19 いやな予感がする (ザナ)
「準備完了です、隊長。いつでも進入できます」
後ろで攻撃者たちと話し込んでいたザナは、これを聞くと自席に戻った。
「そのまま待機」
そう命じると、再び本部との回線を開いた。
「指令室。空艇02はこれから中に入ります」
「アレックスだ。そこから見て、防御フィールドの状態はどうだ?」
「特に変わったところはないわ。調査対象場所の絞り込みは?」
「両隣の隊の負荷が違わないことから考えて、調べるのは中央付近でしかも壁に近い部分に限定していいだろう。真ん中から左右に4000メトレ、壁から8000メトレまでとしよう。でも、きっと壁のそばだろうな」
「わたしもそう思う。できるだけ近づいてみる」
「わかったが、十分気をつけてくれ。何かいつもと違う兆候があったら、即刻撤退だ。いいな?」
「了解。回線は開いたままにしておくから、何かあったらすぐ知らせてちょうだい」
「ああ、わかった。負荷レベルの上昇率は鈍ってきた。フィールドの守備範囲が狭まっているからな。隊の移動は、今のところ問題なく進行中。フィールドは、今すぐどうかなることはないが、何が起こるかわからんから、十分注意しろ。わたしの周りにいる連中は、どうやら、みんないやな予感がしているらしいから」
なんだ、全員が、この状況が変だと思っているじゃないの。
「ははん、なるほどね。実を言うとわたしもだけど」
しばらく音声が途絶えたのちに、アレックスの声が再び聞こえた。
「それは、かなり深刻な問題だな」
この妙な間は、たぶん、アレックスは調査を中止しようかと考えたに違いない。
でも、これは絶対何かある。調べる必要があるはず。案の定、アレックスからは肯定の返事が返ってきた。
「ザナ、君がいてくれて本当にありがたい」
「それは何か見つけるか、何もないことを見つけるかしてからにして」
「ああ。そっちの風の状態はどうだ? 交番隊をもっと下げておいたほうがいいか?」
「風向きがよくないし、かなり強いから、後退させたほうが、万一のときに慌てなくてすむと思う」
「よし、もう50下げておこう」
「それじゃ、これから中に入る」
「わかった。なんかゾクゾクしてきた」
そりゃ、こっちもゾクゾクしているわ。トランサーの影響とは思いたいが、それにしても今夜はおかしい。
ザナは、顔を上げると命令した。
「フィル、前方センサの有効範囲を最大にセット、下方センサもオン」
ロイは、すでに、本来の自分の席に戻っていた。彼は船を飛ばすための要員だが、ペアを組むマレとこいつを飛ばすのは初めて。
まずはゆっくり行こう。
「全センサ動作異常なし。飛行モードの配置および準備完了です、隊長」
「よし、飛行モード展開」
この合図で、四人の作用者がレンダーグローブを握りしめると仕事を始めた。
ゆっくり船が上昇を開始する。
「進入高度を維持」
「出力低下……ここで停止……そのまま保て。高度20で静止」
フィルの報告にうなずいた。
生成と破壊の作用力を船の飛行に使うなんて、誰が考えついたのだか。
浮き上がることによって、防御フィールドを下側にもきわめて有効に張れる。
これは、トランサーの群れの中に飛び込む場合には絶対に欠かせない。
といっても、この船であの壁向こうの大群の中に降下する気はさらさらない。
ザナは前方に見える光の壁を睨んだ。相変わらず上まで光っている。
もしかすると、やつらの飛行力もアップしているかもしれないという考えが頭をよぎった。
高度、これはトランサーから船を守るための鍵だ。
フィルがこちらを向いて命令を待っている。
「防御フィールド展開」
この合図で、別の三人が作用力を発揮し始めた。フィールドが安定すれば、前進を開始できる。
「ゆっくり直進」
これは微妙な制御技術を必要とする。
特にロイがこの船を動かすのは初めて。慣れるまではゆっくりだ。
原隊の防御フィールドの力波内に進入するときに少し揺れがあったほかは、いたってスムースに進む。
フィールドの中でわずかに転進して、壁に向かってまっすぐに飛ぶ。
最初はぎこちなかったロイとマレの息もしだいに合ってきた。残りの二人からの作用供給も問題ない。フィルは、と見ると、センサ出力のモニターとにらめっこしている。
壁から8000メトレの位置まで到達したところで、200までの上昇を命じた。これで250幅まで一度に調べられる。
あとは、何か変化を探知するまでひたすら、行ったり来たりするしかない。
最初に壁から遠いほうの半分だ。
それともフィールドのそばから始めようか? いや、まずは手前側の異常の有無を確認して、後顧の憂いを絶つのが鉄則だ。
何かあるとすれば、トランサーが好む、有機物か金属の固まり。
こんな不毛の地に有機物の固まりがあるはずもない。そうすると金属しか考えられない。
でも、トランサーは、あのフィールドの向こうから、こんな遠くにあるものを探知はできまい。
それとも、やつらは進化したのだろうか?
***
しばらく単調な往復が続く。
これまでは順調だ。調査領域の半分を調べたが、地面には何も変わったものは見えない。壁を形成するフィールドの下面が地面と干渉してうっすらと光っているだけ。
そろそろ探索を始めてから二時間になる。ロイも慣れたようで、飛行はいたって順調だ。
やはり前線に近い側の半分に答えがあるらしい。
まあ、それは初めからわかっていたことだが。おそらく壁の近くに何かがあるのだろう。
風の状態を確認したが、相変わらず向かい風でかなり吹いている。
「フィル、交番隊の位置は?」
「原隊の100メトレ後ろまでの移動は完了しています」
やはり風の強さが気になる。こんな強風は久しぶりだ。あのとき以来かも。
おそらく壁の近くに何かある可能性が高い。艇内の大勢の隊員を見渡した。このメンバーは気心が知れているし、信頼できることは実証ずみ。
ジリの代わりに入ったロイも今のところは問題なさそう。まあ、当然だが、何かボロが出るとしたら緊急事態が発生したときだろう。
でも、船の防御フィールドの負荷が許容値を超えない限りまったく安全だ。
「残り半分の領域に移動する。サーチ範囲は壁から200メトレ位置までとする」
そうしゃべったとたん、カティアの声が割り込んだ。
「ザナ、負荷の変動幅が以前より少し大きくなっているわ。平均値は落ち着いてきているんだけど。あまり近づかないほうがいいと思う」
腕組みをしてモニターを睨んでいたザナは、手を解いてフィルをちらっと見た。彼が振り返ってうなずいたのを確かめる。
「壁にぎりぎりまで近づかないと、ここからでは何もわからないから。カト、200まで近づけば、壁までの範囲が確実にセンサの視野に入る。それに、通常走行になったとしても、200離れていれば安全域に退去できる。移動に要する時間は交番隊への切替時間より短い」
とは言ったものの、これは理論上の話だ。
実際はフィールドが消失したとたんに、強い風に乗った無数のトランサーが、ものすごい勢いで飛来してくるだろう。
そう簡単にいかないことは、誰もがわかっていた。
今さらだが、優秀な感知者がいればもっと何かわかったかもしれない。
アレックスを除けばテッサが一番だが、残念ながら、彼女は昼間にパトロールに出してしまったから、休息しないと使えない。
フィルかあるいは新人のロイが感知者だとよかったのに。
どうして、この部隊は、遮へい者が多いの? トランサー相手の戦いなのに遮へいしても全然意味ない。もっと偏りのない、もう少し幅広い人材がほしいわ、まったく。
壁に1000メトレまで近づくと、目の前に光る壁がそそり立ってくる。むしろ上側が手前に覆いかぶさってくるような錯覚に捕らわれる。いや、錯覚ではなく実際手前にカーブしている。
ときおり、遙か上でも光が瞬く。あんなところまで舞い上がっているのか。やはり風が強すぎる。
しばらく、3800メトレの範囲を往復しながら地面をスキャンする。これで何度目だろうか。
壁の近くで折り返して、背を向けて進んでいると、しばらく黙っていたフィルが突然声を上げた。
「隊長、左前方に何かあります。これは、ん? 金属質です」
声に緊張が感じられた。
「金属? 種類は?」
「地面に何か埋まっているのか、あるいは露出しているのか、まだ不明です。種類はもう少し近づかないとよくわからない」
「よし、その物体に向かってまっすぐ進んで。何なのか判明するまで近づいて」
フィルはすかさず操船者に指示を出した。さらに命令を下し、謎の物体に向かって徐々に高度を下げる。
ザナはモニターに映し出されるスキャン映像を確認して驚いた。
「これは、防御フィールド発生機の転進管じゃない?」
「そのようです……やはり、メデュラムが含まれています」
「ああ、あの形は間違いない。こいつは、ほぼ地面に埋まっているように見えるけど?」
「はい、全体が埋まっています。なんでだろう? 使えなくなって捨てられたものなら、地面に転がっているはずだけど」
フィルの声に不安が感じられた。
確かに、やつらはこれに反応するかもしれないが、壁のある位置からここまで1000メトレも離れている。これをあそこから嗅ぎあてたとはとても思えない。
空艇は、問題の物体の上空で前進をやめてさらに高度を下げた。
「確認しました。転進管が地面に埋まっています。それに、この先、右前方にも何かあります、これは金属質ではないな」
「捨てられた防御フィールド発生機の残骸が散らばっているんじゃない? それに、転進管は二つセットで使うから、もう一つあるかもしれない」
自分に言い聞かせるように言った。
「あれっ? あそこの地面が大きく陥没しています。なんでだろう?」
船はさらに高度を下げながらフィルが指摘したほうに向かって進んだ。
その時、左側の地面の上で何かが光ったように見えた。他にも金属があるに違いない。
「この先にも何か金属物体が地面にある? 向こうで何か光ったけど。転進管の片割れかな?」
フィルはモニターを確認すると答えた。
「いえ、他には金属質のものはありませんが」
「少し左の方向だけど」
「センサでは何も見えていません。金属でないのならもっと近づかないとわからないです」
どういうこと?
その時、先ほどと違うところで光が瞬いたのに気がついた。
頭の中ではすでに警報が鳴り響いていた。すぐに撤退すべきだと。
アレックスの通信が割り込んできた。
「ザナ、防御フィールドの負荷変動がさらに大きくなってきた。そっちはどうなってる?」
「この真下に転進管が地面に埋まっている。壁から1000の位置だけど」
「埋まってる? 地下にあるということか?」
「そう。完全に埋没している。近くには別の大きな陥没というか穴もある。それに、ほかにも何かありそうなの」
「ほかって、何だ?」
「調べるので、しばらく待って」
また、何か光った。そのあと、光の瞬きの回数が増えてきた。フィルを見ると、彼も気がついたようだ。
転進管。大きな穴。これは、もしかすると……。ザナは顔を上げると命令した。
「降下中止。高度を200まで戻せ!」
振り向いたが、壁に異常はない。でも、また、光る壁が手前に倒れかかってくるようないやな錯覚を覚えた。これは強い向かい風のせいだ。
「前進再開!」
「あれは……」
そうフィルが言いかけたところで、急に、光の数が増えた。
そのあと、すぐに、下の地面全体がぼーっと光りだした。フィールドが強く反応している。
気がつくと、いつの間にか、あたりが明るくなったり暗くなったりしていた。慌てて振り返ると、壁の下部が、光の帯自体の明るさが周期的に変化している。
これはまずい。
「ここから離脱する。速度いっぱい!」
その瞬間、船が軽く揺れた。