13 まるで筋が通らない (シャーリン)
「ええっ? どういうこと?」
大声を出したのはウィルだった。
「今からお話しします。椅子に座ってくださいな」
マーシャはいくつか置かれているソファに向かって手を振ったが、その顔はとてもやつれて見えた。
腰に手を当てて、三人を順繰りに見ては顔をしかめ、シャーリンのところで思い切り眉をひそめた。
向かいの鏡に映った自分の姿を目にして、シャーリンはあらためてぞっとなった。まるで、凄惨な殺人事件の被害者が蘇ったような酷い格好に、この場から走って逃げ出したくなる。
皆がソファに浅く腰掛けると、マーシャはテーブル脇の椅子にどっかりと腰を落とした。
ウィルとシャーリンをかわるがわる見ながら、マーシャは話を始めた。
「遅い朝食を摂っていたとき、ダンが突然現れて、通信装置を使いたいと言ったんです。びしょびしょでした」
そこでマーシャは上に目をやって少し考えるそぶりを見せた。
シャーリンはうなずきながら話した。
「ちょっと川を泳ぐはめになってしまって。それで、ダンはここからミンに連絡を取ったのね?」
「いや、それが、連絡できなかったんです」
「どうして?」
「向こうからの応答がなかったの」
「応答がなかった?」
どういうことだろう?
「装置が壊れてるってこと?」
「いいえ、そのときは問題なかったんです」
「そのときは、って?」
「つまり、ダンは何度か通信を試みていたんですけどね、そのうち、今度は、機械自体がだんまりしてしまったの」
はあ? 何それ。
「ダンはアンテナの調子が悪いようなんで見てくると言って、家の裏まで通信塔を調べに行ったの。でも、なかなか戻ってこないので、あたしもどうなっているのか確かめたほうがいいと思って、裏口から出たんです。そしたら、ちょうどダンがどっかの車に連れ込まれるとこでした。あたしは家のかげに隠れたんですけど、その車はあっという間に行ってしまって……」
ダンがやつらに誘拐された?
「それって、どんな人たちでした?」
「ごめんなさい、ウィル。その人たちはよく見てないの。えーと、車が灰色で大型のものだったことしか」
裏口のほうから音が聞こえたあと、マーシャの連れ合いが部屋に入ってきた。
三人が椅子に落ち着いているのを見ると、入り口で立ち止まって帽子を取った。シャーリンに向かって軽くお辞儀をして、暖炉まで歩いていくと、その上に持っていたかばんを置く。
マーシャがそちらを振り返った。
「モレアス、いまダンが連れていかれたことを話していたところよ。使いは戻ってきた?」
モレアスはうなずくと、シャーリンに近づいて、もう一度、一礼してから話し始めた。
「マーシャはどこまで話しましたか? 村の連中に聞いて回ったんですが、ダンが連れ込まれたっていう灰色の大型車を何人か見てます。どうやら軍隊が人員輸送に使うようなやつらしいです」
「軍隊? それって正軍のこと? そんなのありえない」
「でもみんなの話じゃ、あれは正軍の車に違いないと……」
「国軍がこれに関わってるって言うの?」
ウィルが口を挟んだ。
「それで、父さんがどこに連れてかれたかはわかりましたか?」
「ほかの人から聞いた限りでは、川下に向かったらしい。下の町から戻ってきたやつがいて、途中でそれっぽい車とすれ違ったそうです」
なんで、ダンを誘拐して川下に連れていくの? まるで筋が通らない。
「ロイスまで使いを出したんですが、ついさっきそいつが戻ってきて、ロイスには誰もいないので帰ってきたと言ってました」
「ああ、遠くまで往復させてごめんなさい。わたしたち四人は、ミンに行くためにサンチャスで家を出たの。ドニとフェリは冬支度のために裏山に、アンテナ塔の設備とか施設の点検と掃除に行った。たぶん、ほかの人たちもみんな連れていったはず。いつもだとわたしたちが一緒に行くんだけど、今回は、ほら、ほかの用事があったから。予定では、明後日の夜にならないと戻ってこないと思う」
「まあ、そうだったの」
「それで話をもとに戻すけど、アンテナはどうなったの?」
「たぶん、ダンを誘拐したやつらが壊していったのよ。中継ボックス内がめちゃめちゃ」
マーシャは憤慨しながら、さらに話し続けた。
それをシャーリンは上の空で聞いていた。なんか、いよいよきな臭くなってきた。
そこまで用意周到に計画していたのだろうか? いったいどこの連中だろう?
「シャーリンさま、どうします? 父さんを助けに行きたいんですが……」
ウィルが落ち着かない様子で訴える声に、現実に引き戻された。
「わかってる。もちろんダンは助ける。でも、どこに行けばいいか、今のところわからないでしょ。そうね、とりあえず、下流にある国軍の駐屯地に行きましょ。そこで助けを借りるの」
「でも、これに正軍が関わっていたらどうするんです?」
「そんなのありえないわ。あいつらが正軍に見えた? 車を盗んだのよ、きっと」
「そうすると、アッセンまで行くなら別の船が必要だね。小さいのしかないけど、よければうちのを使ってください」
「感謝するわ。モレアス」
シャーリンは自分の考えをまとめるように話を続けた。
「モレアス、明後日の夜か次の朝に、ドニとフェリが帰ってくるから、このことを知らせてもらえる? サンチャスが沈没したことも。荷物も一緒だし、できれば船ごと引き上げたいわね……」
「わかりました。船がどこに沈んでいるか明日にでも調べます。それから引き上げ方法を検討させます。作業船の手配には時間がかかるかもしれません」
「構わないわ。お願いね。それから、壊された通信アンテナの中継装置は、フェリに見にきてもらってちょうだい。フェリがすぐ直せるといいんだけど……」
シャーリンは眉をひそめた。
「そのことも、一緒に知らせます」
今度はマーシャのほうを向いてお願いした。
「それからね、わたしたち何か食べないと死んでしまう。朝から何も食べてなくて……」
「もちろんですよ。着替えも必要ですね。その前に湯浴みを……」
「いや、これはいい。少し汚れただけで破れたわけじゃないし。今は時間がもったいない。とにかく食事だけ……」
「はい、はい、わかりました。でも、シャーリンさま、その手の酷い傷はちゃんと手当てしないといけませんね。ダンを誘拐した一味にやられたんですね?」
マーシャは顔をしかめてシャーリンの腕を見つめていた。
「まあね」
この傷のほとんどは自分で作ったとは言えなかった。
マーシャとモレアスが隣の部屋に消えると、戸棚を開け閉めするのに続いて、なべのガチャガチャいう音がした。
すぐにマーシャが、パンの山とジャムの瓶を持って現れテーブルの上に置いた。モレアスは水の入ったバケツを運んできた。
「ちょっと待ってね。いまシチューを温めているから」
マーシャは壁の棚の中をごそごそかき回して、液体の入った瓶と大きなつぼを取り出した。引き出しからタオルやガーゼなどを出してくる。
シャーリンの横に椅子を引きずってくると、そこにどっかりと腰を下ろした彼女は命令した。
「さあ、その手をあたしに見せてちょうだい」
シャーリンは、レンダーを手首から慎重にはずしてテーブルの上に並べた。とりあえず、片方の手をマーシャに差し出した。
カレンが、パンにジャムをたっぷりのせて手渡してくれた。反対の手で受け取るなりひと口かぶりつく。うーん、すごく甘くておいしい。
感嘆の声を上げる。
「どうすれば、こんなえぐられたような傷ができるんです? まったく酷いやつらだ」
モレアスがマーシャの頭越しにシャーリンの手の状態を見てうなった。
マーシャはシャーリンの腕をひっくり返して調べると手当てを始めた。
シャーリンはカレンに目をやると肩をすくめ、パンを食べ進めた。
ズキズキする手首が洗われると、針で刺したような痛みに襲われる。
何かの液体が振りかけられると、疼痛が飛び上がるような激痛に変わった。全身のしびれる感触に、パンを落としそうになる。
こりゃ、かなり酷いな。
テーブルの反対側で、カレンとウィルがそろって、同じようにパンにジャムを塗りながら、しかめっ面でこちらを眺めていた。
「モレアス、なべを見てもらえる?」
マーシャは、謎のつぼからすくい出した軟膏をシャーリンの手首にたっぷりと塗った。最後に包帯をぐるぐるときっちり巻いて固定する。
「次は反対側よ」
椅子の上でもぞもぞと体の向きを変えた。
モレアスがなべと深皿を持って現れ、おいしそうなにおいが部屋に広がった。
カレンが立ち上がるとさっそく皿によそい始めた。
「姫さま? こちらを向いてください。そっちはこの手当てが終わってからですよ」
おとなしく体を戻したが、もう一度振り返ると、カレンとウィルが並んで満足そうにシチューを食べている。ウィルがこちらを見てニヤッとした。
思わずシャーリンはうなった。