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18 もたらされた情報 (アレックス)

 扉が開く音にアレックスが振り向くと、技師長のエルが入ってくるところだった。こんな時間に現れるのは珍しい。

 いつものように、ゆっくりとした歩みで、飲料機の前にいたレナードに近づく。彼に手渡された飲み物を持って、こちらに向かってきた。


 その後ろから、レナードが同じようにカップを二つ持ってついて来る。ふたりはアレックスのそばまで来ると、近くの椅子を引き寄せてどっかりと座った。

 レナードが、カップの一つをアレックスにぐいっと差し出した。


「ありがとう、レナード」


 ひと口飲むとたちまち体が温まってきた。

 レナードとエルもひと口飲んだ。アレックスはふたりの様子を観察した。正軍指揮官に技術部門の責任者。不吉な話だろうか?




 アレックスはため息をつくと、無言のままのふたりに話しかけた。


「それで? 防御フィールドが不安定になっていることの他に、心配事はなんです?」

「……うん、エルがな、あー、入手した情報によると、電気式の防御フィールド装置が近く実戦配備されるらしい。それで、この時間に来てもらった。なあ、アレックス、何か聞いているか?」


 そうか。だいぶ前からインペカールが研究を行なってきた、あの装置はすでに実戦用に量産が始められていたのか。


「開発に成功したところまでは聞きましたが、あれは今年に入ってからじゃなかったっけ? それをもう実戦に投入するんですか? いささか早すぎのような気がしますけど。十分に試験されたとはとても思えない」

「そこなの、アレックス。たぶん、そんなに多くの試験もこなしてないのに、しばらく前から増産体制にあるらしいわ。ちょっと急ぎすぎているような気がしてならないの」


 しばらく前? それっていつからだろう。




「それで、その、エルの情報源は、いつどこに投入されるかについて何か言ってます?」

「それが、17軍らしいの。準備はだいぶ前から始まっているらしいわ」

「何だって!?」


 思わず大声になった。部屋中の視線がこちらに向くのを感じる。

 17というと東の国境を守っている軍だ。つまりは、うちのすぐ西側。本国にとっては一番遠い東の端だ。

 どうしてもっと中央に近いところでやらないのだろう? ここまでたくさんの装備を移動させるのだって、多くの時間と経費がかかるはずだ。


 待てよ。17軍と16軍の間にはシラナ河があるな。あの河はでかいから万一何かあっても、やつらをせき止めてくれる。そういうことなのか?

 逆に言うと、もし何かあれば、17軍の東側の我々は、もろに巻き添えをくらう。本国の連中はそこまで考えているのか?




 向こうからカティアの赤い髪が滑るように近づいてくるのが見えた。全体監視はセスがやっているようだから安心だ。

 彼女は近くまで来ると、テーブルに腰を預けて手を背中に回した。それから、アレックスを見ると、何か言いたそうな仕草をした。


 カティアはこの混成軍の防御指揮官だ。今の話は知っておく必要があるだろう。

 アレックスはエルに目をやった。彼女がうなずくのを確認すると話し始めた。


「インペカールの軍開発部では、以前から、電気式の防御フィールド装置、何という名前だったっけ?」


 エルに問いかけた。


「エストー」

「そうそう、エストーだ。メデュラムを使って疑似防御フィールドを発生させる装置のことだが、ずっと実用化できないかといろいろやっていた。で、今年だか、去年だかわからないけど、一応成功したとされている。それが、エルが言うには、量産体制にあって、近く、隣の17軍に配備されるらしい。そういう情報を得たとこだ」




 カティアは、話が始まると、軽く腕組みして聞いていたが、一つうなずいた。


「ふーん、つまり、防御ラインの維持を、作用者に代わって、機械が行うわけね。それはオリエノールでも研究はされているけど、実戦に使えるほどの進展はないらしいわ。インペカールではすでに実用化できたわけ?」

「以前に試験を実施したのは知っているが、そんなに大規模じゃなかった。しかし、増産して一気に配備するのは、たった今聞いたところで、正直、驚きしかない」

「そもそも、どうやって防御フィールドが張られるの?」

「原理を説明するのは簡単さ。大型のジェネレータと太陽エネルギーを蓄える光蓄コア、これは普通にどこでも使われているのをかなり増強したものだ。それを、前段の転進管の代わりに波長転換機を用いて、増幅管につなぐ。メデュラム製の後段の転進管とフィールド発生機は、今とそれほど変わらないが、収束装置を使わずに直接つなぐ。問題は……」

「大量のメデュラムが必要……」


 カティアがつぶやいた。




 実際アレックスは驚いた。これは、実は、オリエノールでも相当開発が進んでいるのではないか?

 もしかすると、それで本国は配備を急いだのか?


「そうなんだ。まず、効率の問題で、作用力で使うときより投射板がすごく大きくなる。それに、空艇に装備されている飛翔板と同じで、基本的に消耗品となる。だんだん昇華して薄くなっていくから、たぶん、ある程度までいったら交換しないといけない。それをどう実施するかも問題の一つだよ。結局は、交番隊が必要だろうし。それに使用済みの投射板は毎回捨てることになるだろうな」


 一息ついて続ける。


「この装置では今のように2万メトレも先にフィールドを形成するようにはなってない。収束もしてないしね。一つひとつはもっと小さい。三十年以上前に、初めて壁を作ったときと同じようにかわいいものだ。せいぜい200メトレ先に同じくらいの幅のフィールドを形成する程度だ。エル? 何か違っているかい?」

「だいたい合ってます。アレックスは実際に見たことがあるんですか? その装置を」

「いや、ない」


 まあ、プロトタイプを見たことがあるが、動作しているのは見たことがない。




 カティアが現実的な話に持っていった。


「ということは、当然フィールドの高さも低いのよね?」

「そうなる。フィールドの上からの侵入があるかもしれないって言いたいだろ?」


 カティアはうなずいた。


「それはどうするの?」

「さあな。攻撃者が掃除して回るのかな?」

「それじゃ、今より酷いじゃない」

「うーん、あるいは、自動掃討装置が大々的に配備されるかもしれない。まあ、とにかく、防御者と正軍は解放されるだろうな。最近は、供給源と防御者の仲立ちをするメデイシャとイグナイシャのなり手、というか適合者がどんどん減っている、どういうわけか。その面では救われるだろうな」

「確かにそうね。オリエノールでもやりくりがどんどん難しくなってきている。でも、そのあとはどうなるの?」




 エルが引き取って答えた。


「そりゃ明白だわ。大勢の作用者が仕事を失う。これまで北で防御に関わっていた人たちの大部分も。ああ、それに、壁のためにこんなとこまで駆り出された正軍の人たち。毎日、ご飯を食べて、半日も車内でじっとしているだけの生活から解放されるわね。幸せになるんじゃないかしら」


 最後は皮肉交じりだった。


「話はそう単純じゃないよ、エル」


 レナードが肩をすくめるのが見えた。


「大勢の作用者と正軍兵士が前線から解放されるんだよ、本国は彼らをどうすると思う?」


 一瞬、間があった。

 エルがレナードをさっと見た。


「まさか、三十五年前の状態に逆戻りするってこと?」

「今のところ、インペカール以外の国が、紫黒の海と向き合うのに手いっぱいだとする。戦争が始まるかもしれない」


 レナードの声は聞き取りにくかった。


「でも、協定が……」


 エルの声も自然と小さくなっていた。




 少し間があり、カティアがアレックスに目を向けてきた。


「で、どこが狙われるんです?」


 たぶん、ここにいる皆がその答えを知っている。慎重に口を開いた。


「西の国々は作用者の王国だ。守りが堅いから、おそらく東になるだろうな」

「やはり、オリエノールか」


 カティアがつぶやくと、レナードが口を開いた。


「インペカールは前から他国のメデュラム鉱山に目をつけている。三十五年前のときだってそうだ。あっという間にメリデマールを併合した。そのあとは、オリエノールとの戦争の一歩手前まで行った。紫黒の海の出現がなければ、実際、戦争がおっぱじまっていただろう。何しろ、インペカールのメデュラム鉱山の質は今いちだからね」


 彼はいきなり核心をついてきた。


「ちょっと待ってください。インペカールの狙いはそれですか?」


 カティアが目をまるくした。

 アレックスはカティアをまっすぐに見ると答えた。


「今の話は空論であることを願っている。そんなことにはならないだろうと思いたい。つまり、そう簡単にはいかないだろうって意味だけど。正軍だって、これまで、ほとんどが北の防御にかかっていたから、訓練もまともにしていない。作用者だってそうだろ。戦争の仕方だって、たぶん忘れている……」

「本当にそうかしら? 何事も起こらないといいけど……」

「その心配は実戦配備の結果を見てからにしよう。試験も十分してないのに急いでいるのがすごく気になる。それに、何しろ、我々のすぐ隣ってのが最大の問題だ」




「そろそろ船が到着する」


 セスが報告してきた。

 これを聞くなり、カティアは自席に小走りで戻っていった。急に、部屋の中があわただしくなる。


 それにしても、戦争になればこの混成軍をどうするつもりだろう? その前に一波乱あるだろうな。

 アレックスは立ち上がりながら尋ねた。


「エル、今日はもう非番ですか?」

「まあ、そうだけど、この調査の結果が気になるわね。もう少しここにいようと思う」

「そのほうがいい」


 すかさずレナードが断言した。

 セスが呼んでいる。


「アレックス、ザナから連絡です」

「着いたか? すぐそっちに行く」




 カティアの隣に座るとモニターを確かめた。

 通信が入る。


「こちら空艇02、指令室、72番隊現地に到着した。現在、進入の準備中」


 そのあと、くだけた口調で続いた。


「アレックス、何か変わったことはある?」

「カティア、今の状況を説明してくれ」

「防御フィールドの負荷は相変わらず徐々に上昇している。調べたけど、作用力、発生機ともに異常は見られない」

「なら、本当にトランサーの数が増えているってこと?」

「いえ、そうとも限らないわ。数が増えているんじゃなくて、単にあたる数が増えているだけの可能性もある」

「あたる数が増えるってどういう意味?」

「トランサーの進む速度が上がっているかもしれないってこと」

「……動きが速くなれば、フィールドが同時に処理する数が増える」

「そういうこと」




 一瞬、間があった。


「でも、進む速度が上がるっていっても、発生速度が変わらなければ、いずれもとに戻るはずでしょ」

「トランサーの発生源、いわゆる生産工場、が増産体制になっていれば徐々に上がり続けるかもしれない」


 カティアがドキッとさせる発言をした。


「それは、あんまり考えたくないわね。生み出される速度が上がって、なお、進む速度も上昇したら、今のこのフィールドでは耐えられなくなるわ」

「ええ」

「わかった。その話はあとで考えましょ」

「えーと、それから、現在、部隊の移動中でそっちは問題なし。負荷は落ち着いているけど、たまにピンが立つ」

「了解。それじゃ準備が終わったらまた連絡する」


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