18 最前線に向かう
ザナは、指令室から続くスロープを下り出口に向かった。前線とは反対側に位置する気密扉を二つ通り抜けて外に出る。
歩きながら夜空を見上げると、すでに満天の星になっていた。大気が少し生暖かく感じられたが、この季節にしては珍しい。
月はないものの振り返って見ると、そちら側の空は紫黒の前線に沿う、光の帯のせいでほんのりと明るい。
このような調査で夜間に出撃するのはいつぶりだろう。前線まで往復四時間、現地での滞在に少なくとも五時間は必要か。帰ってくるのは夜明け後になりそうだ。
そのあとは待ちに待った休暇。何日も基地を離れるのは本当に久しぶり。じかに確かめて今後の方針を決めなければならない。今は期待と不安の両方を感じる。
母は悲観的だけれど、わたしは彼女がいい方向に向かっていると信じたい。少なくともあの時の絶望はもう存在しないのだから。
指令棟の後方にある建物をさっと見渡すと、一つを除いて暗闇に溶け込んでいる。唯一こうこうと明かりを放っている格納庫へ向かって歩き、外階段をすたすたと上がる。
外側の気密扉を操作して中に入る。点検室内で全身のスキャンを自動的に受け、トランサーの侵入がないことが確認されたあと、もう一枚の気密扉を開く。
手前には、空艇が出動できる状態で待っていた。空艇といってもここに配備されているのは、輸送用や戦闘用とは違って、陸上走行も可能な特殊な船。隊員はみな乗船したようで、フィルだけが入り口で待機していた。そのまま船の周囲をぐるっと一回りし、外側に異常のきざしがないかを確かめる。
船が外から戻るたびにきちんと整備され、痛んだ部分には適切な補修が施されるのは知っている。それでも、この事前点検の習慣は変えられない。すべてがだめになったときには、この薄っぺらい外壁が最後の砦なのだから。短時間とはいえ、トランサーからわたしたちを守ってくれる。
点検に満足すると、フィルに合図して船の中に入る。最後に乗り込んできた彼が、二枚の扉を順に操作した。艇内をぐるっと見回すと、すでに全員が席についている。
ロイが副操縦席に座って携帯食を食べているのに、すぐ気がついた。フィルはロイにも地上走行をさせるつもり? まあ、若者にとっては、実践は早いほうがいいのかもしれない。
席につき、フィルと目を合わせ軽く頷いた。
「よし、副長。それじゃ、出発するか。目標地点は、ブロック7原隊位置、晩食がまだの者はすぐに摂ること」
いつもの左側の席に座った。フィルは手を振ると、前に向き直ってから声を上げた。
「前進だ、ミッチ。いつものように山を下って、北への定常進路に乗ったところで、ロイと交替だ」
前方の小さな窓から、格納庫の大型ハッチが全開になるのが見えた。船は微速で前進して巨大な点検室にすっぽりと収まる。後ろで扉が閉じたあとに、外に出るための前扉が左右に静々と開いた。空艇は、そのまま斜路をゆっくりと動き地面に下りる。
そこで初めて前照灯が入れられ、進行方向が明るくなる。少し速度を上げて暗闇に向かって進み、緩やかなカーブに沿って山を下り始めた。
フィルが前の席でコンソールにデータを入力するのが見え、モニターにとりあえずの予定進路が表示された。
「目標地点まで7万2000メトレ。およそ二時間で到着予定」
フィルはさらに、セスが送ってきた、現在のフィールドのステータスも合わせて表示させた。うねうねした長い下り坂をひたすら進む。平坦なところを走り始めてしばらくすると、フィルが宣言した。
「よーし、ロイ、飯はすんだか? おまえの出番だ。本国で鍛えてきた訓練の成果を見せてみろ」
「了解、副長」
ロイは両手を操縦かんにかけると、深呼吸したあと交替スイッチを引いた。少しの間、軽い震動を感じたあと、船は再び静かになった。すぐに先ほどと同じようにまっすぐ進み始める。
「よし、ロイ、窓をあけろ」
「どこまでですか?」
「下面以外全部だ」
ロイが操作すると、まず船の中の照明が最小限に落とされた。次に四方の防護壁が順番に収納され、外が目視できるようになる。続いて、天井の防護壁が畳まれると、ほぼすべての方向が見えるようになった。とは言え、月明かりのない今夜は、前照灯が届く範囲以外は何も見えない。
モニターの光だけがやけに明るく光っている。照度を落とした。これでよしっと。隔壁を開いたことによって、何かあればただちに防御態勢に移れる。
外気取り入れ口からの冷たい風がこの地の危うさを伝えてくる。
振り返ると、もうもうと砂ぼこりが舞い上がっていて、山の上に明るく見えるはずの指令棟は確認できない。
ここから先は、緑もなく乾燥した地帯がどこまでも広がる。昼間なら、殺伐とした光景が遥か彼方まで延びているのが見えるはずだ。それより、何も見えない夜のほうがまだましかもしれない。
ずっと昔は、この先の不毛地帯も、広大な草原と森に覆われていたなんて誰も信じられないだろう。
進行方向の空は薄ぼんやりとした光があるだけ。上であんなにくっきりとしていた光の帯はまったく見えない。
ロイに説明するフィルの声が聞こえる。
「ここから先は、だんだん地面が荒れてくるから足を取られないように気をつけろ。ここいら辺は植物も生えないし、風が強い日が多いんだ。でも、ついてるぜ。今日はもやもなく視界はいいから安心しろ」
とはいえ珍しく向かい風だ。あまりいいとは言えない。この風だとトランサーの侵入が多くなる。だから、防御フィールドの切り替え時には、かなり後退させられる。その上、やつらを駆除して回るのにも時間がかかる。
本部から送られてきた新しいデータを呼び出して丹念にチェックする。今のところは、アレックスが見せてくれた予測どおりに推移している。
部隊の移動はまだ始まっていないようだ。その理由はわかっている。左右の移動はかなり面倒だ。隣の隊と連携を取らないと、フィールドのクロス部分が弱体化して、そこからトランサーの侵入を許すことになる。
強い向かい風のときに継ぎ目に大きな欠損ができたりすると、そのあとは、もう手がつけられなくなる。それは以前に身をもって体験ずみだ。あのような悪夢は二度と味わいたくない。




