前側の防御フィールドだけ原隊側に向けておくように」


 フィルが内側の扉を開くと、その前で待っていた隊員のうち三人がすばやく中に入った。

 フィルが扉を閉めたのを確認するなり外側の扉が開いた。

 三人が外に飛び出すのが見える。すぐに散会してこちら側を向いて合図をしてきた。大丈夫らしい。


 フィルが外扉を閉めると、センサが動作し始め、中にトランサーがいないことを示した。

 同じような手順を繰り返し、攻撃者と戦闘員の半数が船外に出たあと、ザナは宣言した。


「残りの者は船内で監視。フィル、わたしたちは外に出よう」


 フィルが扉をあけると彼に続いてザナも中に入った。




 外に降り立つと周りをさっと見回した。

 少なくとも地面にトランサーはいない。あのとんでもない地獄地帯は抜けたようだ。

 携帯式センサを向けるとすぐに反応があった。


「かなり、あちこちに潜り込んでいますね。こりゃ、一掃するには時間がかかるな。それにこの車輪は、もう長くは持ちそうにない」


 フィルはぼろぼろになった車を足で蹴飛ばした。


「それにアンテナがどちらも根元から折れています。予備を取ってきます」


 フィルはそう言い残して再び船内に戻った。



***



「清掃完了です。隊長」


 船から少し離れて壁のあったほうに顔を向け、トランサーの気配がないかをじっと見つめていたザナは、大きく息を吐き出した。


「よし、何とか地獄から抜け出したな。全員乗船。全速で戻る。少なくともあと3000は進まないと」

「折れたアンテナの交換も完了しました。これでたぶん通信できるはずです」

「よくやった。フィル、今回は命拾いしたな。まったく、なんて世界だ」


 どうにかエンジンが始動し、かなり激しい音を立てながらも徐々に進み始めた。

 速度が少し上がると多少安定してきたが、船の揺れがものすごく大きい。体が激しく振り回される。

 まあ、少なくとも、このゆっくりとした速度でも、時間をかければ帰りつける。


「前方に空艇を視認」

「連絡が取れないので探しに来たか? 通信状態はどうだ」

「いま最後の接続をしています」


 突然、複数の呼びかけ音が入ってきた。続いて、聞きなれた声を受信した。


「空艇02、応答せよ」


 ザナは一度深呼吸したあと答えた。


「こちら02。飛行不能になりましたが、通常走行で帰途についています。全員無事です」

「心配したよ、ザナ」


 アレックスの声には、はっきりと安堵がにじみ出ていた。


「トランサーに囲まれたか?」

「まあ、そんなとこです。壁を元の位置から3000まで後退させてください」

「わかった。いま再配置を開始したところだ。所定の位置につくまでまだ一、二時間かかるだろう」

「了解。では、こっちはまっすぐ帰投します。この位置より壁側には入らないようにさせてください。この先1000付近に大群がいます」

「そうしよう」


 ザナは、椅子にぐったりと寄りかかった。

 今回はついていた。

 しかし、トランサーがこんな内側にまで入り込んでいるとすると、壁の配置を考え直さないといけない。

 とにかく今は少し休憩したい。船の激しい震動すらとても心地よかった。


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