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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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28 早く見つけなければ

 モニターを見つめていたウィルが尋ねた。


「何をしてるんでしょ?」

「おおかた、特定の船でも探してるってとこか」

「密輸品とかを調べてるんでしょうか?」

「そんなのは国境でやるよ。こんなところではしない」


 また叫び声が聞こえてきたが、何を言っているのかさっぱりわからない。


「何でしょう? あ、左の船が動き出しました」

「目標はこの船か?」

「止まりませんね」

「どうやら軍だな。公安じゃない」

「どういうことですか?」


 ミアは肩をすくめると船の推進機を動かして、再び前進を始めた。


「ミア、船が行っちゃうよ」

「わかっている、シャーリン。こいつらを追い越すとしよう」


 ミアは進路を少し変えると、這うように進む二艘を追い抜いた。カレンの乗った船はすでに速度を上げていて、軍船も追走している。ミアはさらに速度を増した。




 突然、前方に黄色い線が走ったかと思うと、その直後に生じたまぶしい光に目を細める。

 次の瞬間、橙色の炎がどっと立ち昇り、遅れて破裂音のような衝撃が耳に届く。やつら、軍の船を攻撃したの?


 ミアは、首を伸ばして見回すと船足を落とした。

 すぐ先では船が盛大に燃え上がり、火がついたままの小片が至るところに浮いている。人影も見えたような気がする。

 やたら激しく燃えているのは、何か可燃性のものに引火したに違いない。


「なんてことをするんだ、あいつら」


 思わず手を握りしめる。さらにもう一度光が見え、燃える船の前方で水柱が吹き上がると、照らし出された光の中に白い壁を形作った。一瞬後には、壁がどっと崩れ水しぶきが襲ってきた。

 操舵室の出口に向かって走りながら叫んだ。


「ミア、あの船の前に! わたしが防ぐ」


 外に出るなり階段の手すりを跳び越え、ドンと甲板に降り立った。船の速度が上がり燃えさかる船の横を通り抜ける。




 シャーリンは操舵室の真下で壁を背にして寄りかかった。前方に白い船が見える。船尾に人が立っているのも確認できた。左手を前に出し、腰を落とし膝を甲板につけた。


 次の瞬間、再び黄色い光が出現した。前方で光の洪水がはじけると、大気が青白く光り輝く。それにしても、まだ攻撃が足りないっていうの? もう船は沈みかけているのに。


 横を見ると、遠くに人が浮いているのが見えた。動きがあるところから無事らしい。ほかにも泳ぐ何人かを確認できた。

 後ろでミアが大声を出している。


「こっちだ!」




 気がつくと、敵船は攻撃をやめ遠ざかっていた。こっちからも攻撃をお見舞いしたいところだけど、あの船にはカレンが乗っている。シャーリンは力の抜けた腕を下ろすと、繰り返し手をきつく握りしめた。


 立ち上がり走って戻ると、船に向かって泳いでくる人、抱きかかえられて近づいてくる大勢が見えた。急いで、ミアとウィルのそばに行く。


 ミアが縄ばしごを下ろし、手を差し伸べて最初のひとりを引っ張り上げた。

 今度は、その人が大声を出して、ほかの人たちを次々に引き上げる。足に怪我をした者、頭から血を流す人もいた。

 シャーリンはきつく唇をかんだ。振り返って、もうほとんど見えなくなった船を探す。




 最後に上がってきた男が声を上げた。


「モリー、全員いるか?」

「はい、隊長、少なくとも全員生きています。幸運でした、直撃を受けなくて。まともに食らっていたら今ごろ川の底でした」


 隊長と呼ばれた男は頷くと、ミアと向き合った。


「船長、おかげさまで助かりました。カイです。迅速な救助に感謝します。恐れ入りますが、けが人をどこかで手当てしたいので、場所を貸していただけますか?」

「後ろに船倉がある。ほとんど荷物は入ってないから自由に使ってくれ」

「ありがとうございます。モリー、ソラ、一緒に来い」




 後ろで聞いていたシャーリンはミアに話しかけた。


「ミア、あの船を追いかけないと。カルを見失っちゃう」


 ミアはすばやく頷くとカイの背中に向かって声をかけた。


「ほかに拾うものがなければ、さっきの船を追いかけたいのだが」


 カイはピタッと立ち止まり、くるっと振り返るなり声を上げた。


「我々が追尾していた船をですか? あの船をご存じで?」


 ほかの人たちも一斉にミアを見た。


「あの船に、こちらの方の連れが捕まっている。で、助け出したいのだが」


 そこで、カイが暗がりにいたシャーリンに初めて気がついたそぶりを見せた。すぐに驚きが顔に広がる。


「シャーリン国子ですね。気がつかず大変失礼しました。アッセンの第四指揮官カイです。先ほどは助けていただきありがとうございます。おかげで全員無事です」


 モリーと呼ばれていた女性が進み出ると早口で話し始めた。


「あの船には、こっちを攻撃してきたやつのほかにも人がいました。その人とあの攻撃してきたやつが争っているようにも見えました。それで、我々直撃を免れたんだと思います」

「それで、その人はどうなった?」


 シャーリンはモリーに詰め寄るように言った。ばくばくする心臓が今にも破裂しそうだ。


「よくは見えなかったのですが、川に飛び込んだようでした」


 シャーリンはさっと振り返る。


「ミア、船を」

「わかってるって。前で見張りを頼む」




 シャーリンは船首に向かって走り出した。後ろでカイの声が聞こえる。


「モリー、おまえも行け。その人を見つけるんだ」


 すぐに船が進み始めた。いきなりすべての前照灯がつき真昼のように明るくなる。シャーリンはモリーと並んで目を皿のようにして水面を探した。

 気づけば、船の手すりを固く握りしめていた。


 モリーが後ろに腕を向け上下に振って合図する。


「おそらく、このあたりかもう少し先です」


 シャーリンは必死に周囲を見回した。お願い、カレン、どこにいるの?

 そういえば、彼女が泳ぐところを今まで一度も見たことがなかった。記憶をなくしても泳ぎは忘れないよね。まさか、泳げないなんてことないよね?




 さらに兵士が加わって前方と左右の水面を探した。

 突然、水面に漂う木切れのようなものが視界に入ってきた。いや、あれは違う。


「あそこ!」


 モリーはシャーリンの指差した方向を見るなり後ろを向いて叫んだ。


「30!」


 手で方向を指し示す。船はわずかに向きを変えて進んだ。モリーは手を上に突き上げて合図すると、後ろに向かって走った。すぐにシャーリンも続く。


 船が横滑りで近づくにつれて、人がうつぶせに浮いているのが見えてきた。

 あれがカレンなの? そんな……あれからどれくらい時間がたった? もっと急いで! お願い、カレン、無事でいて。




 モリーが川に飛び込んだ。すぐにぷかぷかと漂っている人のところにたどり着くと、仰向けにした。抱え込むように手を回し船に向かって泳いでくる。兵士たちが一斉に手を伸ばして甲板に引き上げた。


 さるぐつわをされている。それに、後ろで縛られた両手が見えた。なんてことなの? 両手を口に押し当てて叫び声を押し殺した。

 兵士のひとりが口から布をはずし、ナイフでロープをさっと切った。

 シャーリンはカレンのそばにべったり座ると、ぐったりとしてまったく動かない、彼女の真っ白い顔を見て泣き叫んだ。


「カル、カル! どうしてこんなことに」


 カレンの両腕をつかんで揺さぶるが、反応がない。


「まだまだ、いろいろ話したいことが、やりたいことがあったのに」


 カレンの上に突っ伏した。彼女の体をつかんで何度も揺する。


「それに、力の使い方をもっと教えてくれるって約束したじゃない!」




 誰かがそばに来て、シャーリンを押しのけた。その女性はカレンの隣に膝をつくと医療キットを広げた。カレンの頭を倒して口を確認してから上服を開く。下衣に医療鋏を入れ引き裂いた。


 診断器を胸に押し当て首もとに左手を伸ばす。長い間そのままの姿勢でいたが、急に頭を起こした。まばたきもせずに、診断器の表示をしばらく凝視する。ようやく発せられた言葉は聞き取りにくかった。


「……脈がある。ものすごく遅い。水も入っていない……」

「生きているってことか?」


 カイが驚きの声を上げた。

 その女性は当惑した様子で頷くと呟いた。


「まるで冬眠……」




 甲板にべったりと座り、放心状態で軍医のすることを見ていたシャーリンは、カイの声を聞くなり、カレンに飛びついた。動きのない青白い顔を手で挟んで叫ぶ。


「カル、ねえ、カル! 目を覚ましてちょうだい。お願い、戻ってきて!」


 動かないカレンの体を揺り動かす。


「それにしても、あいつら、カルを縛って川に放り込むなんて絶対許さない。今度会ったら、ただじゃ置かない!!」


 とてつもない怒りが沸き上がり、体が火照ってブルブル震えた。




 突然、弱々しい声が下から聞こえた。


「川に落ちたの。放り込まれたんじゃなくて」


 シャーリンは下を向くと、しばらくカレンの顔を放心状態で見つめた。それから、カレンの上半身を抱きかかえるように、がばっと起こして両手を背中に回すと、しっかりと抱きしめた。自分の胸に頭を抱え込むと安堵の言葉がほとばしる。


「ああ、よかった、カル。てっきり死んでしまったと思った……」


 涙が止めどなく溢れるのを感じた。


「シャル、苦しいよ」


 反射的に手を緩めた。


「ごめん」


 ミアの静かな声が聞こえる。


「向こうに船室がある。ベッドに運んでもらえるかな」

「モリー、お嬢さんを船室に。ソラ、手当てを頼む。それから、ついでに、シャーリン国子のその手も何とかしたほうがよさそうだ」


 カイにそう言われて、シャーリンは自分の手首を見下ろした。また、出血して包帯が真っ赤に染まっていた。突如、激しい痛みがぶり返してきて顔をしかめる。また涙が溢れてきた。これは絶対、腕の痛みのせいだよね。

 顔を上げると向こうではウィルも泣いているように見えた。


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