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16 最前線に向かう (ザナ)

 ザナは、指令室から続くスロープを下り、出口に向かった。前線とは反対側に位置する気密扉を順に二つ通り抜けて外に出る。

 歩きながら夜空を見上げると、すでに満天の星になっていた。大気が少し生暖かく感じられたが、この季節にしては珍しいことだ。


 月はないものの、振り返って見ると、そちら側の空は紫黒の前線に沿う、光の帯のせいで、ほんのりと明るい。

 このような調査で夜間に出撃するのはいつぶりだろう。

 前線まで往復四時間、現地での滞在に少なくとも五時間は必要か。帰ってくるのは夜明け後になりそうだ。


 そのあとは待ちに待った休暇。何日も基地を離れるのは本当に久しぶり。

 じかに確かめて今後の方針を決めなければならない。今は期待と不安の両方を感じる。

 母は悲観的だけれど、わたしはいい方向に向かっていると信じたい。少なくともあの時の絶望はもう存在しないのだから。


 指令棟の後方にあるいくつかの建物をさっと見渡すと、一つを除いて暗闇に溶け込んでいる。

 唯一こうこうと明かりを放っている格納庫へ向かって歩き、外階段をすたすたと上がる。

 外側の気密扉を操作して中に入る。

 点検室内で全身のスキャンを自動的に受け、トランサーの侵入がないことが確認されたあと、もう一枚の気密扉を開く。




 手前には、空艇が出動できる状態で待っていた。

 空艇といってもここに配備されているのは、いわゆる輸送用や戦闘用とは違って、陸上走行も可能な特殊な船。

 隊員はみな乗船したようで、フィルだけが入り口で待機していた。

 そのまま船の周囲をぐるっと一回りし、外側に異常のきざしがないかを確かめる。


 船が外から戻るたびにきちんと整備され、痛んだ部分には適切な補修が施されるのは知っている。それでも、この事前点検の習慣は変えられない。

 すべてがだめになったときには、この薄っぺらい外壁が最後の砦なのだから。短時間とはいえ、トランサーからわたしたちを守ってくれる。


 点検に満足すると、フィルに合図してから船の中に入る。最後に乗り込んできた彼が、二枚の扉を順に操作した。

 ザナが艇内をぐるっと見回すと、すでに、ほかの全員が席についていた。


 ロイが副操縦席に座って携帯食を食べているのに、すぐ気がついた。

 フィルはロイにも地上走行をさせるつもり? まあ、若者にとっては、実践は早いほうがかえっていいのかもしれない。

 席についてこちらを見るフィルと目が合うと、軽くうなずいた。


「よし、副長。それじゃ、出発するか。目標地点は、ブロック7原隊位置、晩食がまだの者はすぐに()ること」


 いつもの左側の席に座った。

 フィルは手を振ると、前に向き直ってから声を上げた。


「前進だ、ミッチ。いつものように山を下って、北への進路に乗ったところで、ロイと交替だ」




 前方の小さな窓から、格納庫の大型ハッチが全開になるのが見えた。船は微速で前進して巨大な点検室にすっぽりとおさまった。

 後ろで扉が閉じたあとに、外に出るための前扉が静々と左右に開いた。空艇は、そのまま斜路をゆっくりと動き地面に下りた。


 そこで初めて前照灯が入れられ、進行方向が明るくなる。それから、少し速度を上げて通常走行で暗闇に向かって進み、緩やかなカーブに沿って山を下り始めた。

 フィルが前の席でコンソールにデータを入力するのが見え、モニターにとりあえずのスケジュールされたコースが表示された。


「目標地点まで7万2000メトレ。およそ二時間で到着予定」


 フィルはさらに、セスが送ってきた、現在のフィールドのステータスも合わせて表示させた。

 うねうねとした下り坂を進んで、丘を下りきり平坦なところを走り始めると、フィルが宣言した。


「よーし、ロイ、飯はすんだか? おまえの出番だ。本国で鍛えてきた訓練の成果を見せてみろ」

「了解、副長」


 ロイは両手を操縦かんにかけると、深呼吸したあと、交替スイッチを引いた。

 ちょっとの間、軽い震動を感じたあと、船は再び静かになった。すぐに先ほどと同じようにまっすぐに進み始めた。


「よし、ロイ、窓をあけろ」

「どこまでですか? 副長」

「下面以外の全部だ」




 ロイが操作すると、まず船の中の照明が最小限に落とされた。次に四方の防護壁が順番に収納され、外が目視できるようになる。続いて、天井の防護壁が畳まれると、ほぼすべての方向が見えるようになった。

 とは言え、月明かりのない今夜は、前照灯が届く範囲以外は何も見えないも同然だ。


 船内も暗くなり、モニターの光だけがやけに明るく光っている。

 モニターの照度を落とした。これでよしっと。隔壁を開いたことによって、何かあればただちに防御態勢に移れる。

 外気取り入れ口からの冷たい風を感じる。


 振り返ると、もうもうと砂ぼこりが舞い上がっていて、山の上に明るく見えるはずの指令棟は確認できない。

 ここから先は、緑もなく乾燥した地帯がどこまでも広がる。昼間なら、殺伐とした光景が遙か彼方まで延びているのが見えるはずだ。

 それより、何も見えない夜のほうがまだましかもしれない。


 ずっと昔は、この先の不毛地帯も、広大な草原と森に覆われていたなんて誰も信じられないだろう。

 ここまで下りてくると、進行方向の空は薄ぼんやりとした光があるだけ。上であんなにくっきりとしていた光の帯自体はまったく見えない。




 ロイに説明するフィルの声が聞こえる。


「ここから先は、だんだんと、地面が荒れてくるから足を取られないように気をつけろ。ここいら辺は植物も生えないし、風が強い日が多いんだ。でも、ついてるぜ。今日はもやもなく視界はいいほうだから安心しろ」


 とはいえ、今の風は珍しく向かい風だ。あまりいいとは言えない。

 こういう風だと、トランサーの侵入が多くなる。だから、防御フィールドの切り替え時には、かなり後退させられる。その上、やつらを駆除して回るのにも時間がかかる。


 ザナは、本部から送られてきた新しいデータを呼び出して丹念にチェックした。今のところは、アレックスが見せてくれた予測どおりに推移している。

 部隊の移動はまだ始まっていないようだ。


 もちろんその理由はわかっている。部隊の左右の移動はかなり面倒だ。隣の隊と連携をちゃんと取らないと、フィールドのクロス部分が弱体化して、そこからトランサーの侵入を許すことになる。


 強い向かい風のときに継ぎ目に大きな欠損ができたりすると、そのあとは、もう手がつけられなくなる。それは以前に身をもって体験ずみだ。

 あのような悪夢は二度と味わいたくない。


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