表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/358

13 まるで筋が通らない (シャーリン)

「ええっ? どういうこと?」


 大声を出したのはウィルだった。


「今からお話しします。椅子に座ってくださいな」


 マーシャはいくつか置かれているソファに向かって手を振ったが、その顔はとてもやつれて見えた。

 腰に手を当てて、三人を順繰りに見ては顔をしかめ、シャーリンのところで思い切り眉をひそめた。


 向かいの鏡に映った自分の姿を目にして、シャーリンはあらためてぞっとなった。まるで、凄惨な殺人事件の被害者が(よみがえ)ったような酷い格好に、この場から走って逃げ出したくなる。


 皆がソファに浅く腰掛けると、マーシャはテーブル脇の椅子にどっかりと腰を落とした。




 ウィルとシャーリンをかわるがわる見ながら、マーシャは話を始めた。


「遅い朝食を()っていたとき、ダンが突然現れて、通信装置を使いたいと言ったんです。びしょびしょでした」


 そこでマーシャは上に目をやって少し考えるそぶりを見せた。

 シャーリンはうなずきながら話した。


「ちょっと川を泳ぐはめになってしまって。それで、ダンはここからミンに連絡を取ったのね?」

「いや、それが、連絡できなかったんです」

「どうして?」

「向こうからの応答がなかったの」

「応答がなかった?」


 どういうことだろう?


「装置が壊れてるってこと?」

「いいえ、そのときは問題なかったんです」

「そのときは、って?」

「つまり、ダンは何度か通信を試みていたんですけどね、そのうち、今度は、機械自体がだんまりしてしまったの」


 はあ? 何それ。


「ダンはアンテナの調子が悪いようなんで見てくると言って、家の裏まで通信塔を調べに行ったの。でも、なかなか戻ってこないので、あたしもどうなっているのか確かめたほうがいいと思って、裏口から出たんです。そしたら、ちょうどダンがどっかの車に連れ込まれるとこでした。あたしは家のかげに隠れたんですけど、その車はあっという間に行ってしまって……」


 ダンがやつらに誘拐された?


「それって、どんな人たちでした?」

「ごめんなさい、ウィル。その人たちはよく見てないの。えーと、車が灰色で大型のものだったことしか」




 裏口のほうから音が聞こえたあと、マーシャの連れ合いが部屋に入ってきた。

 三人が椅子に落ち着いているのを見ると、入り口で立ち止まって帽子を取った。シャーリンに向かって軽くお辞儀をして、暖炉まで歩いていくと、その上に持っていたかばんを置く。


 マーシャがそちらを振り返った。


「モレアス、いまダンが連れていかれたことを話していたところよ。使いは戻ってきた?」


 モレアスはうなずくと、シャーリンに近づいて、もう一度、一礼してから話し始めた。


「マーシャはどこまで話しましたか? 村の連中に聞いて回ったんですが、ダンが連れ込まれたっていう灰色の大型車を何人か見てます。どうやら軍隊が人員輸送に使うようなやつらしいです」

「軍隊? それって正軍(せいぐん)のこと? そんなのありえない」

「でもみんなの話じゃ、あれは正軍の車に違いないと……」

「国軍がこれに関わってるって言うの?」


 ウィルが口を挟んだ。


「それで、父さんがどこに連れてかれたかはわかりましたか?」

「ほかの人から聞いた限りでは、川下に向かったらしい。下の町から戻ってきたやつがいて、途中でそれっぽい車とすれ違ったそうです」


 なんで、ダンを誘拐して川下に連れていくの? まるで筋が通らない。




「ロイスまで使いを出したんですが、ついさっきそいつが戻ってきて、ロイスには誰もいないので帰ってきたと言ってました」

「ああ、遠くまで往復させてごめんなさい。わたしたち四人は、ミンに行くためにサンチャスで家を出たの。ドニとフェリは冬支度のために裏山に、アンテナ塔の設備とか施設の点検と掃除に行った。たぶん、ほかの人たちもみんな連れていったはず。いつもだとわたしたちが一緒に行くんだけど、今回は、ほら、ほかの用事があったから。予定では、明後日(あさって)の夜にならないと戻ってこないと思う」

「まあ、そうだったの」

「それで話をもとに戻すけど、アンテナはどうなったの?」

「たぶん、ダンを誘拐したやつらが壊していったのよ。中継ボックス内がめちゃめちゃ」


 マーシャは憤慨しながら、さらに話し続けた。

 それをシャーリンは上の空で聞いていた。なんか、いよいよきな臭くなってきた。

 そこまで用意周到に計画していたのだろうか? いったいどこの連中だろう?




「シャーリンさま、どうします? 父さんを助けに行きたいんですが……」


 ウィルが落ち着かない様子で訴える声に、現実に引き戻された。


「わかってる。もちろんダンは助ける。でも、どこに行けばいいか、今のところわからないでしょ。そうね、とりあえず、下流にある国軍の駐屯地に行きましょ。そこで助けを借りるの」

「でも、これに正軍が関わっていたらどうするんです?」

「そんなのありえないわ。あいつらが正軍に見えた? 車を盗んだのよ、きっと」

「そうすると、アッセンまで行くなら別の船が必要だね。小さいのしかないけど、よければうちのを使ってください」

「感謝するわ。モレアス」




 シャーリンは自分の考えをまとめるように話を続けた。


「モレアス、明後日の夜か次の朝に、ドニとフェリが帰ってくるから、このことを知らせてもらえる? サンチャスが沈没したことも。荷物も一緒だし、できれば船ごと引き上げたいわね……」

「わかりました。船がどこに沈んでいるか明日にでも調べます。それから引き上げ方法を検討させます。作業船の手配には時間がかかるかもしれません」

「構わないわ。お願いね。それから、壊された通信アンテナの中継装置は、フェリに見にきてもらってちょうだい。フェリがすぐ直せるといいんだけど……」


 シャーリンは眉をひそめた。


「そのことも、一緒に知らせます」


 今度はマーシャのほうを向いてお願いした。


「それからね、わたしたち何か食べないと死んでしまう。朝から何も食べてなくて……」

「もちろんですよ。着替えも必要ですね。その前に湯浴みを……」

「いや、これはいい。少し汚れただけで破れたわけじゃないし。今は時間がもったいない。とにかく食事だけ……」

「はい、はい、わかりました。でも、シャーリンさま、その手の酷い傷はちゃんと手当てしないといけませんね。ダンを誘拐した一味にやられたんですね?」


 マーシャは顔をしかめてシャーリンの腕を見つめていた。


「まあね」


 この傷のほとんどは自分で作ったとは言えなかった。




 マーシャとモレアスが隣の部屋に消えると、戸棚を開け閉めするのに続いて、なべのガチャガチャいう音がした。

 すぐにマーシャが、パンの山とジャムの瓶を持って現れテーブルの上に置いた。モレアスは水の入ったバケツを運んできた。


「ちょっと待ってね。いまシチューを温めているから」


 マーシャは壁の棚の中をごそごそかき回して、液体の入った瓶と大きなつぼを取り出した。引き出しからタオルやガーゼなどを出してくる。

 シャーリンの横に椅子を引きずってくると、そこにどっかりと腰を下ろした彼女は命令した。


「さあ、その手をあたしに見せてちょうだい」


 シャーリンは、レンダーを手首から慎重にはずしてテーブルの上に並べた。とりあえず、片方の手をマーシャに差し出した。

 カレンが、パンにジャムをたっぷりのせて手渡してくれた。反対の手で受け取るなりひと口かぶりつく。うーん、すごく甘くておいしい。

 感嘆の声を上げる。




「どうすれば、こんなえぐられたような傷ができるんです? まったく酷いやつらだ」


 モレアスがマーシャの頭越しにシャーリンの手の状態を見てうなった。

 マーシャはシャーリンの腕をひっくり返して調べると手当てを始めた。

 シャーリンはカレンに目をやると肩をすくめ、パンを食べ進めた。


 ズキズキする手首が洗われると、針で刺したような痛みに襲われる。

 何かの液体が振りかけられると、疼痛が飛び上がるような激痛に変わった。全身のしびれる感触に、パンを落としそうになる。

 こりゃ、かなり酷いな。


 テーブルの反対側で、カレンとウィルがそろって、同じようにパンにジャムを塗りながら、しかめっ面でこちらを眺めていた。


「モレアス、なべを見てもらえる?」


 マーシャは、謎のつぼからすくい出した軟膏をシャーリンの手首にたっぷりと塗った。最後に包帯をぐるぐるときっちり巻いて固定する。


「次は反対側よ」


 椅子の上でもぞもぞと体の向きを変えた。


 モレアスがなべと深皿を持って現れ、おいしそうなにおいが部屋に広がった。

 カレンが立ち上がるとさっそく皿によそい始めた。


「姫さま? こちらを向いてください。そっちはこの手当てが終わってからですよ」


 おとなしく体を戻したが、もう一度振り返ると、カレンとウィルが並んで満足そうにシチューを食べている。ウィルがこちらを見てニヤッとした。

 思わずシャーリンはうなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ