17 あそこに何かある
カティアの発言をアレックスは吟味していた。
ちょっと間があったあと、フィルが顔を上げ反論した。
「これまで、一点集中突破なんていう手法をやつらが取ったことはないぜ。そもそも、そんな作戦を立てる利口な頭すらない」
さらに手を動かして調べていたカティアが再び声を出した。
「おかしいわ。少し前から、第7の防御出力がたまにだけど変動している。負荷の余裕は十分あるから心配ないとは思うけど、ちょっと気になるわね」
窓に近づきもう一度、感知の手を伸ばしてみる。じっくり視ると、ほんのわずかだが、圧力がほかより強く感じられるところがある。
目をあけてその方向を確かめるが、当然、目視で違いは見えない。遠視装置を使ってもはっきりしなかった。ほんの一瞬、背中がザワッとなる。
「ほかの隊はどうなっている?」
「余力は、7番が0・27、6番と8番が0・32、ほかはだいたい0・3ってとこね。どれも通常値の範囲内ではあるんだけど……」
自分の席に戻り、各ブロックの交番隊の現在位置を確認した。
「カト、一応、7番隊に状況を知らせといてくれ」
「わかったわ。えーと、原隊の72、それに交番隊の73に知らせます。たぶん向こうでも気づいているとは思うけど……」
先ほど感じたひやっとした感触が、状況が変わった瞬間を示していた。あのときと同じだ。記憶が押し寄せてこようとするのを、手を握りしめて何とか振り払う。
大きく息をついた。まずは、後方にいる非番隊の現在地をチェックしなければ。それが終わると、カティアが見ていた負荷の履歴を呼び出した。
これまで、このようなことはなかった。やつらは地面の上を薄く広がって、行く手のものを消滅させながらひたすら前進する。もちろん障がいがない場合だ。決してむだに重なり合ったり集まったりはしない。
急に数が増えたという情報もない。夕方になってから、わずかだが、このブロックだけ負荷が増加し、その両隣は逆に減少している。
本当に、やつらは、カティアが言ったように、このブロックに集まってきているのだろうか。あるいは単なる偶然か、動きの揺らぎなのか。地面の状態が違うことも考えられる。
もし、意図的に向きを変えているなら、何かやつらを引きつけるものがあるはずだ。いや、そもそも、フィールドの出力は低下していないのか?
目を閉じて考えていると、部屋の扉がすっと開く音に続き、軽やかな足音がした。目をあけると、外はすでに真っ暗。見上げれば、月明かりはなしか……。
椅子を回して振り返ると、ザナが目の前に立ってこちらを見下ろしていた。灯りを落とした薄暗い部屋の中でも、インペカール支給の黒の制服をきっちりと着こなしているのがわかる。いつものように、まったくすきのない格好。
今日は長い黒髪を緩くまとめて背中に流していた。ふんわりとして滑るように動くカティアとは対照的すぎる。
アレックスは首を振るとため息をついた。
「やあ、ザナ、おはよう。どうやら、やつらは作戦を変えたらしい」
彼女の黒い瞳にモニターの光がきらりと反射し、眉は問いかけるようにせり上がった。アレックスはくるりと椅子を戻すと、目の前の表示を指し示した。
「ここを見てくれ。この時点から72の負荷だけが、わずかだが、上昇傾向にある。出力低下ではないとカトは考えている。この両隣との境目付近を移動するやつらの進行方向が、こっち向きに変わってきたのかもしれない。そうだとしても理由はわからんが」
テーブルに両手をついてモニターを見るザナの横顔を眺める。椅子を後ろに引くと、これから取るべき体制を考えた。少なくとも今夜は、引き継ぎはなしだな。ため息をつく。
ようやく顔を上げたザナは、言葉を口の中で転がしているように見えた。だがすぐに、アレックスと同じ結論に達したようだ。
「つまり、ブロック7の防御フィールドのこっち側に、やつらを引きつける何かが存在するかもってこと?」
アレックスは頷いた。
「そう。ただ、今のところはあくまで可能性にすぎない。こっちの変化予測を見てくれ。このまま何もしないと、遠からずフィールドの余力がなくなると、こいつは言っている」
モニターをコツコツと叩いた。
いつの間にか隣にカティアが立っていた。
「7番の守備範囲を縮めて両側のフィールドを広げようか?」
「とりあえず、時間稼ぎにはなるわね」
ザナは首をちょっと傾げた。何か思い当たることがあるらしい。手を振って先を促した。
「左隣の6番隊はウルブの連中だから、横移動には慣れていないでしょ?」
ザナはフィルをちらっと見ながら付け足した。
「手際よくやれるかがちょっと心配」
フィルはすぐにこちらを向いた。
「まあ、うちらは正規の軍隊じゃないからしょうがないだろ。そこは、カトがうまくさばいてくれるさ。だろ?」
「大丈夫。あたしにまかせといて」
「よし、各隊の再配置だ。段取りができたら、出力低下がないか、もう一度調べてくれ」
すぐに、カティアは離れて自分の席に戻り作業を始めた。それを見届けると、アレックスはくるりと向きを変えて、まだ後ろに立っていたザナの顔を見上げた。
「こいつらの進行方向に何かあるのか、それとも何もないのかを知っておく必要がある。誰かを行かせて調査してほしい。モニターではこれまでのところ何も見えていない」
「了解、ボス。わたしが行く」
ザナはそう答えると、彼女の命令を待つかのように、近くに黙って立っていたふたりに指示した。
「フィルとロイは空艇の出発準備を」
フィルは頷くと、ロイを連れて部屋を飛び出した。ザナは、後ろの席の戦闘隊管理官に手で合図をした。
「02の隊員に出撃命令。フルで」
ザナは、先ほどまでフィルが座っていた椅子まで歩き、腰を落とした。髪を上にまとめながらカティアと話を始める。
ふたりを見ながらアレックスは考えていた。
ここしばらく前線の位置は、交替のときに少しずつ下がるほかは、それほど変わっていないはずだ。どこが昨日と違うのだろう。たかが前日からの数十メトレの後退で、やつらの欲する目標が急に現れるとはとても思えないが……。
再び、あの日のことを考えそうになる。あのときは、予備隊はなく、交番隊と非番隊すら全部はそろっていなかった。今回の準備は万全だ。混成隊には違いないが、皆よくやっている。今度は誰ひとり失うわけにはいかない。
アレックスは、話が終わって扉に向かって歩くザナの背中に話しかけた。
「ザナ、壁を後退させる可能性もある。必要以上に近づくなよ。常に距離を保て」
ザナは背中に回した左手を広げてひらひらさせると、扉を両手で押しあけた。頑張りすぎなければいいが……。
開いた扉越しに話し声が聞こえたあと、ザナと入れ代わりに、二人の男が入ってきた。どちらもまっすぐカティアの席まで近づくと、彼女の肩越しに、各隊への移動指示をしばらく見ていた。それから、そのうちのひとり、初老の男が、アレックスのほうにやや近づいてくるとにんまりとした。
「今夜は長くなりそうだな。とんでもないことになりそうな予感がするよ、はっはっはっ。まずは、熱いものを入れてくるとしよう」
一方的に言うなり、壁際に並んだ飲料機に向かって歩いていった。やれやれ、あんたまでそう思うのかい。これはよくない兆候だ。
「レナード、お手柔らかに頼みますよ」
まったくよくない。何か見落としがないだろうか? アレックスは、すでにカティアの隣の席に陣取っている、もうひとりに声をかけた。
「セス、船の位置を常にモニターしておいてくれ」
「わかってるって、アレックス。ちゃんと見ているから。……カト、そっちのデータを全部回してもらえる?」




